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夕暮れ時にゆっくり読みたい物語たち

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#小説

枯れない花を抱いて歩く

 緑の細い茎を水中に浸し、ハサミを持つ手に力を入れる。わずかな抵抗は一瞬で崩れ先端からニセンチほどが皿の底に落ちた。声を出さずに三秒数える間、斜めの切り口が水を吸い上げる様を想像する。
 茎から花びらのように見える青色のガクへ。手まりのようなアジサイの、花だと思っていた部分は装飾花と呼ぶのだといつもの花屋さんが教えてくれた。本物よりもお飾りのほうが華やかだなんて。やがて水は、ガクの中心に慎ましやか

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近くて遠い、あなたと私。【#クリスマス金曜トワイライト】

近くて遠い、あなたと私。【#クリスマス金曜トワイライト】

私があなたを意識し出して、もうすぐ2度目の冬がきます。叶わぬ恋、ということは分かっていました。想い人のいるあなたが私に振り向いてくれる可能性なんて、万に一つもありはしないという事も。

それでも。

私は賭けてみたかったのです。あなたが私に振り向いてくれる、その万に一つ。いえ、億に一つの可能性に。

◇・◇・◇・◇

あなたの想い人が、私たちの勤める会社のビル1階で働いているのは知っていました。「

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海月の舞

海月の舞

10年も経てば東京の街は大きく変わる。
記憶を辿りながら交差点を左折してきょろきょろと見渡すが、記憶のある方向にしばらく歩いても あったはずのギャラリーはもうその名残すらない。私の記憶違い?いや、もしかしたらギャラリーではなく内装や表向きを変えて別の用途に使われ始めただけなのか。

それともあれは、夢だったのだろうか。



海月、と書いてクラゲ、と読むのだ、と知ったのは恥ずかしながら24の夏の

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傘は持っている

傘は持っている

土砂降りだし、弱音吐いていい?

そういう言い訳みたいな逃げ道をつくるような言葉が嫌いで、弱音や本音やその前置きすら何も言えなくて、黙って自動販売機に小銭を入れた。無意識に選んだ微糖のホットコーヒー。何故だかとてもカフェインが欲しかった。欲しくて欲しくて手に入れた缶コーヒーって、本来の価値よりもなんだか重くて窮屈だ。自動販売機の飲み物なんて、覚えていないくらいが丁度良い。楽しかった飲み会の後、満足

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空とネコ

空とネコ

オレンジ色のカーブミラーの真下、田舎特有の煙った匂い、家々を線結ぶ郵便バイクの音が響く、昼間の住宅街。
地面に倒れ込んだ躰をイタタと起こすと、なんと、白い猫になっていました。
カーブミラーと同じ色の小花が低木に咲き乱れて芳しい、十月の午後三時のことでした。

先ほど、愛した男にとどめをさしました。
そうせずにはいられなかったのです。
お昼ご飯に温かいきつね饂飩を作ってあげました。
あなたはそういう

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【掌握小説】おなじ月をみている

【掌握小説】おなじ月をみている

電車の座席に沈み込むと、仕事の疲れとともに力が抜けた。

ああもう、休日出勤なんてするもんじゃない。炎上鎮火に使った脳みそが、電車のリズムに合わせてぐらぐらとゆれる。窓の外を流れる景色はすでに夕方。それでも、空に浮かぶ白い三日月が、まだ夜があるよと私に教えてくれる。

こんな日は、ちゃんとグラスを用意して、お気に入りのビールを注ぎたい。重い気分をぐっと受け止めてくれるような、苦みのあるやつがいい。

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