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【解説】AIと経営はどのように関わってくるか?──全体システムとしてのAI
最近、私たちの周りで「AI(人工知能)」という言葉を見聞きする機会が格段に増えました。チャットボットや画像認識など、これまでは難しかった作業をAIが手伝ってくれるようになり、私たちの仕事や生活は大きく変わりつつあります。特に企業や行政などの組織で「経営管理(マネジメント)」にAIが取り入れられる動きが加速し、意思決定や業務の指示、評価などがAIを活用して行われるケースが出てきました。
しかし、この「AIが経営管理にどのような影響を与えるのか」は、まだ十分に理解しきれていない部分があります。そこで本記事では、Hillebrand, L., Raisch, S., & Schad, J. (2025). Managing with Artificial Intelligence: An Integrative Framework. Academy of Management Annals, 19(1), 343–375. https://doi.org/10.5465/annals.2022.0072 の論文をもとに、AIを使ったマネジメントに関する最新の研究知見をわかりやすくまとめます。
研究の背景
人が行ってきた「管理」の仕事(計画・組織化・指示・コントロール・意思決定など)に、徐々にAIが入ってきています。たとえば、意思決定を補助する「ヒトとAIの協働(Human-AI Collaboration: HAIC)」の研究と、逆にAIが人を管理・統制する「アルゴリズミック・マネジメント(Algorithmic Management: AM)」の研究といった、二つの流れが注目されてきました。
HAICの視点
AIを使うと、膨大なデータの分析や複雑な予測がスピーディに行え、人間の認知バイアスを補正したり、より正確な判断をサポートしたりできます。経営者や専門職とAIが協力して意思決定の質を高める、いわば「人を補強(augmentation)」してくれるツールとしてのAIの研究です。AMの視点
配車アプリや宅配サービスなどに代表されるように、AIによるアルゴリズムが作業者の行動を監視し、必要に応じて報酬や業務配分などを自動で指示・制御する仕組みが存在します。これは「人を置き換える(automation)」ツールとしてのAIの研究で、働く人にとっては監視される圧力や公平性の問題が生じる可能性があります。
論文では、この二つの研究分野が同じ組織内の別々の場面を取り上げているにすぎず、実は一つの大きな流れとして捉えられるのではないか、という提案がなされています。
論文の発見(主なポイント)
著者らは、183本の実証研究(2018年〜2024年に発表)の分析を通じて「管理におけるAI活用」を包括的に捉える枠組みを提示しています。その際、とくに以下の4つの視点が重要だとまとめています。
組織全体に広がる文脈(Context)
HAICが「意思決定の支援」、AMが「作業の監視・統制」を主に扱っているように、これまでの研究は業務タスク単位でAIを語りがちでした。しかし実際には、複数の部署や活動にAIが広く入り込み、「組織の中でさまざまなマネジメント領域を横断」しているのが現状です。個人を超えた集団的な主体性(Collective Agency)
従来は「AIを使う管理者(HAICの視点)」か「AIに管理される労働者(AMの視点)」と、どちらかだけに注目しがちでした。ところが実務では、同じ組織内でAIを使う立場と使われる立場が絡み合い、多様な人々が相互に影響を与えあう。つまり個人単位だけでなく、集団としてAIにどう関わるかが重要になります。局所的な相互作用からシステム全体の動きへ(Systemic Interaction)
人とAIの協働(augmentation)と、人の仕事をAIが代替(automation)する動きが同じ組織の中で混在・連鎖します。一部のタスクは自動化される一方で、それが引き金となり人間が他のタスクに集中しAIと協働する場面が増えるなど、連動する動きがあることがわかりました。組織内だけでなく社会全体への影響(Multilevel Outcomes)
AIによるマネジメントは、チームや個人の生産性向上だけでなく、人々の満足度、企業文化、さらには業界全体や社会的格差など、複数レベルで多彩な影響をもたらすと指摘されています。
なぜAIは経営管理にインパクトがあるのか
AIの汎用技術化
AIが「特定の作業をする道具」から、さまざまな部門・仕事で利用可能な「汎用技術」になりつつあることが大きいです。汎用技術化が進むと、意思決定支援、監督、調整、コミュニケーションなど幅広い業務にAIが入り込み、互いに連動し始めるため、組織を超えた大きなインパクトが生じます。複数のステークホルダーの関与
AIを導入・運用するには、経営陣だけでなく専門職、一般社員、顧客や市民などが相互に関係してきます。こうした複数のステークホルダーが相互に影響し合うことで、単純には割り切れない複雑な変化(協力と対立、採用と抵抗など)が同時多発的に起こると言われています。組織文化やガバナンスとの相互作用
AI導入の成果は、技術の性能だけではなく、「使いこなせるかどうか」や「組織の方針」に左右されます。経営トップが組織全体のデータ連携や学習体制を進めるなど、ガバナンス体制を整えることでAIを効果的に埋め込む土台ができる一方、不十分な場合には個別に導入されたAIがバラバラに動き、労働者の抵抗や不満が高まるなど混乱も起こりやすいです。
まとめ
本研究が教えてくれるのは、「AIがマネジメントに関わるなら、部分的な導入だけではなく、組織全体や社会レベルでの連動や影響を見据えるべき」ということです。意思決定を支援するAI、働く人を管理するAIなどを別々に捉えるのではなく、相互につながった複雑なシステムとして理解する姿勢が必要とされています。
「AIによる管理は、局所的なタスク導入にとどまらず、組織全体や社会へ広がる相互作用を生む――システムとして捉える視点が未来を切り拓くカギである。」
(参考)
Hillebrand, L., Raisch, S., & Schad, J. (2025). Managing with Artificial Intelligence: An Integrative Framework. Academy of Management Annals, 19(1), 343–375. https://doi.org/10.5465/annals.2022.0072