「あたらしい船(物語)」⑤

持つべき責任と持たざるべき責任。幸せになるために必要なものは…。

「あたらしい船」①〜④へはマガジン「創作」から…。

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 その後十一時を過ぎて、わたしも会計をし店を出た。なんとなく簡単に帰れる気分ではなかったため、わたしは家まで約四十分の道程を歩いて帰った。

 帰途を辿りながら久しぶりに思い出したヨコタさんの事や、三年間アルバイトをしていたパン屋の事、昨年あった様々な出会いの事を想っていた。

 ヨコタさんの様にデートにお手拭きを持参してくるような真面目な男性もいれば、モリーの様に隙あらば女性と関係を持つ男性もいるし、また、後先考えずに責任など負えない相手の処女を奪った挙げ句、そのまだうぶな女を売春婦のように思う男も居る。

 ひとの価値観は一年間あればぐるりと変わってしまう。若ければ尚更だ。

 家に着くとガレージが開いていて、家の前には母のママチャリが乱暴に横倒しになっていた。それをじっと二秒ほど見つめた後で私は玄関へと入った。

 玄関に入ると暢気に猫が「みゃあ」と欠伸をし、のどを鳴らした。

 リビングには電気がついていたが、誰も居なかった。ダイニングにもキッチンにも。どこも電気がついていたが、誰もおらず、ただいつも以上に散らかっていた。

 キッチンの流しに空いたワインのボトルが一本転がっていた。酸化を防ぐために薄く緑がかったワインのボトルを、わたしは手に取ると中に水を入れ軽くゆすいだ。

 それから流しの脇にある食器棚から大きめのマグカップを出し、そこに飲料水を並々注いだ。

 寝室へと階段を上がりながら、だんだんと啜り泣きが大きく聞こえてきた。ひきつけでも起こしたかのように、時折ひどくしゃくっている。

 寝室の扉をノックなしに開けると、暗い部屋の中で布団の一部が大きく盛り上がっていた。その中では母が赤ん坊のように膝を抱えて泣いているのだろう。

「ママ。水」

軽くその布団の一部を叩くと、啜り泣きながら母は顔を出した。なにも言わず、咳き込んで上体を起こすと母は私からマグカップを受け取った。その顔はワインで紅く染まり、鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。母はまともにマグカップを持てずに、並々に注いだ水はぼったんぼったんと布団にこぼれた。わたしはマグカップに軽く手を添え、母の口へ流し込んだ。

「大丈夫?」

わたしがそう言うと、母はまたしゃくりあげる。

「みんなわたしを要らないんでしょう。わたしなんて、洗濯をして食事を作ってお金を出せばいいと思っているんでしょう」

「そんなわけないでしょう。みんなママを大事に思っているよ」

「じゃあどうしてモモコは、ママがちょっとお金を渡さないとあんなにママを責めるの。わたしはこんなに頑張っているのに、って。ママなんてパートをしているだけじゃない、ですって。親に向かって言うセリフ?子供なんて生むんじゃなかった」

しくしく、そう効果音を口ずさみたくなるほど、母は上手に泣いた。

「そんな事言わないでよ。わたしはママを尊敬してるよ。そうでなかったら、こうやって隣になんていないでしょう」

いつもの様にそう言うと、母は笑った。

「ふふ。マイちゃんは良い子ね。ほんとうに良い子ね。でもママたちを本当は恨んでいるんでしょう。良いのよ。良いのよ。どうせわたしなんて親失格ですから」

ふふふ、ふふふふふ。笑ったかと思えばひきつったように泣き、笑い、泣き、笑い、その夜母は明け方五時までそれを繰り返した後で、泣き疲れて、突然ぱたんと眠ってしまった。

 眠る少し前、母が言った。

「ねえマイちゃん、ふたりでどこかへ行っちゃいましょうか」

「どこかってどこ?」

「どこでも良いのよ。ここじゃないどこか。マイちゃんの行きたい所で良いわよ」

「じゃあ青森へ行こうか」

「良いわよ」

「じゃあ新幹線のチケット取っちゃうよ」

「良いわよ」

「ほんとうに、良いの?」

「良いわよ」

眠たそうに母は頷いた。

 わたしは少しだけ、ほんの少しだけ考えた。母とふたりで新幹線に乗って、駅弁を食べる。わたしは流れゆく風景を車窓越しに眺め、きっと母は横でゆっくり読書をする。母とふたりで出掛けるなんて、もう何年もないことだ。

 しかしわたしは開いたJRのホームページを閉じた。

 結局母は、妹が母に「週末洋服が欲しいから付き合って」と言われればついて行くし、そこでお茶をして、帰り道また喧嘩をして泣くことになっても、その後でまた妹が「駅に新しくできたケーキ屋さんに行きたい」と言えば、夜わざわざ時間を作って行くんだろう。

 創造通りだった。

 その後で昼近くに目覚めた母はもう前夜の事などすっかり忘れ、昼ごはんにオムライスを作りながら大学の授業がなくてリビングで勉強をする妹と、駅に新しくできたタピオカの店の話をしていた。

「後で駅まで買いに行こう」

妹が言うと、母は

「良いわよ。でも六時過ぎよ」

と言った。それかた髪をひとつ結びにしたわたしを振り返ると、

「あらお早う」

と、それだけ言った。


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どんな短い感想でもアドバイスでも欲しいなぁと切実に思うけれど、中々難しい。

自分じゃ客観的に見るには限界がある気がしてる…。

外出自粛は続いているけれど、一方で晴天もずっと続いている。

明日は夜ちょっと雨が降るみたいだけど、やっぱり昼間は晴れなのかな。

あともう暫く、えいえいお。

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