クリエイティビティの現在地/人の心を動かすために、誰が、どこで、何をするか
Advertising Week Asia 2022で行われたトークセッション「クリエイティビティの現在地」に、CX Creative Studio 共同代表 田中信哉と並河進が登壇しました。
いまだにオフライン/オンライン、ブランディング/コマースといった二項対立の議論が残る現代のクリエイティブ。そうした旧来の価値観を一掃し、いま持たなければならないクリエイティブの本質的なスタンスとは何か。クリエイティブ・ディレクター田辺俊彦氏を迎え、多彩な角度からこのテーマについてディスカッションを行いました。
本記事は、CX Creative Studio note編集部がセッションの内容をまとめたものです。
クリエイティブに残存する二項対立。
田中:クリエイティブの領域では、「マス/デジタル」「オンライン/オフライン」「コマース/ブランディング」「パーパス/短期KPI」のような、安易な二項対立が幅をきかせています。
田辺:二項対立は派閥争いのような状況になっていて、私はその状況にある種の不満を抱いています。でも、クリエイティブとは本来そういう話ではありません。クリエイティブ・ディレクターは何か違う職能を持っているとか、特別なことを目指している人たちだと思われがちなのが非常に寂しいし、不毛です。
並河:私は、二項が混じり合う混沌とした場所でこそ、新しいもの、新しいクリエイティブが生まれると思っています。
2016年、電通から電通デジタルに出向してすぐに、クリエイティブの世界とデータマーケティングの世界がかなりはっきりと分かれていると感じ、その翌年、デジタルとクリエイティブの融合をテーマにしたACRC(アドバンストクリエイティブセンター)という組織を立ち上げました。
設立して5年、新しいタイプのクリエイターも出てきました。二項が混じり合うところは暖流と寒流が交わる潮目のようなもので、新しい可能性が眠る場所。違うものをひとつにしていく難しさもあるんですが。
田辺:企業の本来の目的は、長く愛されて、社会に求められる存在になることです。しかし、不毛な二項対立によって、その本来の目的がおざなりになることが多い。
例えば、短期の売上を達成するためのクリエイティブと、10年後のビジョンを提示するクリエイティブという2つが必要なとき、長いスパンで見れば本来は1つの物語として捉えるべきですが、前者はデジタルマーケティング、後者はブランディングとして分断されている。この二項対立はブランドのためにもならないと強く思っています。
人の捉え方と、導き方。
田中:並河さんは、デジタルマーケティングが今、大きな分岐点に来ているとお考えですよね。
並河:デジタルマーケティングは、大量のデータを収集して、ターゲットを細かく分類し、ターゲティングしていくのが基本でした。しかし、AI(人工知能)の登場によって、LTVが高くなると予測されるユーザー、すなわち将来的なファンだけにピンポイントでコミュニケーションできるようになりつつあります。そうすると、今までのターゲティングは非常に雑で、すごく粗いやり方だったと思えてきました。
AIが将来的なファンを見つけ出すことと、クリエイターがコミュニケーションのターゲットを想定する「勘」は、実は、すごく近いんじゃないかなとも思うようになりました。だから、最終的にはこの二項は対立でなく、融合していくのではないかと、ここ最近感じています。
田辺:AIの活用によってユーザーの解像度が上がる話は非常に面白いなと思います。雑なターゲティングがもたらすベストプラクティスは、果たして本当にベストプラクティスなのかは、振り返る必要があります。
大量で多角的なインプットとAIの進化によってどんどん解像度が上がっていくと、安易なベストプラクティスとは違う次元の発見があるでしょうし、そこにどういったクリエイティブを乗せていくのかという、もっと建設的な議論ができるのではないか。とても興味深いです。
田中:AIのみぞ知るという状況も出てきていますよね。
並河:確かに、ディープラーニングが深化しすぎて、AIが出した答えが人間には理解できないということも起こっています。コミュニケーションの出し先は分かるのだけれども、なぜそこに出すのかがわからない。となると、改めてブランドを愛する人に直接話を聞いて、そこからクリエイティブを作るというところに、また戻ってくるような感じはしています。
田辺:今回の話は、人間の複雑性をもう一度、認めていこうよという話でもありますね。
並河:マーケティングって人を類型化しがちですが、実は人ってもっと複雑です。1人の中にいろんな要素があるし、日によっても違う。もっとそういう複雑性をきちんと捉えていく、見ていく時代になった気がしています。むしろデータマーケティングとクリエイターの見立てにズレがあったら、それこそが発見のチャンスだと思います。
田辺:それは面白いですね。
並河:なぜズレているのかをしっかり突き詰めた方がいい。クリエイティブの仕事は「つくる」ことだけと見なされがちですが、それ以外に「見つけ出すクリエイティブ」とか「捉えるクリエイティブ」もある。実はそこにこそ、大きな価値があるのではないかと思っています。すばらしいクリエイターは捉える力がすごいですから。
田中:人を粗い目で見ていることへの限界が来ていて、人の心を置き去りしていたということに気づき始めている時期でもあるんですよね。
田辺:今の並河さんの話、私は2つの点がおもしろいなと思って聞いていました。
ひとつはクリエイターには、単に表現を作るだけじゃなく、発見を一緒にやっていく役割もあるということ。もうひとつは、デジタルマーケティングとクリエイティブのクロスオーバーに価値を見出していることです。
