見出し画像

ホシノワグマ 【ショートショート】

また、誰かが訪ねてきたようだ。

深く長い眠りについていた僕の意識は、不意に引き上げられた。
目を覚ました僕は大きな欠伸をする。

100万年に1度の確率で生まれるとされる“ホシノワグマ”。
それは魔力を持ち何でも願いを叶えてくれる存在だと、人々や動物たちの間で噂となっていた。

大層なものを背負って生まれてきちゃったなぁ。
所詮、僕なんて寂しがり屋なクマでしかないのにね。

重たい瞼が落ちて来ないように堪えながら、巣穴から地上に這い出ると、そこにはまだ若い人間のメスが1人、立っていた。そのメス...彼女の肩には薄く雪が積もっている。

彼女は僕の姿を見るなり、びくりと身体を震わせると目を大きく見開いた。

「本当にいたんだ・・・」
彼女は僕の胸元辺りを見つめてぼそりと言葉を溢した。
僕には星を彷彿とさせるギザギザとした白い模様が首元を取り囲むようにあった。

「ホシノワグマ・・・」
痩せ細りどこかやつれた様子の彼女は、再び独り言つ。

「君の願いは? 」
僕は気怠さを覚え後ろ足で身体を掻きながら、何百何千と発してきた言葉を彼女の脳内に送った。

一瞬、間を置いた後、彼女は華奢な肩を震わせ恐る恐る僕を見上げる。

「死んだ彼に1度でいいから会いたいの。」
その目は水晶のように澄んでいてそれでいて、虚無が漂っていた。
絶望に絶望を重ねてきた瞳。

気に入った。
その願い、叶えてやろう。

よく見るとその胸には彼と見られる写真を抱いている。
精悍な顔つきの彼は彼女とはまるで対照的で、希望に満ちた顔をしていた。

僕は丸太のように太い右前足を掲げ、長く鋭い爪でその肌を傷つけないように細心の注意を払って彼女の額に近づけた。
彼女は身じろぎ1つせず、ただその虚ろな目で迫り来る僕の大きな足を見ていた。

僕の硬い肉球が額に触れた瞬間、彼女はばたりと雪の積もった地面に倒れた。「ぎゅっ」と新雪が固まる音が静かな山に響く。

かわいそうに。君はずっと悪い夢を見ていたんだ。
君が生きていた現実なんて嘘っぱちなんだよ。
あんなもの僕が祓っておいたから。

僕は彼女の衣服をそっと咥え、巣穴に引き摺り込む。彼女の表情はどこまでも穏やかで、その身体は春の雨のように温かだった。

          ー終ー

最後までお読みいただき、ありがとうございました。お気軽に感想など頂けたらうれしいです。

よづき

いいなと思ったら応援しよう!

よづき|ASD不安障害の物書き
応援してくださる方は、もしよろしければチップをお願いします。頂いたチップは病気の治療費に使わせて頂きます。

この記事が参加している募集