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【解説】なぜ人は成長するのか?――経営学の最新研究から学ぶ『自己変革』の進め方
近年、仕事を通じて「自分自身が成長している」と感じたいという声をよく耳にします。変化の速いビジネス環境において、自分の専門能力だけでなく、対人スキルや自己管理能力といった“個人の成長”が求められる場面が増えているからです。
しかし、「どんなきっかけでどのように成長し、どんな結果をもたらすのか」を体系立てて解明した研究はまだまだ限られていました。そこで今回紹介する論文では、「個人の成長」が起こるメカニズムを包括的に整理し、私たちが日々の仕事で自己変革をうまく進めるためのヒントが示されています。
研究の背景
なぜ“個人の成長”が注目されているのか?
過去の研究では、組織内で学習することや、知識・スキルを高める研修などに注目することが多かったです。しかし、最近は「マインドセット」や「ストレスからの回復」「他者への影響力」など、いわゆる“ソフトスキル”がキャリア成功や組織パフォーマンスに欠かせないと認識されるようになってきました。
そこで著者らは、「個人が対人面や自己管理面など、よりパーソナルな部分で成長するプロセス」に着目。これまでバラバラに扱われていた研究成果をまとめあげ、一つの統合的なフレームワークを提案しました。対象とした研究分野
グロース・マインドセット: 能力は努力しだいで伸ばせるという考え方
GNS(Growth Need Strength): 個人がどれだけ成長欲求をもっているか
リーダーシップ開発: 組織の中でリーダーが成長するメカニズム
心的外傷後成長(PTG): 大きな逆境や困難を経験したあとの成長
セルフ・リーダーシップ: 自分をうまくコントロールして目標を達成する能力
スライビング(Thriving): “活力”と“学習感”を同時に得ている心理状態
論文の発見
論文では、過去の多彩な研究成果をもとに「個人の成長とは何か」「どんな流れで進むか」を整理しています。
「個人の成長」の定義
「自己の対人スキルや自己管理能力が、ポジティブな方向へ変化していくこと」と明確化。
たとえば「リーダーとしてのコミュニケーション能力が高まった」「ストレス管理がうまくなった」などが該当。
成長のきっかけ(トリガー)
痛みからの動機(Pain of the Present): 仕事での失敗や人間関係のまずさ、過度なストレスなど「今のままではまずい!」という危機感から来るきっかけ。
可能性からの動機(Possibilities for the Future): 憧れのロールモデルや新しいビジョンなど、「こうなりたい!」という未来志向が誘うきっかけ。
成長のプロセス
ゴール(意図)を定める: 「どんなスキルを高めたいのか?」という意図を言語化・設定する。
学習・実験・フィードバック: 本や周囲の人から学び、試し、フィードバックを得て軌道修正する。
感情のコントロールと振り返り: 不安や失敗の落ち込みを調整しながら、経験を振り返り、意味づけしていく。
成長を左右する要因(モデレーター)
個人要因: 成長欲求(GNS)やマインドセット、自己効力感など。「自分は伸びるはずだ」と信じられるかどうか。
環境要因: 組織風土やリーダーのサポート、チームの心理的安全性など。「試してみても大丈夫」と思える関係性があるか。
成長の結果
プラス面: 働く意欲や満足度アップ、チームとの良好な関係、高い業績など。
見落とされがちな面: 成長の過程や結果が必ずしもポジティブとは限らない。ときに疲労や葛藤、周囲との摩擦も起こりうる。
どうすれば成長するのか?
潜在的な力を引き出す内的動機づけ
「今のままでは嫌だ」「もっとこうなりたい」という動機が明確化されると、人は自発的に学ぼうとします。痛みや憧れといった感情面の刺激は、強力な推進力となりうるのです。経験学習とフィードバックの重要性
単なる知識の習得ではなく、日々の業務や人間関係で実験し、結果から学ぶプロセスこそがスキルを“自分のもの”に変えていきます。特に周囲からのフィードバックで、客観的な視点を得られることが成長を加速させる鍵となります。組織風土による安心感
チャレンジや試行錯誤を応援してくれる雰囲気があれば、失敗を恐れずに新しい行動を続けられます。結果的に、個人がストレスを乗り越えるだけでなく、新しいスキルを身につけ組織全体の活力に貢献するのです。
まとめ
組織の中で個人が成長するためには、「きっかけ(痛みor可能性)→意図(目標)設定→学びと実験→振り返りと感情コントロール」の流れが重要であり、その過程を支えるのは本人のマインドセットと周囲のサポートです。研究者らは、こうしたプロセスと支援要因を明確に示すことで、「個人の成長」を組織でどう後押しできるのか、また個人がどうやって意識的に成長を促せるのかを提案しています。
「痛みでも夢でも、“今の自分を変えたい”と思う気持ちが成長の第一歩。そこに向き合い、実験し、周囲とフィードバックを交わし合うことで、私たちは組織の中で大きく変われる」
参考文献
Ganti, M., Ashford, S. J., & Cormier, G. (2025). Personal Growth in Organizations: A Review and Integrative Theoretical Framework. Academy of Management Annals, 19(1), 180–229. https://doi.org/10.5465/annals.2023.0073