感情的になる時こそ冥想の感覚のままで
日々「ロミロミな毎日」を過ごすためのお稽古を重ねていますが、いろんなことが起こりますわ。
ここ最近私にまた大きな壁のような課題が目の前にあります。
これがもう、、、厚いし、高いし・・・。
これは今始まったことではありません。
いつも、これを乗り越えて?ぶちあけて?ギリギリのところでいつもスルッと抜けていくを何度繰り返していることやら。
どうやら目の前の問題をクリアしていくのが好きらしい。
何度このパターンを繰り返しているのだろう。
嫌だなぁ。このパターン。
でも好きなのか。。。
なんだか・・・問題のわんこそばのよう。
早く蓋したい!
ここにも肯定的な意図があるわけですが、
なかなかそれがわからない時があるわけです。
なんだろう??
大切であるからこそなかなか表に出てこない。
そうしているうちに
身体も固まってしまう。
それも蓋をしたい!とか嫌がっていれば
それに触れることも難しくなる。
だって、
本当は私を想ってのことだものね。
日々のお稽古のためにも冥想しているわけで、
ここ最近の冥想はとても早く冥想状態に入れ、軽い感覚でありながら深い。
気持ちがいい冥想しているのに、どうしてこんなに問題状況に入ってしまうと固まっているんだろう?
では、できている時はどんな感覚なのだろう??
できている状況に自分で入ってみると、
何をしているわけでもなく、
とてもリラックス。
心身緩んでいて、
呼吸もゆったりとしていて、
それでいて自分の中の軸がしなやかに天と地と繋がっている感覚。
するとそこには静けさが生まれて、
・・・・・・・・・
問題が問題でなくなる時が現れます。
この感覚ってそういえば
太極拳の套路をしている時と同じ。
太極拳は身体を動かしているようで
動かしてない。
動かすのではなく、
動く方向へ動かしたくなる身体の部分を
あえて緩めることで
勝手に動いていく。
動かそうとすると動けない。
まるで目の前にある問題状況の場面と同じだ。
この太極拳の感覚、冥想の感覚
緩む感覚
緩むを意識する
これだけ太極拳でも身体の感覚を得ている上に
冥想しているのに、問題状況に入ってしまうと
冥想は横に置いてしまってました。
そうか。
常に冥想の感覚のままでいること。
身体もリラックス。
もし硬いところがあったら、触れてみる。
緩々と摩りながら緩めていく。
(硬いところに気づくことが大事よね。)
呼吸で整える。
そうしていくうちに、
狭くなっていた視野も広がり、
もっと広く周りを見ることができるし
ざわざわ聞こえてきた自分の中の落ち着きのない声も
聞こえなくなってくる。
リラックスした状態になってみると
この問題は自分で創っているのではと感じるようになってくる。
リラックスして
呼吸で身体中を巡らせて
緩めていく。
もうそんな嫌な顔しなくてもいいよね。
緩んだら強ばる顔も不思議と和らぐ。
そうしていくうちに
そうそう
この感覚は冥想の時の感覚。
緩々と。
問題状況に陥った時の感情の渦に巻き込まれるのではなく
リラックスして
いつでも冥想状態でいられることを思い出して
渦を巧みに乗りこなす。
実際にちょとしたことだけれど、
モヤモヤしている問題状況に
冥想の感覚を入れてみた。
すると身体にスペースができる感じで
気持ちもふわっとする。
今まで尖っていた私も
優しく
ふんわり柔らかい私へと変わっていく。
すると意外や問題状況もさほど問題でもなく
自分でその問題状況を創っていたし
自分でそれを解消する方向に導けるということ。
目の前にいるイライラする相手も
実は優しいということにも気づく。
いつでも冥想の感覚でいられること。
自分でそれを選ぶことができること。
問題状況に入った時
感情的になっていることに気づき
冥想感覚のままでいること。
常に冥想感覚でいること。
冥想感覚を意識的にいること。
わかっているのに大きければ大きいほど
壁にぶつかると
どっぷり問題状況にはまってしまうことに気づき
常に冥想感覚のままでいられることを
思い出してまた今日もゆったり緩々過ごしていこう。
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「ロミロミの真とは人生の生き方。」 by Terry Chew
これは私のロミロミの師匠の言葉です。
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