クリスマス番外編 エガオが笑う時 騒がしい聖夜(3)
それはすぐにやってきた。
鈴の音に似た音。
空を切り裂くような銀色の光。
そして目が焼けるような荘厳で夢物語のような光景。
それは暗い夜空を迷うことなく羽ばたく銀色の炎に包まれた大きな鳥の群れだった。
4人組もマナの顔が花火のように華やぐ。
「今年も来たわね。流星鳥」
マダムがそっと私の肩に手を添えてゆっくりと引き寄せる。
マダムの頬と私の頬が触れ合う。
「まさかエガオちゃんとこうやって見れる日が来るとは思わなかったわ」
そう言ってマダムは嬉しそうに微笑む。
「流星鳥?」
相変わらず物を知らない私の質問にマダムは優しい笑顔を浮かべて答える。
「ここから少し離れた火山を産卵場所にしている身体が銀色の炎に包まれた鳥よ。産卵を終えて子どもを育てると元の住処に戻る為に家族総出で渡るの」
「何故か毎年クリスマスの日に渡るんですよね」
いつの間にかマナも私達の方に寄ってきていた。
「羽ばたく音が鈴の音に似ててサンタさんのソリに似てるから"ソリが舞う"って表現するされてますよね」
「確かサンタの正体が流星鳥で良い子や泣いてる子どもの元に降りてきて願いを叶えるとかとも言うのよね」
マダムが喉を鳴らしながら笑う。
願いを叶える・・・。
私は、激流のように、しかし優雅に夜空を羽ばたく流星鳥を見る。
脳裏に幼い頃に見た暖かい目をしたお爺さんが浮かぶ。
"その涙はいつか笑顔に変わるから"
お爺さんの優しい声が耳元で聞こえた気がした。
「願い・・・叶ったのかな?」
私は、ぼそりっと呟く。
「何か言った?」
マダムが眉を寄せて聞いてくる。
私は、小さく首を横に振る。
「何でも・・・ありません」
そう言って私は空を見上げる。
マダムは、心配そうに眉を顰めるも一緒に空を見上げた。
「ねえ、あれ・・」
サヤが流星鳥の群れから離れた指差す。
「なんか可笑しくない?」
私達も言われるままにサヤの指差した方向を見る。
一際大きな流星鳥が群れから離れて夜空を旋回している。
あまりに群れから離れすぎていて目の良いサヤでなければ気付かなかっだろう。
「遊んでるのかにゃ?」
チャコが首を傾げて見る。
私もじっと大きな流星鳥を見る。
その時だ。
銀色の炎に包まれた流星鳥の目。
その目が私を見ている気がした。
「?」
そんな訳ない。
私がただ気にしているだけだ。
そう思ったのだが戦場で姿の見えない斥候に見られていた時のような肌立つ感覚が身体を走る。
殺意や敵意はないが・・。
「あれ?あの鳥・・・」
「こっちに向かってきてる?」
えっ?
私は、大きな流星鳥を目を凝らして見る。
大きな流星鳥は、大きく空を旋回しながらゆっくりゆっくりと降りてきて、こちらに、いや私に近づいてきている!
私は、マダムを跳ね除けるように椅子から立ち上がる。
無意識的に背中に大鉈を抜こうと背中に手をやるが当然、もうそこに大鉈はない。
「こっちにきた!」
誰かが叫ぶ。
私は、頭の中で戦略を立てる。
しかし、それよりも速く流星鳥は私達の、私の元に急速に落下してくる。
銀色の炎が視界を覆う。
私の身体は銀色の炎に包まれた。
気がつくと私は暗い部屋の真ん中に立っていた。
古い木の臭い。冷たい空気。僅かに見える部屋の輪郭。
これは・・・私の部屋だ。
正確には昔の私の・・メドレーの宿舎に与えられた私の部屋だ。
なんで?
私はみんなと一緒にマダムの屋敷でクリスマスパーティーを・・・。
それなのに・・・。
啜り泣く声がする。
女の子の泣きじゃくる声が。
それは部屋の奥にあるベッドから聞こえた。
ベッドの上には薄汚れた毛布があって小さく膨れ上がっている。
アレは・・・まさか・・・。
私は、ゆっくりと近づく。
女の子の泣き声が強くなる。
ヒック・・ヒック・・ヒック・・。
ここで泣いてるのは・・・まさか・・?
毛布の隙間から僅かに顔が見える。
私は、そっと毛布の中を覗く。
小さな鎧を着た女の子が身を丸めて泣いていた。
痛んだ金髪の髪に顔が汚れた女の子。
私だ。
私が毛布にくるまって泣いている。
私は、思わず後退る。
なんで・・・なんで私がここに?
しかし、そんな私の疑問に誰も答えてくれない。
カゲロウも、マダムも、4人組も、マナもいない。
ここにいるのは私と私だけ。
幼い私は毛布に包まったままずっと泣いている。
私は、胸がぎゅっと締まるのを感じた。
幼い私が泣いている理由を私は知っている。
痛み。
疲れ。
寂しさ。
悲しさ。
心細さ。
そして恐れ。
そんな凍えるような感情が幾つも暗闇の中で膨れ上がってどうしようもなくなっていく。
消えてしまいたいと心の底から思ってしまう。
私は、胸元で左手を握る。
どうしたらいい?
私は私にどうしてあげたらいい?
私は、左手を口元に押し付ける。
固い感触が唇に触れる。
暗闇の中、ぼんやりと花の指輪が光る。
カゲロウにもらった花の指輪が。
私は、ベッドに横たわる幼い私を見る。
私は、左手を下ろし、ゆっくりとベッドに近寄る。
幼い私は毛布の中で丸まって泣きじゃくっている。
私は、幼い私の頭にそっと左手を置く。
「泣かなくていいよ」
私は、優しく幼い私を撫でる。
「その涙はいつか笑顔に変わるから」
私は、そう言って幼い私に微笑む。
泣き声が止まる。
毛布の中から幼い私が私を見ている。
私は、微笑みながら何度も何度も幼い私の頭を撫でた。
「願いは叶ったかい?」
いつの間にか私は銀色の空間の中に立っていた。
メドレーの部屋にいたはずなのに輪郭すらなく、幼い私もいない。
あるのは銀色の優しい空間と、赤い帽子と絨毯のような分厚い赤いコートをきた白い髭をモジャモジャに生やしたお爺さんだった。
あの時のお爺さんだ。
私は、直感的にそう感じた。
「はいっ」
私は、口元に笑みを浮かべて答える。
「願いは・・・叶いました」
私の言葉を聞くとお爺さんはにっこりと微笑んで消えていった。