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わずか10分で車を注文した話
今回は、僕が働いていた「ドイツの職場あるある」な話を。
カンパニーカーという制度にまつわる、同僚とのてんやわんやな思い出について。
まずは前提として、カンパニーカーとは何か?から始めよう。というのも、この制度には日本人からみると独特な特徴がある。
カンパニーカーとは
(1) 給与の一部=私用でも使える
ドイツでは、会社が従業員への給与の一部としてカンパニーカーを支給するという制度が一般的に普及している。
たとえば課長とかある程度のポジション以上の従業員に対して、会社が新車をリースして従業員へ利用させている。これは給与に相当するものとみなされており、私用でも使うことができる。
(2) ガソリン代は全て会社持ち
さらに独特と感じるのが、通勤はもちろん、私用で使ったガソリン代も一切全てを会社が負担するケースが一般的だと思う。
実際、さんざんカンパニーカーを私用で乗り回したところで、1ヶ月間の間に使うガソリン代は最大数万円くらい。ドイツ人の給与水準からすれば、給与のうち数%程度だから、それほど大した金額ではない。
(3) 産業振興策と福利厚生を兼ねる
なぜこのようなカンパニーカーという制度が一般的になっているかというと、政府が税制優遇制度を導入しているから。給与として従業員へお金を支払うよりも、同じ金額でカンパニーカーをリースして従業員へ貸与した方が、会社側が支払う費用が少なくて済むらしい。
では、なぜ税制優遇制度をドイツ政府が導入しているのか?
それは、カンパニーカーを会社がリースすることによって、自動的に新車が売れて、ドイツの車産業に寄与することになるから。つまり国としては、産業振興策と労働者の福利厚生の向上を兼ねた制度。
(4) 容赦なく車を替えさせる
そうやって新車をカンパニーカーとしてリースすると、3年または4年後に契約満了する。でも、その車が気に入っているからといってリース契約を更新しようとすると、古い車なのに新車よりもリース料が上がってしまう設定になっているらしい。
したがって従業員が「まだこの車に乗り続けたい」と言っても、会社が「ダメダメ、新車に切り替えてくれ。でないと会社負担が増えるから」と言われてしまう。
そうやって、乗っていたカンパニーカーは中古車として次のオーナーに引き渡されていき、従業員には新車が届けられる。つまり、車メーカーは新車を販売することができる。
ドイツでは、こうやって車メーカーのビジネスが回っている。車メーカーの政治力は強いからね。
(5) カンパニーカーの種類
会社によるけれども、僕の知る範囲だと、フォルクスワーゲン、アウディ、BMWあたりの中級グレードの車が多い。BMWだと3シリーズ、アウディだとA4とか。
でも幹部になってくると、新車で買うと1,000万円とか1,500万円くらいの車を貸与されている人たちも珍しくない。僕の上司もそれはそれは高級なアウディA8に乗って時速280kmで走っていた。
色は、一般的にビジネスで使ってもおかしくないもの、と定めている会社が多い様子。したがって、濃いめのグレー/紺色/暗いブラウンあたりの色が定番。だから、ドイツの道路を走っている車を見ていると、暗めの色の車がとても多い。
ということで、カンパニーカーとはこんな制度。
という前提があった上で、僕がドイツで働いていた時に経験した、同僚とのてんやわんやな思い出話を。
10分ほどで車を注文した話
ある金曜日の午後。カンパニーカーを担当しているPさん(50才くらいの女性)がすごい勢いで僕の席に飛んできた。
彼女はとにかく忙しい人で、山のように仕事を抱えてよく遅くまで残っていた。だから、時にはかなり強引に仕事を進めていくことも。ドイツ人にありがちな、忙しいときには自分の仕事の効率を最大化しようとする人だった。性格は真面目で優しい人なんだけどね。
で、そうやってすごい勢いで踊り込んできたPさん。
Pさん
「あなたのカンパニーカーを!今すぐ決めないといけないの!!今すぐ私のPCの前に来て!!」
当時、僕はカンパニーカーを受け取ってから3年が経過していて、新しいのに変えなければいけないということは知っていた。でも、Pさんから待つように言われていた。
「いま車の納期が延びているから、納期が正常化するまで注文するのはもうちょっと待とうね。そして私はいま忙しい。また落ち着いたら注文するから。楽しみは取っておいた方がいいでしょ」って。
そんなこんなで、いつか考えようと思っていたカンパニーカー選び。うちの会社は、メーカーやグレードは決められていたけれど、それでも車体の色だの、シートだの、なんやかんや決めるのは楽しいもの。しかも、うちの会社はオプションがほぼ付け放題。
ただ、僕はモノへのこだわりが薄めなので、カンパニーカーの更新のことはすっかり忘れかけていた。
Pさんが飛び込んできたのは、そんな時期だった。
Pさん
「来週の発注分から値上げするって、ディーラーから連絡があったの!だから今日中にあなたの車を発注しなければいけないのよ。でも私、今日は用事があって16時には帰らないといけない。もう時間がないでしょ。いつものように、ネットで車の仕様を選んで発注するから。10分で決めて!」
