この世の楽園 ~庭を借りる文化 in ドイツ
ドイツ人は自然大好き。できれば広い庭のある家に住んで、庭で丁寧に木や花を育てたり、庭の一部を畑にして作物を育てるなどして、自然のある生活を楽しみたいと思っているドイツ人は多い(*最近までドイツに住んでました)。
特に、ドイツ人は家の周りに大きな木があることを重視している人が多い。庭やベランダの周りに木があると、太陽の光がさんさんと降りそぐ日に木陰でのんびりしたり、リスが木を駆け登っていったり、風が吹くとサラサラと気持ちのいい葉音が聞こえたり・・・。特に夏は空気がカラッとしているから、木陰は天国のように気持ち良い。
そういう場所で家族やカップルで過ごす時間は、典型的なドイツ人の幸せのかたち。それは絵に描いたような「いま、ここ」を楽しむ時間で、その場でその瞬間を過ごすことによって、きっちりと幸せを味わえる。「いつか、ここではないどこかに幸せがあるのだろう」となんとなく思いながら休日を過ごす必要はない。
そんなドイツ人たちだけれども、世界の他の都市と同様に、数世紀単位の長期で見ればやはり都市化が進行していて・・・、現代ではアパートや狭い庭の家に住む人たちもたくさんいる。
じゃあ彼らは、自然溢れる庭で楽しい時間を過ごすことはできないのか?
いや、大丈夫!
そのような自分の庭がない、または庭があっても狭い人たちのために、ドイツでは賃貸用の庭を借りる制度・文化が根付いている。
この文化がと~っても興味深いので、ご紹介を。
名称
そのような賃借用の庭は、「クラインガルテン(小さな庭)」とか「シュレーバーガルテン」とか呼ばれる。
日本でも似たような制度が「市民農園」という名称で存在していて、これは欧州のこういった文化が日本に導入されて広まっていったものらしい。
どこにある?
ドイツ全土に存在しているし、更に同じ文化圏であるオーストリアやスイスにもある様子。ドイツではシュレーバー博士が広めた。
なお、東ヨーロッパには、ダーチャという少し似たコンセプトの文化がある。ダーチャとは郊外にある庭付き別荘のこと。金曜日の夕方や土曜日に家族でやってきて、リンゴなどの果樹や野菜などを育てながら、ゆっくりした週末の時間を楽しむ。
大きな都市でポピュラー
地方では既に広い庭を持っている人が多いから、あまりポピュラーではない。庭がなくて自然に飢えている、都市部の住民が借りるケースが多い。だから基本的には大きな都市に存在している。
めっちゃでかい
僕が住んでいた地方だと、ひと家庭に貸し出す区画は10m×20mとか、20m×20mくらいの大きさが平均的。そういった区画が、小さなもので数十区画くらい、大きなものでは500区画とか集まって、一つのまとまったクラインガルテンのエリアを形成している。計算してみると、甲子園球場に換算して1つ分~5つ分くらいの広さが、クラインガルテンの一つのまとまり。でかいね。
ドイツの各都市には、そのようにまとまったクラインガルテンのエリアが、10ヶ所とか20ヶ所とか散在している。だから、各都市には甲子園球場に換算して何十個ものクラインガルテンが広がっている。実は各都市の中で相当大きな面積を占めている。
外界から隔てられたコミュニティー
このクラインガルテン、ドイツ人たちでも、街のどこにあるのかをあまり知らないケースも多い。なぜなら、クラインガルテンのエリアは一般的にぐるっと周囲が高い植え込みなどで隠されていて、知らない限りは、そこにそんなエリアが広がっていることに気がつきにくいから。
ライフスタイルに合った庭の構成
各区画の中の基本的な構成要素は、「芝生」、「木」、「花」、「野菜や果物を栽培する畑」など。
家庭の状況に応じて各要素の構成比率が違っていて、例えば子どもを遊ばせる家は芝生の比率が多かったり、花が好きな人は花をメインにしたり。他にも、食事をするテーブルを置いたり、子どもが遊ぶ遊具を置いている区画もある。
あと、各区画の中には必ず小さな木造の建物が一軒建っている。これは中でお茶を入れたり、休憩したりするための小屋。ただ、この建物に住んで生活することは法律で禁止されている。あくまでもクラインガルテンは庭であって、住居ではないから。
ちなみに、田舎の街で育った同僚が言っていた。
「私がこの地域に引っ越してきた時に、電車沿いにクラインガルテンが見えたんだ。そして、この地域の人たちは何てちっちゃな家に住んでいるんだろう!ってびっくりした。後からこの街の人にその話をしたら、あれは人が住むための家じゃないよ、って大笑いされた。だって私が育った地域は田舎で、みんな大きな庭を持っていたから、クラインガルテンなんて存在を知らなかったんだよ」
超長期間の賃借
ネット情報によると30年間の賃借が一般的らしい。ただドイツ人に聞くと、亡くなるまで一生借り続ける人が多いとのこと。
幅広い年齢層
子どもが独立して仕事も引退した、時間のあるお年寄りが借りることが多い。でもそれだけではなく、小さな子どものいる若い家族が借りて、家族で庭を中心にしたファミリーライフを楽しんだり。
といったように、かなり幅広い年齢層の人たちが出入りしている。
非営利団体が運営
それぞれの都市には、クラインガルテンを運営する非営利団体(フェライン=協会と呼ばれる)が組織されていて、それぞれの団体が共同体として自主運営している。
