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来世で巡り逢わない


冷たい夜だった。妙な時間のスマホの通知音に嫌な予感がする。「やり直せないかな。会って話がしたい」画面に表示されたメッセージをしばらく見つめているとだんだん苦しくなって、やっと自分が息を止めていたことに気付く。冷静になれ。心で小さく念じて私はそっとスマホをテーブルに置いた。


◇◇◇


やり直したい、だって。笑えるよ。敢えて口に出してみると、とても冷たい響きになった。話し合おう、そんなこと何十回も繰り返して、話し合った結果がこれだったのだ。話し合いの果てまで話し合いをしたはずだった。終盤は互いに議論する体力が残っておらず、勢いと手頃な強い言葉で相手を傷つける術しかなかった。ボロボロになるまで話し合ったはずだった。

それなのにこの人は、まだ「会って話そう」なんて言っている。可笑しいな。他人事のようにぼんやりと思う。こういう旨のメッセージは初めてではなかった。恋を終えて二ヶ月が経過していたけれど、「話し合いたい」「チャンスをくれ」と言われたのはこれで三度目だった。その度に私はこう答えた、ごめんなさい、今の私には話し合う気力も恋をする力もありません、と。

私の気持ちはやはり伝わっていないようだった。もう話すことすら、言葉を紡ぐことすらつらいのだ。こちらに気持ちは残っておらず、話し合う気持ちもないと伝えたつもりなのに、伝えようとした相手は何年も一緒にいた人だったのに、それでも伝わらないものは伝わらなかった。
相手は何度も、ごめんと言った。謝罪のあとに続くのは似たような言葉、どこかで聞いたことのあるような台詞。後悔をしている、やり直したい、チャンスが欲しい、話し合いをしたい、会って話したい。全て、今の私が欲しくないもの。私が求めているのは平穏と心の安定。忘れてしまいたかった。話し合いなんてして思い出すつもりもなかった。一度終わってしまえば全て終わりだった。後悔するのなら、その前に気付いて欲しかった。後悔していると言えるあなたは偉いかもしれないけれど、それを私にぶつけるのは間違っている。私はもうだいぶ気持ちの淵まで来ていて、分かりやすく表現するならば、「信じられない」のだ。後悔しているからやり直したいと言う人は、また同じことを繰り返すのだろうとどこかで諦めている。何度も謝れば自分の求めるものが手に入ると知っている人は愚かなのだ。そしてその愚かな余裕のために、こちらの気持ちを適切に理解できないのだ、と。


「会って話したい」
何度言われても重くのしかかってくる一言だ。恋を終えた時、私はそれまでの恋のストーリーも全て終えた。そこから始まるものなんてひとつもなかった。じゅうぶんに話をして、じゅうぶんに納得をして、そして伝えた。これからは別々のところで生きていきましょう、と。今後交わることがない二本の道をつくったのは、紛れもなく私たち二人だった。それなのに、いとも簡単に私の道への侵入を試みてくる。私が育てようとしていた草花をなぎ倒して侵入しようとするのだ。自分にとって話し合う必要のない人に話し合いの場を求められること、私が最も恐れていたのはこれだったのかとようやく気付く。


◇◇◇


しばらくじっと思いを巡らせ、自分が正常な息を取り戻していることを確認すると、私はテーブルのスマホをやっと手にした。【ごめんなさい。やり直すことはできません。この前も伝えたけれど、私には話し合う気力も会いたいと思う気持ちもありません。それだけです】入力して一気に送信ボタンをおし、大きなため息を吐く。こんなメッセージを送ると、相手は酷く傷ついた様子を見せるのだ。その様子を見ていると、ああ自分は悪人なのだなと痛く思う。痛く思うのと同時に、自分ばかりが傷ついたような態度取らないでよ、とも思う。いたいのはこちらも一緒。これ以上つらい思い出にしたくない。これ以上嫌いになりたくない。その恋の綺麗な部分は綺麗な部分として残しておきたかった。やり直したいだの話し合いたいだの、そういう雑な上書きで汚くなっていく思い出がかなしくて許せなかった。改修作業は改修作業の手順や方法を知っている者同士が行わないと、かえってボロボロになるのだ。そんな思考をしている自分は、やはり悪人に違いない。

スマホを置こうとすると、ぴろんっとすぐに通知音が鳴る。重い気持ちのまま画面を見遣る。
【そうか。もう話し合いすらしてくれないんだね。あんなに長く付き合ってたのに】



…宇宙だな。返信を読んだ瞬間に浮かんだのはそれだけだった。

あまりにも遠すぎる。あまりにも分かり合えなさすぎる。話し合うことすらできないほど恋愛や相手との関係に疲弊してしまいましたと伝えたところで、相手にその感覚を理解する術はないのだ。そしてまた、相手がやり直したい、話し合いたいと修復を望む渇望も私には分からない。どこか遠くの世界でそれぞれがそれぞれ生きる方が良いのだ、きっと。そうすれば最終的に互いに傷付かないで済むのだ。

話し合いすらしてくれない、じゃなくて。もうこれ以上傷つきたくない。これ以上疲弊したくない。ボロボロになりたくない。これ以上嫌いになりたくない。だってあんなに好きだったのだから。話し合いができない私を責めないで、とまでは言わないけれど、話し合いを断る権利くらい持たせてね。悪人でいいから。
生まれ変わってもあなたとは巡り逢いませんように、このさき、来世でも私は心穏やかに過ごしたいのです、100パーセントの恋をした相手と30パーセントのコミュニケーションすらとれない世界線なんて辛いだけだからいらないのです、そう願いながらラインのブロックボタンを探す。変なの、悪人なのに、私は泣いている。






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