「お施主さま」と呼ばないで
啓蟄|蟄虫啓戸
令和6年3月9日
古民家を受け継いだ。築70年ほどになるその建物は,もともとは日用品を扱う住宅兼商店だった。10年ほど空き家になっていた建物は,山梨県の旧甲州街道沿いに位置し,八ヶ岳,南アルプス,富士山を望むのどかな里山のなかにある。
その建物を地域の大工さんに依頼して改修工事を進めることとなった。そこではじめて,建築業界には家造りを依頼する人のことを「お施主さま」と呼ぶ慣習があることを知った。本来「施主」というと寺や僧侶に物を施す人を指す言葉だが、それが転じて職人たちが報酬を与えてくれる建て主のことを“施主様”と呼ぶようになったようだ。
初めて「お施主さま」という役割を与えられたときにはとまどった。いったい私は何を施したというのだろう,仕事?お金?「施し」という言葉には,見返りを求めないという含みがあるが,それは大工さんと私の関係性においてあまりにも距離がありすぎる。ちょうど寄付のレターを思い出して,金を払えば工事が進むという関係性はあまりにも淋しい気がした。
70歳を過ぎてもまだまだ現役,かんなで木材を削る姿は力強い。事務所では設計の打ち合わせをし,現場ではミリ単位の調整を相談する。現場に通い続けるうちにいまではすっかり名前で呼んでいただけるようになった。対等な人間同士であり続けたい。よき建築を作りたい。
-S.F.
蟄虫啓戸
スゴモリムシトヲヒラク
啓蟄・初候
二十四節気は「啓蟄」となった。虫(蟄)たちが動き出す(啓)ことから「啓蟄」。たしかに,畑に出てみると虫たちの気配に明らかな変化を感じる。なんとも形容しがたいが,ざわざわとたしかにそこに生命が「在る」。大寒の頃の,時のとまったかのような土の様子とは明らかに違う。七十二候,まさに言い得て妙である。そういえば近所の人が「あの岩の上のツツジが咲くと,いよいよ畑が忙しくなる」と教えてくれた。いろいろな暦の合図,もうひとつの七十二候でも作ってみようか。
参考文献
LIFULL HOME'S 不動産用語集 | 施主 URL
カバー写真:
2024年1月26日 大工さん,仕事の手
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「お施主さま」と呼ばないで
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