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運転者の健康に起因する交通事故より
健康に起因する交通事故も少なくないようだ。
国土交通省が「プロドライバーの飲酒運転防止、健康管理・労務管理の向上による事故防止に関するセミナー」において公表したデータを参考にし、健康と交通事故防止に触れます。
|健康に起因する交通事故
健康に起因する交通事故は「健康起因事故」と称され、 自動車事故報告規則第2条において「運転者の疾病により事業用自動車の運転を継続できな くなったもの」と定義している。
その上でバスやトラックなど運送事業を営む事業者は、事故後30日以内に国土交通省への 「自動車事故報告書」の提出が義務付けられているのだ。
また、必ずしも交通事故を伴うものではなく、休憩中に体調不良で運転を中止したケースなどもこの対象に含まれるという。
|どのような事故が多いのか?
2023年は418件と前年比(313件、33.5%)増であり、そのうちトラックは136件で前年比(106件、28.3%)増である。
全体としてみると、ここ数年高止まりだが2018年の316件を上回り過去最多となった。
コロナ明けから全体の事故件数が増加傾向にある中で、健康起因事故も増加に転じているという。
2023年の418件のうち、
・衝突・接触がない(乗務の中断等)313件
・衝突・接触を伴い死傷者が生じていない(物損事故等)80件
・衝突・接触を伴い死傷者が生じた(人身事故等)25件
と、約25%が交通事故に至っているものの、人身事故件数は前年(27件)を下回ったもののほぼ横ばい傾向にあるのだ。
事業主体別(乗合、タクシー、トラックなど)のすべてで前年比で増加しているが、いすれも交通事故に至らなかった事案の増加だという。
トラックの136件のうち、業務の中断等は82件、物損事故等44件、人身事故等10件。タクシーとともに約半数は事故に至っているが、人身事故件数は前年(16件)を下回っている。
|健康起因事故の疾病別の内訳(平成25年~令和4年)
○ 過去10年間で健康起因事故を起こした運転者2,778人のうち心臓疾患、脳疾患、大動脈瘤及び解離が31%を占める。
○ うち、死亡した運転者470人の疾病別内訳は、心臓疾患が54%、脳疾患が11%、大動脈瘤及び解離が13%を占める。
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|視野障害と自動車事故の関係について
○ 高齢者における発症率が高い緑内障等の視野障害では、見えている範囲が狭くなったり、部分的に見えなくなる症状が現れるが、視力は維持されているため、自覚症状が無いまま運転を続けることで重大事故に繋がるおそれがある。
○ 視野障害に関する運転リスクを事業者に周知するとともに、スクリーニング検査や眼科での視野検査の受診による早期発見、事業者による受診結果の把握及び治療を促すこと等の推奨が必要である。
👉最近の裁判事例
<自動車過失致死事件(刑事裁判)>
● 被告人(42歳男性)が軽四輪貨物自動車を運転中、信号のない横断歩道を横断中の76歳男性に衝突、死亡させたもの。
「正面を見て運転していた。衝撃があったので、車を停めて後方をみたら、人が倒れていた。」
● 矯正視力 右(1.0)、左(1.0)
● 事故後に「網膜色素変性」と判明
● 一審は無罪判決(2012.7)⇒ 控訴審も無罪(2014.3)
● 検察側は「前方の安全に注意する義務を怠った」と主張していた。判長は判決理由で、男件が視界の欠ける「網膜色素変性症Jだったと指摘。
「衝突直前に、視野の中で感度が悪い部分に被害者が入り、発見できなかった可能性がある」と退けた。
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<損害賠償(民事裁判)>
● 被告人(41歳男性)がY字交差点で信号待ち、青信号で発進した直後、横断歩道を右から自転車で渡ってきた59歳女性をはね、死亡させたもの。
● 矯正視力 右(1.0)、左(0.3)
● 事故前に「網膜色素変性症」と診断され、身障者手帳2級を取得、医師は「運転はもちろん労働も難しい」と本人に伝えていた。
● 一審(2018.11)、控訴審(2019.3)とも「重過失」を認める。
● 裁判所は、男性が難病の網膜色素変性症と診断され、車の運転が困難であると伝えられていたことを重視し、「運転は控えるべきだったし、連転するにしても、より慎重に安全確認するべきだった。視野狭窄が過失と無関係とは言えず、過失は酒酔い運転がなされた場合に匹敵するとものとして扱うのが妥当」と指摘した。
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|おわりに
プロドライバーの飲酒運転防止、健康管理・労務管理の 向上による事故防止に関するセミナーの中の資料、健康起因事故に関する国土交通省の取組から一部を引用して掲載させていただいた。
裁判(刑事)にあった事例のような「網膜色素変性症」の自覚がなく、かつ医師の診察も受けていないような場合に、視野を欠くという運転者としては大変危険な運転ではあるものの、予見可能性が否定された事例がある。
交通死亡事故という重大な事故を発生させており残念な判決である。
運転者としては自己の健康状態、特に視覚については、十分に確保できるよう平素から気を使うほか、定期的に健康診断等を受診し、車の運転に備えるべきであろう。
その上で、もしも視野狭窄や緑内障等の目の病気等が判明した速やかに治療を行うとともに運転を差し控えるべきでしょう。
参考資料:
眼科領域の疾患・症状を有する運転者の自動車事故事例の検討
─本邦刑事判例からみた運転者の注意義務と問題点について─
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcts/18/1/18_15/_pdf
プロドライバーの飲酒運転防止、健康管理・労務管理の
向上による事故防止に関するセミナー資料https://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/03safety/resourse/data/seminar2024_2-2.pdf