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『黒一点は特異点!?』第3話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】


「では、お願いします」
「は~い♪」
 グラビア撮影の明くる日、ボクは煌と録音スタジオにいた。超人気漫画原作のアニメの新作劇場版のゲスト声優に抜擢された煌のアフレコを見学する為だ。最近はリモートでの収録が可能で、地方で活動する煌にも大きなチャンスが巡ってきたというわけだ。スタッフさんが説明する。
「まずはリハーサルから……冴木さんのキャラの登場シーンはピックアップしてあるので、お渡しした台本通りに読んでください」
「はい……」
 煌は真面目な表情で頷く。
「それではどうぞ……」
「……『貴様はとっくの昔に死んでいる……!』」
「……」
「……『わたくしのギャランティーは53円です……』」
「………」
「……『良いからヒーリングを!!』」
「…………」
「……『お腹の傷は……力士の誉れでごわす』」
「……………」
「……『ならば承る』」
「……はい、OKです!」
「どうも……」
 スタッフさんの声を受け、緊張気味だった煌の顔もほぐれる。しかし……。
どんなアニメだ、これ……?
 ボクは思わず呟いてしまう。
「いや~多重人格の持ち主という設定のこのキャラをどうするかが、今回の劇場版製作の上で難題だったんですが、冴木さんに演じてもらって良かったです!」
「えっ!?」
 そ、それってゲスト声優にやらせても良いキャラなのか!?ボクは首を捻る。
「原作者の先生も冴木さんがYouBroadにいくつか上げられていた演技の音声動画をお聴きになられて、『この人しかいない!』とおっしゃられていましたよ」
 ああ、原作者が太鼓判を押しているのなら、問題はないか……素人目、もとい素人耳でも、煌の声質や声量、声色の変化や演技のアクセントはすごいと感じるものがあるからな……。ファンも納得するだろう。
「まあ、きららにとっては造作もないことだよね~」
 煌が髪を優雅にかき上げる。緊張から解放されていつもの調子が戻ってきたようだ。スタッフさんが申し訳なさそうに話す。
「実は……追加のセリフをいくつかお願いしたいのですが……」
「問題ないです」
「ありがとうございます! 今、セリフをお送りします! さっきと同じ要領で読み上げてください」
「はい」
 煌はプリントアウトされたセリフ表を確認する。
「……よろしいでしょうか?」
「ええ」
「では、映像を流します……」
「……『喰らえ! ロンドンの白い霧!!』」
「……」
「……『ボールは友人だけど、安易に連帯保証人になってはダメよ!』」
「………」
「……『替えのパンティが無えや……』」
「…………」
「……『あなたはMです』」
「……………」
「……『は、速い! 見逃した……!』」
「……はい、OKです!!」
「本当にどういうアニメ!?」
 ボクはまたも思わず声に出してしまう。
「いや~、諸事情で、ライバル役、ヒロイン役、強キャラ役、狂言回し役、かませ犬役の声優さんが全員降板してしまって……冴木さんに代わりに演じてもらって良かったです」
「さっきの多重人格とは別のキャラ!?」
 ボクは驚く。煌に何役やらせるつもりだ。もはやゲストの枠を超えているだろう……。っていうか、この映画大丈夫か……?
「後何役だってこなせますわ」
 煌は胸を張る。
「それは頼もしい……! 実は……主役の声優さんも降板してしまって……
 もうダメじゃないか、この映画。
「中性的な雰囲気の主人公ですわよね……?」
 煌が尋ねる。
「ええ、冴木さん、ついでにお願い出来ますか?
 ついでにお願いしたら絶対ダメなやつだろう、それは。
「ふむ……それでしたらきららよりも適任者がいますわ」
「え、誰ですか?」
「うちの新メンバー、はるること、日下晴ですわ」
「ええっ!?」
 ボクは思わず座っていた椅子から立ちあがる。何を言い出すんだ……。
「ほう、なかなか興味深いですね……」
 興味を持つなよ。
「はるる、マイク前へ」
「え、ええ……」
 煌に促されて、ボクは戸惑いながらもマイク前に立つ。
「じゃあ、セリフを送ったんで読み上げてみてもらえますか?」
「は、はあ……『来るなあっ! 律義者! 休めるときは休め!!』」
「……」
「えっと……」
「……素晴らしい!」
「え、ええ?」
「日下さん、是非とも主役をお願いします!」
「い、いや、さすがにそれは無理があるのでは……」
「喜んでやらせていただきます」
 腰が引けていたボクに代わって、マネージャーが応える。
「マ、マネージャー!?」
「こんなチャンスは無いわ……!」
「そ、そう言われても……」
「それでは早速収録を始めましょう!」
 スタッフさんの声が響く。
「お願いします!」
 ボクの代わりにマネージャーが元気良く返事をする。
「え、ええ、マジで……?」
 数時間後、ボクと煌はアフレコブースを出る。成り行きで劇場用アニメの主役を演じてしまった。良いんだろうか……。疲れきったボクは近くの椅子にドカッと腰を下ろした。煌が声をかけてくる。
