商業出版から離れ、今の収入源は5つ以上? 「個人で稼ぐ」新しい漫画家のかたち
こんにちは、「クリエイターエコノミー」をテーマに、クリエイターのためのお金やキャリア、テクノロジーの事例を紹介する媒体・クリエイターエコノミーラボです。
今回インタビューしたのは、商業出版から離れ、さまざまなWebサービスを使いこなし、個人のクリエイターとしての仕事で生計を立てている漫画家・根田啓史さんです。
代表作は、オリジナル作品の『異世界行ったら、すでに妹が魔王として君臨していた話。』、人気作品のスピンオフ『僕のヒーローアカデミア すまっしゅ‼︎』など。Twitterで抱えるフォロワー数は20万人以上です。
クリエイターエコノミーの発展によって、クリエイターが作品でお金を得る方法の選択肢は大きく広がっています。
「商業出版の仕組みは自分に合わなかった」と、早い時期からさまざまなWebサービスを使いこなし、今では「新しい稼ぎ方」を実践する根田さんに、詳しく話を伺いました。
前後編でお届けする記事、後編では、『ヒロアカ』外伝での連載デビューの話や、現在の収入事情などについてお話しいただきました。
▼記事の前編はこちら
『ヒロアカ』堀越先生との縁、スピンオフ連載の経緯
ーー今ではネットを中心に個人クリエイターとして活躍している根田先生ですが、これまでの歩みについて、振り返りつつお聞きしていきたくて。
根田:漫画家を目指した理由を話すと……僕って宮城県出身なんですけど、宮城って、東京の腰巾着みたいな感じなんですよ(笑)。
僕は、東京で作られた事業を再現してお金を稼ぐ場所みたいな印象を持っていて。
岩手や新潟だと地元の企業が強いんですけど、宮城は地元の強い企業ってパッと見だとあまりなくて、東京の会社が強い。
そういった背景からなのか、宮城人はあまりアイデンティティがないというか。
地元にいたとき、サラリーマンになるくらいしか選択肢がなくて、出世しても支店長止まりというか……めちゃくちゃ頑張れば、企画のほうに行けるのかもしれないけど。
自分からすると、あまりおもしろそうに思えなくて、そうなると当時、なりたい職業が漫画家くらいしか思い浮かばなかったんですよね。
漫画家だったら、元手がなくてもお金が稼げるかなみたいに考えて、目指したいと思い始めました。
ただ、なかなか目が出なくて。大学も行って、関東に出てきて、26歳のときに初めて雑誌デビューしました。
ジャンプ(週刊少年ジャンプ)に持ち込みをしていて、23歳のときに賞も取ったりしていたんですけど。
ーーその間、他の仕事などは?
根田:就職はしていなくて、食えなかったから、古本屋でバイトしていました。デビューしてからは、漫画のアシスタントですね。
でも、なかなか上手くいかないので、30歳を超えたあたりで「やっぱりやめたほうがいいのかな」みたいに考えて。
夢を目指すって歳でもないな、みたいな。
ちょうど、もうやめようかなと思っていたときに、同期で漫画を描いていた友だちの堀越(耕平)くんが、『ヒロアカ』(僕のヒーローアカデミア)を立ち上げていて。
そのときは、まさかここまでヒットするとは思っていなかったですけど。いや、もちろんめちゃくちゃおもしろいと思っていたんですけど、僕たちは駆け出しの頃だったので。
ーー今ではジャンプを引っ張る超人気漫画ですね。
根田:そんな『ヒロアカ』のスピンオフの企画が立ち上がり、堀越くんと友だちだった縁で、少年ジャンプ+で『僕のヒーローアカデミア すまっしゅ‼︎』という漫画を描かせてもらったんですよ。
根田:スピンオフですが、30歳を過ぎて初めて連載を持つことができて、2年半くらい続きました。
そのときに初めて、作品を通じて読者とコミュニケーションする感覚と、そのおもしろさを知ることができました。
それまでは読み切りしか描けないし、雑誌にも載れないので、ずっと誰も読まない漫画を描いていたんですよね。
読者に見てもらう機会もないから、自分が描いている作品がおもしろいのかどうかが分からなくて、「俺は何を描いているんだろう」と思いながら描いていたから。
もちろん、『すまっしゅ‼︎』を読みにきてくれるのは僕のファンではなくて、ヒロアカや堀越くんのファンなんですけど、「ヒロアカってこういう部分がおもしろいよね」みたいに読者と盛り上がれるんですよ。
漫画を描く楽しさって、こういうことだなと思って。それで、連載が終わってからも、やっぱり「描くこと」を中心に暮らしていこうと思ったんです。
商業誌は「頼まれたらやっても良いくらい」くらいの感覚
ーーめちゃくちゃ良い話ですね。
根田:そこから、描いた漫画を発表する場所がすぐ欲しくなって、Twitterみたいなネットだったら、誰に許可をもらわなくても、作品を上げられるなと考えて。
当時、ネットに漫画を投稿する流れが強まっていて。『ワンパンマン』とかが、すごく人気があったんですよ。
そのなかで特にTwitterが、漫画を投稿するプラットフォームとして加熱しているのを感じていたから、「今ここにチャレンジしておかないと乗り遅れる」と思って、力を入れ始めたんですよね。
それからは漫画を描いてはTwitterに上げるの繰り返しで、4年くらい経って、今です。
ーーやってみて、どんな実感が得られましたか?
