君は OFFICE CUE を知っているか ~走れウポポイ 前編~
2006年夏
当時中学3年生だった次男が「ケータイを買ってほしい」と言い出した。
その頃の我が家の鉄の掟
『ケータイは高校入学が決まったら。』
長男長女はそれに従い、合格発表の日に買いに行った。
どうして?
「友達みんなもってるから、俺だけ連絡とれない。」
そんなの家に電話してくればいいべさ。
「メールもやってみたい。」
いや、高校入学してからでも遅くないんでない?
兄ちゃんも姉ちゃんも我慢したよ。
「・・・」
その日は、何も言わず自分の部屋に戻っていった次男。
次の日から彼は反撃の体制に入った。
夫とはいつも通りに話している。兄弟とも変わらない態度だった。
が、
私の問いかけには一切反応しない。こっちも見ない。
完全無視だ。
おおっと、これはかの有名な反抗期というやつだな。
よしよし、受けて立とうじゃないか。
どんとこい反抗期!
小さい頃の次男は、話し始めると止まらないおしゃべりで、すぐにおだっちゃう子だった。
家族でドライブ中、彼のおしゃべりがエスカレートしてしまい、あまりのうるささに夫が
「5分黙っていられたらお父ちゃんが500円やる。」と言ったことがある。
「わかった!」 と口を抑えた次男。
「もう5分経った?」と言っちゃうまで1分とかからなかった。。
そんな次男だからまあ、もって一週間じゃねと高を括っていた。
その予想はしっかり裏切られ、私はずっと無視されたまま季節は秋になっていた。
その年の日本ハムファイターズは強かった。北海道に移転して3年目。新庄剛志が引退を発表してから勢いがついた。
駒大苫小牧が三連覇を目指して、早稲田実業との決勝再試合で一点差で準優勝した年でもある。まーくんがかっこよすぎて、ハンカチは見るのも嫌だった。野球好きの私の人生の中でも、その熱がマックスの頃だ。
そんな時、なんと日本シリーズ日ハムVS中日 第五戦 のチケットが手に入ったのだ。
二枚。
我が家は7人家族。
すぐに家族会議が開かれた。
喧々諤々
そりゃみんな行きたいさね。
そのうち三男はクールに辞退。夫は運転手になってドーム近くの駐車場でラジオ聴いてると言う。
もう一回、どうしても母と一緒に札幌ドーム行きたい人は挙手!というと、私の左斜め後ろでそっと手を挙げたやつがいた。
次男だ。
それまで一言も発していなかった彼が
反抗期真っ只中の彼が
母と二人で行くってかい。
驚いたのは私だけではない。兄弟たちにとっても不意打ちだ。
しばしの沈黙の後、他の三人は静かに手を降ろした。
10月26日、札幌ドーム一塁側のC指定席に私と次男はいた。
ファイターズ弁当を食べておいしいねって言った私に、久しぶりに返ってきた「うん」という答えは、聞き取れないほどの小さな声だった。
ダルビッシュはカッコ良かった。
稲葉ジャンプは怖いくらいドームが揺れた。
応援バットは壊れそうになった。
新庄が泣いて私も泣いた。
稀哲がフライを捕った瞬間、思わず次男に抱きついた。
勝った。日本一だ。シンジラレナーイ。
隣の人とも後ろの人とも前の人とも、泣きながらハイタッチしまくった。
全て終わってドームから駐車場までの人の流れが異様な感じだったのが忘れられない。
みんな淡々と歩いている。みんな放心状態。
私はもっとみんな大騒ぎで、誰彼かまわずハイタッチやハグの嵐なんじゃないかと思っていたのだが、大声を出す人など一人もいない。
静かに出口に向かって流れていくレプリカユニフォームの川。
不思議な光景だった。
多分だけど、ほとんどの道産子はこんな場面を経験したことがなかったのだ。
ドームの中の一体感やとてつもない高揚感。フィクションでは流れない涙。応援することの喜び。
それを表す術を知らなかったのだと思う。
ラジオでビールかけの実況を聴きながら帰路についた。
次男は眠っていた。
これで彼の反抗期も収まるかも、なんて思っていた私は甘かった。
冬が来ても彼のムシムシ大作戦は敢行されていた。
見かねた夫が「買ってあげれば?」と言い出し、長男長女も「別にいいんじゃないの」と許容の姿勢。
私一人が意地張ってるみたいになって、なんとなく割り切れなかったけどしかたない。
次の日、次男とドコモショップへ行き最新のケータイを買った。
「かあちゃんありがとう」と、とたんに満面の笑み。
帰りの車の中でずっとトリセツを読みながら、なんやかんやとしゃべり続ける彼。
昨日までの君はいったいどこにいったんだ、とつっこみたかったが、飲み込んだ。
その夜、もう寝ようかって時に次男が
「誰からもメール来ないんだけど、なんで?」と不安げに訊いてきた。
「メアド教えたの?」と言うと
「あ・・・教えてない」
そりゃあ こないわなぁ。
そんな次男、高校は陸上部で中距離選手として3年間頑張った。
社会人になってからも年に3回くらいはマラソン大会に出て,完走している。
時は立ち、2020年、緊急事態宣言だ、ステイホームだ、ソーシャルディスタンスだと、世の中うるさいんだか静かなんだかわからくなってた頃。
北海道白老町に建てられた
ウポポイ 民族共生象徴空間 のオープン7月12日(日)の二日前
7月10日、クリエイティブオフィスキューのオフィシャルウェブサイトで告知があった。
こ、これはっ
行かねば
絶対行かねば
行かねばならぬ。
湧き上がる使命感を抑えきれない夜だった。
後編へ続く。
※これは意味がわからん という北海道弁に関しては、コメント欄で質問していただけたら お答えいたします。