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この春の花/ちいさな村の ちいさな愛しい物語④


息子とふたり
近くの森を歩いていました

春を見つけよう

森はかぐわしく
始まりの希望に満ちています

あ、桜だ
もう咲いてる

山桜だね

蕾がいいね
咲こうと頑張ってる

この白いのは
キクザキイチゲだ

こっち
紫のもあるよ

嬉しそうに写真を撮る息子の
その横顔を見ながら
思い出していました

わたしが2年前
お医者さんに言われた言葉

「見えなくなることも
 あるかもしれません」


あれからしばらくは
とても深い静寂の中に
いたような気がします

でも、あの日から
わたしの毎日は
うんと大切なものに変わりました

朝がきて
この目に世界が映ること

家族の顔が見られること

家族のために家事ができること

手紙を書いたり
本が読めること

買い物に出かけたり

木々を眺めながら
森の中を歩いたり

ただ空や
お月さまを見上げたり

人の顔をみて
ありがとうと言えることも

一日のなかに
どれほどの幸せが溢れていたかを
深い静寂に身を置いたことで
見つけられたのでしょうか



こんなに美しい春の
花が見える

この春の花を
見ることのない人がいて

この春の花が
最後になる人もいます

わたしは
身体と心いっぱいに
吸い込むように
花を見ました

春を見ました


ああ
春っていいなあ

息子の満足そうな声が
森を渡っていきました





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