ドイツ人はこのような「程よい規模のコミュニティーを自分たちで運営する」という能力に長けていると思う。
お試し期間あり
最初に1年とかのお試し期間があるらしい。正確に言うと「その共同体の人たちから、借り手自身がチェックされる期間」。新参の借り手は、ちゃんと頻繁に庭に来て雑草が伸びないように手入れしているか、静かにマナーを守った使い方ができるか、等々についてチェックされる。こうやって「コミュニティーに参加できる信頼できる人かどうか」が試される。
で、きっちりできていないと、周辺の住人や団体から指導が入る。それでも改善しなければ、運営団体から一方的に解約される。
ちなみにドイツでは、アパートを借りた時も同じように大家から家の使い方をチェックされて、大家に気に入ってもらえないと無慈悲に追い出されるケースがよくある。
こういった合意形成のステップが、いかにもドイツらしいと思う。
破格の安さ
地域差や広さで違うみたいだけど、賃借料や税金など合計した平均支払額は、わずか年間4~5万円程度とのこと。
都心近くにもあるから、もし売りに出されたら一区画だけで億円単位で取引されるエリアもいっぱいあるはずだけど。つまり、もともと採算は全く考えられていない。
市民と都市のウィンウィン
アパート暮らしで家に自然がない市民でも、クラインガルテンの制度によって自分の庭が(賃借だけど)持てて、豊かな時間を過ごすことができる。
都市のかたちとして見たときにも、都心に緑地が確保できて、市民たちが自分でいい感じに手入れしてくれるから、きれいな自然が溢れる健全な都市のかたちを維持できる。
ここでもやはりビアガーデン
ドイツ南部の場合だと、クラインガルテンにはだいたいビアガーデンが併設されている。自分の区画周辺の共同体の人々と一緒に、あるいは家族や親せきたちで、楽しそうにビールを飲んで談笑している様子が見られる。クラインガルテンのビアガーデンで結婚式のパーティーを開いている人たちもしばしば見かける。
地域の共有財産
クラインガルテンは半ば「市民で共有すべき公共財」の位置づけ。一般の人たちが入ってきて散歩することが基本的に認められている。クラインガルテン内の通路は全て立ち入って良いケースもあるし、メインの大きな通路だけ立入可になっているケースも。いずれにせよ立入りの可否は看板に明示されている。
とは言っても、前述のようにクラインガルテンは「知る人ぞ知る場所」。地域の人たちは知っていても、コミュニティーが違うよその人たちがワラワラと入ってくることは基本的に想定していない。
この感覚って、たぶん中世の城壁都市の感覚と非常に似ているのでは。壁の中は外の世界とある程度隔離されていて、内部は信頼できる人たちのコミュニティーになっている。外界の人を完全に遮断するわけではないけれど、でも知らないよそ者がたくさん入ってくることは好まれない。
長い歴史
元々は200年ほど前に始まった制度で、100年ほど前には正式に国の制度として採り入れられたらしい。
当時ドイツは都市部の住民の数が増えていて、彼らが人工的な環境で生活することへの対策としてスタートした。つまり、都市部で庭がない市民にも、自然と触れ合ったり、園芸などの娯楽を楽しむ機会を確保する目的があった。その目的は今も続いている。
地域交流の場
またそれだけでなく、コミュニティーの形成という意味でとても重要な役割を果たしている。特に定年後のお年寄り、移民、子どもたちなどは、クラインガルテンで近隣の区画の人たちと交流ができるから、他に代えがたい貴重な「地域交流の場」としての役割を果たしている。
興味深いのが、失業者にとってクラインガルテンが大事だという考え方。失業した人にとって、「何かに属している」「自分も畑で作物を育てたり生産的な活動を行っている」という感覚を持ち続けられることが、その人の心の支えになるから大事だという考え方があって、とても理にかなっていると思う。
食料生産が最優先された時代も
さて、このような歴史あるクラインガルテンという文化。
過去の二回の世界大戦で食糧不足になった際には、本来の目的である「家族やコミュニティーの人たちと自然に囲まれてリラックスした人間らしい時間を楽しむ」ということは一旦置いておかざるを得なくなって、クラインガルテンは「作物を育てて食料をまかなう」目的がメインになった。
同僚とクラインガルテンの話をしていたら、その同僚の祖父母もクラインガルテンを借りていたらしく、第二次世界大戦後は敷地すべてに食料用の作物だけを植えて、畑として使用することになったらしい。
そんな時、おばあさんが「少しはお花も植えては・・・」と言っても、おじいさんが「ダメだ、食料が最優先」って却下されたらしい。
でも、戦後の復興が進むにつれ、徐々に食料に余裕が出てきて、それとともに徐々にお花の比率が増えていった・・・という話を聞いた。
さて、いかがだったでしょうか。
クラインガルテンについては次回も投稿予定。今回は「クラインガルテンとはなんぞや」という前提の話だけ終わってしまったので、次回はもともと書きたかった「クラインガルテンを通して浮かび上がるドイツ人の幸福観」をテーマに深掘りして書く予定。
by 世界の人に聞いてみた