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浜田朱里「青い花火」と「青い嫉妬」 青いまま熟せなかったシングルたち

浜田朱里との出会い

浜田朱里というアイドルを知ったのは、今から42年前の1980年5月のこと。時期まで鮮明に覚えているのは、当時私が購読していた学研の雑誌「中学2年コース(中2コース)」の表紙に、彼女が掲載されたからだ。
「中○コース(○には学年が入る)」といえば、旺文社の「中○時代」とともに、純朴で真面目な学生がこぞって読んだ王道学習誌。その表紙には、人気アイドルの顔写真が使われていた。
中2コースの表紙に載った朱里は、野球帽とユニフォームを着用したスポーティーなルックスで、唇を少しかみしめていた…はず。実物はとうの昔に廃棄してしまい、肝心のこちらの記憶が不鮮明なのが残念でならない。

ともかく、中学2年の私は朱里に惹かれた。

80年代アイドル史における浜田朱里は、ポスト百恵として売り出されたがヒットに恵まれず、同じCBSソニーの同期が松田聖子だった悲運のアイドルとの印象が強い。しかし、当時の私にとっての朱里は、聖子や良美、奈保子、順子らと同列のフレッシュな新人歌手のひとりだった。歌番組やTVドラマでそこそこ露出していたので、お茶の間での人気も高かったと思う。
しかし、デビューシングル「さよなら好き」と第2弾「あなたに熱中」はヒットせず、やっとオリコントップ100に入る程度だった。この2曲をいま聴くと、百恵の印象を意識し過ぎてインパクトに欠けた感が否めない。新人らしくフレッシュさを前面に出して、伸び伸び歌ってほしかったと思う。

「青い花火」に感じる切なさ

そうした朱里の制作陣が本気でヒットを狙いにいった曲が、1981年1月に発売された第3弾シングル「青い花火」である。CBSソニーでは同期の聖子が「青い珊瑚礁」でいち早くヒットしたので、朱里陣営もあせったに違いない。
私はこの曲を初めてラジオで聴いた時、「これは売れる」と直感した。メロディーは70年代歌謡風で今では古くさく聴こえるが、中学生の私には、これぞ歌謡曲の王道だと感じた。タイトルとは裏腹に「赤いシリーズ」の主題歌を彷彿させるドラマチックな歌詞、キャッチーなサビのメロディー、切なく歌い上げる朱里の歌唱がマッチして、純粋に良い曲だと思った。「青い花火」というタイトルからも、ヒットの予感がした。

「青い花火」は、花火のように散って消える、はかない恋がテーマである。作詞は、初期の松田聖子の楽曲の作詞を一手に手掛けた三浦徳子さん。いきなり始まるサビの歌詞は、少し意味不明だが強烈だ。

 パッと 青い花火
 ジンと 熱い胸が
 あなたの瞳に七色の虹をみた

あなたの瞳に見えた「七色の虹」とは、他の華やかな女性のことだろうか?響きわたる朱里の歌声にも哀愁が漂う。サビの直前も聴きどころだ。

 飛び散る夢
 冷たい風
 消えちゃう時
 あなた炎

ここを歌う朱里の歌声はやけに切なく、負の感情が込もっている。特に、「あなた炎」の部分の、かすれぎみの発声は絶品だ。
当時の私は「青い花火」をラジオからカセットに録音し、それこそテープがかすれるくらい何度も聴いた。思い余ってレコードも買った。しかし、TVやラジオで耳にした割にこの曲は売れず、オリコンランキング最高87位と惨敗する。やはり曲調が70年代風で古かったからか?それとも歌詞が暗かったからか?もしくはレコード会社が松田聖子に予算を投じて割を食ったからか?要因は不明だが、こんな名曲がなぜヒットしなかったのか、昔も今も私にとって謎である。

「青い嫉妬」に感じるもどかしさ

「青い花火」が不発だったことを危惧した朱里の制作陣は、ガラッと雰囲気を変えたボサノバ調の曲を、第4弾シングルとして用意した。「青い嫉妬」である。
初めてこの曲を聞いたとき、私は「またこりずにタイトルに”青い”を付けてきたか」と思いつつ、「曲が地味でパッとしないなぁ」と感じた。「青い花火」とは逆にメロディーが頭に入らず、印象が薄い曲というのが第一印象だったのだ。
それもそのはず、この曲は当時としては珍しいボサノバ風メロディーで、今ではシックで洗練されて聴こえるが、中学生の私の耳では魅力がわからず、全く印象に残らなかった。それは他のリスナーも同じだったらしく、このシングルは「青い花火」よりも売れず、オリコンにもランクインしなかった。

この曲はタイトル通り、彼への嫉妬がテーマ。他の女性の名を口にする彼に、嫉妬の炎を静かに燃やしていることが歌われる。相手にぶつけることができない、行き場のない悲しさ。もしかしたら朱里は、なかなかヒットが出せないもどかしさを込めて、「青い嫉妬」を歌ったのかもしれない。それとも、聖子への複雑な思いを歌に託したのか?特に、サビへ続く部分、

 彼女の名を口にしないでほしい
 いきなりただ憎んでしまうから

は、最も感情が歌詞に載っている。サビのインパクトが弱いため、嫉妬心が燃え上がらず不完全燃焼しているように思えるのも、また切ない。でも、それを差し引いても、この曲はニューミュージック要素を取り入れた隠れた名曲だと思う。

ちなみに、この曲の作詞も三浦徳子さん。思えば三浦さんは、聖子には幸せいっぱいの曲(「チェリーブラッサム」や「夏の扉」)を提供しながら、朱里には愛を喪失する切ない曲を同時期に書いている。幸せな女性と不幸な女性とを書き分けていた三浦さんは、この2人をどのように見ていたのだろう。

それ以降の浜田朱里

ポスト百恵の切なさ路線はヒットしないと、朱里の制作陣は習得したのだろう(遅すぎたが)。第5弾シングルの「黒い瞳」は、一転して明るく幸せな恋愛ソング。朱里の歌声も何だか嬉しそうだ。しかし、オリコンにチャートインするも奮わず、「黒いシリーズ」も1曲で終わる。第6弾シングル「18カラットの涙」は、また元に戻り切ない失恋ソング。同じCBSソニーの聖子が歌う幸せソングとの被りを意識したのかもしれないが、朱里には薄幸の切なさ路線が似合っていると思われたのかもしれない。しかし、この曲も売れず、オリコンランク外に終わる。

翌年に朱里は、この切なさ路線を別の形で開花させるが、それはまた別の話で。

※80年代音楽エンタメコミュニティサイト「リマインダー」に投稿したコラムでは、朱里のアルバム「青い夢」について書いています。

楽曲はこちらのベスト盤から。




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