初恋と別れ #なんのはなしですか
「いかないでよ。」
私はそう言って君を引き止めようとした。
けれど、その手は虚しく空をきる。
「やっぱり行っちゃうの? もう、私のそばにはいてくれないの? 」
君の返事はなかった。
ただ秋風が頬を撫でる。
「私を置いて行かないでよ。君じゃないとダメなんだ。」
私の言葉に、君は黙りこくったまま。
「なんとか言えよ。ばかっ。」
私は足元にあった木の枝を拾って投げつけた。
投げた枝は予期せず、頭上の栗の木に当たり毬栗がひとつ頭に落ちてきた。
「いてっ・・・。」
毬栗は私の頭で1度バウンドすると枯葉が薄く積もった地面に転がった。
情けないやら恥ずかしいやらで目元にじわっと涙が滲む。
「なんでなの・・・? 」
君は何も言ってくれない。
涙がこぼれないように空を見上げた。
君が見せてくれた入道雲は跡形もなく消え、代わりに鱗雲が夕陽に照らせれてオレンジ色に輝いていた。
嗅いだ夏風、浴びた蝉の声、全てを洗い流す雨、うちの家電を破壊した雷、抜けるような空、焼けつく陽射し、茹だる空気、満員の虫籠マンション。
それら全部、君との思い出。
なのに全部、持ち去っていった。
私の心を奪い去ったのは君なんだよ?
なのに、颯爽と去っていくなんてずるいよ。
ずるいよ。君は。
私は目元をごしごしと乱暴に拭った。
傾きかけた夕陽が目に沁みたんだ。
夏と秋の狭間、オレンジ色の夕陽を浴びながら私はブランコを漕いだ。
私は分かっていた。何を言っても君は行ってしまうことを。
大きく揺れたブランコから着地を決め、私は君に別れを告げる。
「またね。夏。」
そう言い残して公園を後にしようとした時、湿気を残した風が私のすぐそばを通り過ぎていった。
君は夏。
私の初恋は「夏」でした。
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