マガジンのカバー画像

夕暮れ時にゆっくり読みたい物語たち

35
運営しているクリエイター

#恋愛

ビタービタースイートビター

ビタービタースイートビター

うだつの上がらない日々、家でも一人、職場でも一人、社会的にも一人。ひとりぼっちの延長線に生活が偶然あるような閉ざされた春、遂にわたしはマッチングアプリをインストールした。おしゃべりロボットを買う財力はなくて、犬や猫のいのちを預かるほどの懐はなくて、植物を育てるのは何だか味気なくて、やっぱり私は人間だから、人間と会話をしてみたいと思った。

「いちばん出会える」と口コミで評判のマッチングアプリは、「

もっとみる
君について覚えていること

君について覚えていること

君の爪はいつも綺麗に切り揃えられていた。きっと丁寧に磨いていたのだろう、君の爪は私のそれよりずっと艶があった。

君の部屋はいつもそれなりに片付いていた。長めの髪の毛が落ちていたことは一度もなかったし歯ブラシも一本だけだったけれど、洗面所にはコンタクト液があった。君の視力は1.5だと、いつか自慢されたことがある。

君と私は友達といえるほど近くはなくて、でも知り合いと呼ぶよりも少しだけ密度が高い、

もっとみる
来世で巡り逢わない

来世で巡り逢わない

冷たい夜だった。妙な時間のスマホの通知音に嫌な予感がする。「やり直せないかな。会って話がしたい」画面に表示されたメッセージをしばらく見つめているとだんだん苦しくなって、やっと自分が息を止めていたことに気付く。冷静になれ。心で小さく念じて私はそっとスマホをテーブルに置いた。

◇◇◇

やり直したい、だって。笑えるよ。敢えて口に出してみると、とても冷たい響きになった。話し合おう、そんなこと何十回も繰

もっとみる
近くて遠い、あなたと私。【#クリスマス金曜トワイライト】

近くて遠い、あなたと私。【#クリスマス金曜トワイライト】

私があなたを意識し出して、もうすぐ2度目の冬がきます。叶わぬ恋、ということは分かっていました。想い人のいるあなたが私に振り向いてくれる可能性なんて、万に一つもありはしないという事も。

それでも。

私は賭けてみたかったのです。あなたが私に振り向いてくれる、その万に一つ。いえ、億に一つの可能性に。

◇・◇・◇・◇

あなたの想い人が、私たちの勤める会社のビル1階で働いているのは知っていました。「

もっとみる
傘は持っている

傘は持っている

土砂降りだし、弱音吐いていい?

そういう言い訳みたいな逃げ道をつくるような言葉が嫌いで、弱音や本音やその前置きすら何も言えなくて、黙って自動販売機に小銭を入れた。無意識に選んだ微糖のホットコーヒー。何故だかとてもカフェインが欲しかった。欲しくて欲しくて手に入れた缶コーヒーって、本来の価値よりもなんだか重くて窮屈だ。自動販売機の飲み物なんて、覚えていないくらいが丁度良い。楽しかった飲み会の後、満足

もっとみる
今夜さよならに一歩近づく

今夜さよならに一歩近づく

数分前に何と言ったかすら覚えていないけれど、特に届けたい言葉でもなかったし相手に振り向いて欲しかっただけだから、喉から甘い声を出したことだけが確かだ。小手先の甘い声は耳にべたっとはりつくから煩わしいのに、私は気付いたらそういう声を出している。

寒さをしのぐための寄り添いで良かった。眠れない夜に息をひそめて隣にいるだけで良かった。それ以上はいらなくて、だってそれ以上になればもっと難しいことを沢山考

もっとみる