デジタルマーケティングにクリエイティビティを乗せることで、ベストプラクティスの横並び状態から抜け出すためのプラスオンが得られます。このクロスオーバーが日常化すれば良い時代になっていく。そうした気づきが拡がり始めている2022年は、マーケティングにとって大きな転換点となるのではないでしょうか。
グローバルのブランドには、デジタルドリブンとクリエイターの感性、その両方を使わないとブランドとして破綻するということを非常によく分かっているブランドが多いと感じます。個人的には、デジタルマーケティングのうまいブランドほどその理解が深いという印象を持っています。
クリエイティブの⼈間は、センサーになりうるか。
田中:田辺さんがあるブランドと交わした契約内容の中に「あなたをセンサーとして契約します」という一文があると伺いました。
並河:それは面白いですね。人を捉え、時代を捉え、少し先の未来で起きそうだけどまだ誰も言語化できてないようなこと、可視化できていないことを捉える「センサー」ですね。「センス」という⾔葉ってなんだかうやむやにしているような感じもあるけど、「センサー」って⾔われると、とてもしっくりきます。
先ほど「見つけ出すクリエイティブ」という話もしましたけれども、「センサーとしてのクリエイティブ」には非常に可能性があると思っています。
田辺:「センサー」は非常に緊張感のある肩書きで、そういう役割を期待されているというのはクリエイターとしてはうれしいことです。その役割を果たすためには、アナログ体験とデジタル体験、その両方を総合判断して戦略を立てていく必要がありますし、それこそが今一番新しいマーケティングだとも思うんですよね。
並河:私も、人から聞くとか、人の行動を見ることで得られるものは非常に多いと改めて思っていて、だから最近はデプスインタビューばかり行っています。
インタビューをしていると、一般的な方法からは外れるのですが、「こういうことを感じているのではないですか?」と思わず聞いてしまうことがあります。インタビュイーの中には、そう言われて初めて自分の気持ちに気づきましたという人もいました。やはり、クリエイターは人の一番近くにいるべきだし、人を見つめることで発見できることは、まだまだあると思います。
田中:デジタルマーケティングとクリエイティブ、この2つは組織が大きくなればなるほど、混じり合いにくいのも事実です。
並河:両方から歩み寄ることが大事で、そこを取り持つのがクリエイティブ・ディレクターだと思うんですよね。
田辺:クリエイティブ・ディレクターのイメージって「広告を作る人」ですけど、それだけじゃない。サイエンスとカルチャーとの接合というのは、今後たぶん一番求められる役割ではないかと思いますね。
並河:CX Creative Studioにはいろんなタイプの人がいるので、そこをどうつないでいくか、掛け算にしていくかが一番大事だったりします。
私はクリエイティブとデジタルマーケティング、どちらもとても好きでおもしろいなと思っています。時に矛盾もありますが、そこから何が生まれるのか、ずっと探しながら旅しているような感じです。
田辺:私もデジタルマーケティング、全然嫌いじゃないですよ。うまく活用すればオリエンの精度が格段に上がるし、何をすればもう一段上にいけるのかが明確なのは助かるし、すごく有益だと思っています。
田中:2019年にタグボートの岡康道さんと登壇したときにも、「クリエイターの中にある暗黙知をもっと表に出して、信じて使っていいんじゃないか」という話に辿り着きました。そうした想いも引き継ぎながら、実際に発展させていきたいと思っています。
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プロフィール
(つづく)Co-Founder/クリエイティブ・ディレクター/映像プランナー
2002年電通⼊社。2021年末に独立し、クリエイティブ・ディレクター・コレクティブ(つづく)を設⽴。ビジネスコンセプトからクリエイティブ表現まで、⼀気通貫したグローバルプロジェクトを数多く⼿がける。2018年度JAAAクリエイター・オブ・ザ・イヤー受賞。カンヌライオンズ(⾦銀銅)CLIO、CLIO SPORTS、ONE SHOW、ONE SCREEN、ADSTARS、London International Award、NY FESTIVALなど、国内・海外主要広告賞にて100回以上受賞。カンヌライオンズ審査員、ACCフィルム部⾨審査員、LIA審査員なども務める。
Instagram: _tanabe1107
株式会社電通 CXクリエーティブ・センター センター長/電通グループ CX Creative Studio 共同代表
1997年電通入社。2016年電通デジタルに出向、2017年アドバンストクリエイティブセンター(ACRC)を⽴ち上げる。電通に帰任し2020年データドリブン・クリエーティブ・センター センター⻑に就任。2021年CXクリエーティブ・センター⻑に就任。同年電通グループ CX Creative Studio 共同代表に就任。企業と社会を結ぶソーシャルプロジェクトと、デジタルを活用したプロジェクトが得意領域。詩人でもあり、プログラマーでもある。
株式会社電通デジタル 執行役員/電通グループ CX Creative Studio 共同代表
1998年電通入社。クリエイティブ局のCMプランナーを経てクリエイティブ・ディレクターに。広告領域を超えてクライアントのインターナルマーケティングやCEOのブランディング、事業コンセプト立案なども手がける。電通の経営企画局を経て、2017年電通アイソバー取締役に就任。2021年より現任。
※所属・役職は取材当時のものです。