たぶん、ディーラーからは、何週間も前から値上げについて連絡を受けていたんじゃないかな~、って思うけど。でもPさんはギリギリまで手が回らずに、お尻に火がついて最後の瞬間に僕のところにやってきたとみている。
僕はPさんから急かされて、バタバタと彼女のPCの前に並んで座る。そのメーカーはネットからログインして、車の諸々の仕様やオプションを全てPCから指定して発注することができる。
Pさん
「いま乗っている車と同じ車種でいいよね!はい、車種は同じもの、と」
僕
「うん、今の車が気に入っているから。まぁ同じ車種でいいよ」
Pさん
「じゃあ仕様を決めていくよォ!今の車と同じ、ワゴンタイプでいいよね。ハイ、ポチッと。色は今の車と一番似ている、、、このブラウンね。ポチッ。タイヤの太さも今と同じで。ポチッ。ホイールの形は・・・この5種類の中から選んで!今すぐ!!どれでも変わりゃしないわよ」
こんな調子で、有無を言わせずアッという間に仕様が決められていく。
Pさん
「今の車は、オプションをいくつか付けていたよね。えーっと、たしかアナタは暗いところがあまり見えないからって、明るいLEDのライトをオプションで付けてたよね」
ドイツの高速道路は暗くて、ライトが付いていない区間も多い。ヨーロッパの人たちは、瞳が青かったり瞳の色が薄いから、夜目が格段に効く。でも僕はごく一般的な日本人の濃い茶色の瞳を持つから、暗いと見えない。
僕
「うん、明るいライトがいいから、今回も付けたいな・・・」
Pさん
「はい、じゃあ今回も明るいLEDのライトを指定するわよ。ポチッ。あと、アナタは暗いのが苦手だから、車内に光が入るようにって、広いサンルーフをオプションで付けてたよね」
同じ理由で、車内も明るい方が嬉しい。特にドイツの冬は暗いから。
僕
「うん、今回も付けたいな・・・」
Pさん
「はい、じゃあ今回も広いサンルーフ、と。ポチッ。そうそう、あと同じ理由で、シートの色も明るめのものに変更、だったね!」
僕
「うん、今回もシートの色を明るくしたいな・・・」
Pさん
「じゃあシートはこの明るいブラウンでいいよね。ポチッ」
という要領で、容赦なく仕様が決定されていき・・・
Pさん
「よーし。これで決めないといけない項目は、全て選んだね。じゃあ、これで確定させるよ!ハイ、発注ぅぅぅ!!」
ポチッ!
ということでカンパニーカー選びは10分ほどで終了。
Pさん
「すごいわね~、アッという間に発注できたよ!アナタ、決断力があるわぁーー!。じゃあ私は帰らなきゃいけないから。では、よいィ週末をォォォ!!」
大きな目を使ってバチンと音がするくらいのウィンクをして、ピューッとはやてのように去っていった。
という感じで、相手を褒めていい気にさせることを忘れずに。しかし一方で、自分の都合のいいように仕事を進めていく。ドイツ人の特有の仕事の進め方で、10分ほどですごい金額の発注が終了。
という思い出でした。
まとめ
ここで目を引くのが・・、日本人の仕事の進め方とドイツ人の仕事の進め方の違い。
両国民とも、世界の中でみれば真面目な部類に入るのだろうと思う。ただ、働くということについて、全く逆な考え方をしている面がある。
日本の仕事の進め方は、相手の立場に立つことが美徳。今回の僕の経験のように、ここまで働く側の都合で強引に話が進められていくことは、あまり一般的とは言えないような。他にも、顧客に対しては「おもてなし」に価値を置くし、言い換えれば「お客様は神様です」。
つまり、仕事の出口のパフォーマンスを最大化するべきとされる傾向があるのではないだろうか。だからサービス業での「受益者の満足度」は高い傾向がある。一方で、それは働く人の効率を必ずしも最大化することは意味しない。
一方でドイツの仕事の進め方は、「働く人が効率的に仕事をして、最大限のパフォーマンスを発揮する」ことを重要視する。
それは、必ずしも相手の立場に立った仕事をすることは意味していない。わがままな顧客につきあっていたら、仕事にならないよ、と。時にそれは、ドイツが「サービス砂漠」と言われている由縁になる。
でも、働いている人たちがそれぞれの能力を最大限に発揮できたら、総合的にみれば社会としては最大の成果を享受できるでしょ、と考えている。
つまりこの構図を僕の言葉で表現すれば、日本もドイツも両方とも真面目な性質があるものの、その成果を実現させるための方法論の思想は180度違っている。働き方について言えば、日本は出口を重視して、ドイツは入り口を重視する、という思想が根底に流れていると僕は思っている。
どちらが優れているかを主張したいわけではない。ただ、日本人とドイツ人が似ているという見方をしている人もいれば、逆に180度違っているとみている人もいる。
そうやって全く違う見方をされる理由は、こんな共通点と相違点があるからではないか、と僕はみている。
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by 世界の人に聞いてみた