根田:もう、商業誌に戻ってもいいけど、戻る必要もないと考えるようになりました。
と言いつつ、今もKADOKAWAさんで一つ連載をしているんですけど。
感覚としては、出版社側から「やってください」と言われたら考えようかなくらいの感じです。
ーー個人のクリエイターとしての収入だけで、十分に活動していけるようになったというか。
根田:向き不向きがあって、僕はこういった活動のやり方が向いていたんだと思うんです。
クリエイターみんなが個人で活動したほうがいいとは思っていなくて、とにかく漫画を描いていたいだけの人だったら、出版社と一緒に仕事するほうがやりやすいケースもたくさんあるはずです。
でも、僕の場合は、自分で漫画を売ったり、作品のプロモーションをしたりするのが好きというか。
どこで、どういった見せ方で作品を発表するといいのかみたいなことを、自分で考えるのが好きなんです。
「どれが消えても生きていける」 収入源は5つ以上
ーークリエイターエコノミーの発展によって、クリエイターがお金を得る手段の選択肢が広がっているのは、素晴らしいことだと思います。
ここから、少し踏み込んだ話になりますが、可能な範囲で根田先生の収入などについてお聞きしていきたくて……。
根田:取引先との関係で、あまり具体的な数字までは言えないんですが……。
僕の場合は、商業出版も含めて5〜6個くらいの収入源があって、それぞれの仕事でもらえるお金の割合は少しずつ変化するんですけど、ここ数年は全体で1,000万円〜1,500万円くらいの売り上げがあります。
例えば、僕はPR漫画を作るのが好きで、結構やっているんですが、それだけで商業と同じくらいの収入があります。
あとは自費出版で、Twitterで描いた漫画をKindleで有料配信しているんですけど、その売り上げも同じくらいだと思います。
FANBOX(pixivFANBOX)の売り上げも、年間だと同じくらいですね。あとは友だちのお手伝いの仕事をいくつかやったりとか。
ーーすごい、収入のポートフォリオとして理想的ですね。
根田:だから、どれがなくなったとしても生きていけるんですよね。一般的な漫画家からすれば、すごく変な稼ぎ方だと思います。
でも、それでお金だけ貯まっても意味がないというか、入ってきたお金は経費として、よりおもしろいコンテンツを作ることに使うようにしていて。
アシスタント代とかも、相場と比べて高めに支払えていると思います。
新しい事業として、クリエイター向けのメディアとかもやってみたいと思っていて、知り合いに原稿料を支払って作ってもらったりとか。
FANBOXも、そこで入ってきたお金を、FANBOXのコンテンツを作るために使っています。
僕の場合は、すでに支援者の人たちがいることが、これから新しくFANBOXを始める人たちに対しての優位性になっていて、要は集まったお金でコンテンツを作れるんですよね。
だから、所得で言ったら、年商の半分くらいです。
ぜいたくな暮らしなども特にしていなくて、今、家賃も3.5万円のところに住んでいるんですよね。
ーーファンの人たちの支援で集まったお金が、作品をつくる予算になるのは、とても良いですね。けれど、純粋に気になることとして、もうちょっと生活にお金を使いたくなったりしないのでしょうか?