「……やはりはるるの声は魅力的だわ」
「ど、どうも……」
「その声ならば必ずやこの宇宙の命運を変えることが出来るわ
「はっ? 宇宙の命運?」
 ボクは首を捻る。煌が真剣な顔つきで、ボクに顔を近づけ、耳元で囁く。
「きららにとって、第二の故郷とも言えるこの地球を守れるのは、その魅力的な声だわ。地球をきららの母星と同じ運命を辿らせないように頼みますわ、特異点点……」
「え、ええ……?」
「それじゃあ、お疲れ様……」
 ボクは呆然としたまま煌の背中を見つめていた。明くる日……。
「きゃっ!」
「また遊びに来てね、子猫ちゃん♡」
「は、はい……♡」
 とあるビルのイベントスペースで、涼に抱きしめられた女性がうっとりした様子で涼を見つめている。その後にも多くの女性が列を成している。女性ファン限定のハグ会である。女性ファンがダントツに多い涼のファンからの熱いリクエストにより、この度実施されることとなった。
「はい、時間です、離れてください」
 マネージャーがファンを引き離そうとする。いわゆる『剥がし』だ。
「え~嫌~」
「嫌と言ってもダメです、ハグはお一人十秒間と決まっています」
「CDとグッズ買い足しますから……」
「そういう問題ではありません……決まりが守れないようなら今後イベント出禁にしますよ?」
「それでも構わない、今はただ、この温もりをもっと感じていたい……」
 ファンが頬を涼の胸元ですりすりとさせる。
「ははっ、困ったな……」
 涼が苦笑する。マネージャーが軽く頭を抱える。
「さっきからずっとこの調子……イベントが終わらないわ」
「ファンの子は後50人だっけ?」
「950人よ」
「えっ!? 定員は100人じゃなかったかい?」
「応募が殺到したから、定員を思い切って1000人に増やしたのよ
 マネージャーの言葉にいつも冷静な涼もさすがに面食らう。
「じゅ、十倍とは思い切ったね……しかし、後950人はちょっと気が遠くなるな……ファンとの交流は歓迎だけれど……」
「そうね……会場も借りられる時間が決まっているし、なんとかしないと……あっ……」
「えっ……」
 マネージャーとボクの目が合う。嫌な予感。
「晴……アンタもハグをしなさい
「い、いや、ボクは今日は見学ですよ。詐欺では?」
「ハグしないで時間切れになってしまうよりはマシでしょう」
「そ、そうですか? 反発を食うと思いますが……」
「大丈夫よ……涼、呼びかけてきて」
「ええ……皆さん、晴のハグでも構わないと言ってくれましたよ」
「よし……じゃあ、涼の隣に立って」
「え、ええ、マジですか……?」
 涼の隣に立ったボクの前にも女性が並ぶ。
「お願いね」
「マ、マネージャー! ちょ、ちょっとこっちに!」
「……なに?」
 ボクはマネージャーを呼び寄せ、小声で話す。
「は、恥ずかしながら女性をハグした経験がありません!
言われなくても分かっているわ
「はえっ!?」
「大丈夫、誰だって最初は初めてよ、だんだんと慣れるわ。ざっと475人の女をハグすれば良いだけの話だから……
「初めてのハードルが高すぎる!」
「つべこべ言わない、時間も無いから、さっさと始めるわよ。はい、それではスタート~」
 マネージャーが手を叩く。女性が一人、ボクの前に進み出てくる。
「晴さん、こないだのライブ、とっても良かったです!」
「あ、ありがとう……」
「?」
 女性が小首を傾げる。マネージャーが低い声で叫ぶ。
抱け! 抱け! さっさと抱けー!
「ご、誤解を招く表現!」
「お客様をお待たせしない」
「うう……し、失礼します……」
「はい……」
 ボクはおっかなびっくり、女性の体に両手を回し、少し力を込める。その瞬間、ボクは驚いた。女性ってなんて華奢なんだろうか。人のことはあまり言えないけど。
「あっ……」 
「はうっ!?」
「え、ええっ!?」
 ボクが思わずこぼした吐息で女性が崩れ落ちてしまった。女性の無事を確認したマネージャーが右手の親指をグッと立てて、ボクに向ける。
「その調子でガンガン頼むわ!」
「い、良いのかな……」
 そんなこんなでボクと涼のハグ会は終わった。控室でぐったりとするボクに涼が声をかけてくる。
「吐息のみで、女性たちを虜にしてしまうとは……やはり君こそが選ばれし存在で間違いないようだね……」
「え、選ばれし存在!?」
「ああ、自分の本来いる世界……こことは異なる世界……いわゆる異世界の封印を解く鍵は君が握っているようだ……」
「え、えっと……」
「その力をより発揮出来るように、自分も微力ながら力添えさせてもらおう。これからもよろしく頼むよ、特異点……」
「え、えええ……?」
「じゃあ、今日はお疲れ……」
 ボクは愕然としたまま涼の背中を見つめていた。ここ数日のことを整理すると、ボクは人気アイドルグループの黒一点となり、さらに、裏世界、未来世界、宇宙世界、異世界という四つの世界の特異点らしい。成程、つまりは……
マルチタスク……ってこと!?
 ボクは天を仰ぐ。


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