根田:もしいつか、億単位のお金が入ってきたら、マンションを買いたくなったりするかもしれないけど(笑)。
基本はコンテンツを作ることにお金を使いたいという気持ちが強いです。
それに、売り上げが増えたのは、ここ数年の話ですからね。これまでは長らく何の収入もありませんでしたから。
コロナ禍で経済の構造が大きく変わっていき、ネットのコンテンツがすごく伸びていくタイミングで、ちょうどよく参入できたので、先行者利益を享受できたというのはあると思います。
自分の場合は、ジャンプのシステムには馴染めなかったわけですが、スピンオフを連載していたときより、確実に今のほうが収入が多いです。
堀越くんからのありがたい案件のおかげで、漫画家としてはお金をもらえているほうだったけど、それでも生活はギリギリでしたから。
人気タイトルのスピンオフの仕事をもらったことについて、他の人から文句を言われたりもします。
堀越くんと友だちだっただけで仕事をもらえて、そんなにたくさん単行本を刷ってもらえてとか。
僕たちの世代って、みんなすごく貧乏なんです。それは、漫画をお金に変える手段がすごく少なかったからだと思います。
でも、今はもう時代が変わってきているんですよね。
“観光地のような作品”をつくりたい
ーー今後のクリエイターとしての展望みたいなところを聞いていきたいです。
根田:Twitterは漫画を載せるプラットフォームとしては少し厳しくなってきているとは感じていて。
そうなると、クリエイターはみんなFANBOXやファンティアに行くだろうと思っています。
だから自分はこの1〜2年間、FANBOXに力を入れていて。
こういったサービスって、エッチな絵がめちゃくちゃ人気で、お金も入ってくるのは分かるんですけど、僕はそういう絵はあまり得意じゃない。
なので、めちゃくちゃ稼げているわけではないんですが、他の人には出せないようなコンテンツを提供できているかなと思います。
根田:これから先、どういったサービスが盛り上がっていくかは分かりませんが、ただ、クリエイターの選択肢は増えていくだろうなと思っています。
ーー根田先生のお話を聞いていると、やっぱり描くことが中心にはありつつ、そうやって生まれた作品を広げていくのが好きな方なんだなと。
根田:描くこと自体は、実は好きではないんですよ。「描くことを中心に活動していこう」と、数年前に思い立ったというだけで。
漫画家ってやっぱり、漫画を描かないといけない。描かないと、いる意味がない。
だから、描くことを中心に活動していけば、漫画家としてのステップアップにつながっていくと考えていたわけです。
でもやっぱり、僕が好きだったり得意だったりするのは、コンテンツを広げていくための座組みを考えること。
展望としてはやっぱり、そういった部分をより深めていくことですかね。もっと拡大していけると良いなと思っています。
ーーコンテンツを作ること自体というよりは、その作品があることで人が集まって、一緒に広げていくような感じというか。
根田:今、オリジナルで描いている『異世界行ったら、すでに妹が魔王として君臨していた話。』は、漫画家の支援事業を行っているナンバーナインさんが、自社IPを作りたくてやっているプロジェクトなんですよね。
漫画を出す会社って、目玉になるようなコンテンツがないとアピールが難しくて。ピッコマといえば『俺だけレベルアップな件』、みたいな。
その点、「ナンバーナインといえばこれ」というふうに通用するような作品を生み出せると良いなと。
自分の場合は、「自分の作品でこういうことを伝えたい」とはあまり思っていなくて。
もちろん考えてないわけではないけど、まあ、なかなかうまくは伝わらないだろうなと。
とはいえ、『すまっしゅ‼︎』の連載をしたことで、作品へのリアクションを得られることのおもしろさを知れたし、Twitterで漫画を描き続けたことで得られたポジションもあるから。
そのおもしろさをより大きくしていきたい、ということなのかもしれません。
ーー今も模索しながら活動されているんですね。
根田:具体的に、「こうなりたい」という将来像がないんですよ。よく漫画家が言うような、「アニメ化したい」みたいな野望がない。
もちろん、アニメ化したら嬉しいですけどね。別にそこがゴールではなくて、あくまでIPの強さの指標の一つというか。
ーーどちらかというと、ここまででお話しいただいたような、作品を中心にしたエコシステムを作ったりしたいというか。
根田:そうですね。自分は、ある作品をつくって、それに集まってきた人たちが幸福度を高められるようなことをしたくて。
「観光地」みたいに言ったら、分かりやすいのかな。
僕の作品の近くに来たら、そこで商売している人もいるし、ただ見にきて楽しいなみたいな人もいるし、みたいな。
二次創作とかをたくさんしてもらって、みんなでハッピーになれるような作品をつくれたら、嬉しいと思います。
自分の作品に関わる人たちの幸福度が、すごく大事だと思っている。
漫画を通して、それを高めるような仕組みづくりなどをしていけると良いなというのが、思っていることに一番近いかもしれません。
◆
というわけで、根田さんのインタビューでした。いかがだったでしょうか。
pixivFANBOXやファンティア、また、この媒体の拠点であるnoteなど、個人のクリエイターが作品をファンへ届けられる場所は増えています。
一方で、そこで実際にどれくらいの収入を得られているのかという話を、ネットで見かけることは少ないです。
その点、今回のインタビューで、根田さんのようなクリエイターがどれくらいの収入を得ているのか、というイメージが付いた人も多かったのではないかと思います。
筆者としては、とても希望が持てるようなお話だったなと捉えています。
クリエイターエコノミーラボでは、今後ともクリエイターの方にとって参考になるような事例を取り上げていきます。
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話を聞いた人
根田啓史さんの作品一覧
異世界行ったら、すでに妹が魔王として君臨していた話。
怪しい壺買ったら、中から美少女が出てきた話。
あのとき助けたカラスがドジすぎて困る
僕のヒーローアカデミア すまっしゅ!!
根田啓史さんのTwitter:https://twitter.com/dorori_k
根田啓史さんのpixivFANBOX:https://neda.fanbox.cc/
運営:アル株式会社
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