こぼれ落ちていく子どもたちがいます。#未来のためにできること
「なんで本を読まないの?」
「読めないから。」
「じゃあ、一緒に読もう!すきな本をもっておいで!」
目をキラキラさせ、『かいけつゾロリ』を嬉しそうに聞いていた。
「この子は、お母さんに本を読み聞かせてもらったことがないんだな。」
これは、私が学校支援員のときに出会ったAさんの話だ。小学2年生のAさんは児童相談所から転入してきた。複雑な家庭環境だった。スイッチが入ると、周りの子に手を出したり、机やいすを投げ飛ばしたりした。
ある日、Aさんが私と算数の勉強をしたいと言い出した。小さな空き部屋で、九九のすごろくをした。Aさんはとても楽しそうに笑っていた。
教室へ戻ると、Aさんが大暴れして飛び出した。階段の柵から飛び降りようとするのを、担任と私で必死に止めた。廊下に倒れた拍子に、Aさんが私のネームホルダーを掴んだ。私は前のめりになりながら、
「Aさんの手は柔らかいから、紐で切れちゃうかもしれないよ。ケガしたら嫌だから放して。」
と言った。すると、Aさんはゆっくり手を離した。担任に押さえつけられながら、Aさんの目からは涙が流れていた。私は、
「一緒に算数がんばったね。えらかったね。」
と言いながらAさんの手を握っていた。
8歳の、まだ小さくて、柔らかい手だった。
そしてこれが、Aさんと会う最後の日になった。
あのあと、Aさんは学校から児童相談所に連れて行かれた。前の晩、母親が「もう育てられない。」と児童相談所に連絡したという。「度重なる相談のため、二度と家に戻れなくなるがよいか?」と説明を受けた母親が、「いいから保護してほしい。」と伝えたそうだ。
家族の生活問題や健康問題、孤立、貧困、DV、虐待、ネグレクトなど、多様かつ複合的かつ個別の問題を抱える世帯で過ごす子どもたちがいる。小さな子どもは、自分の置かれている状況を正しく理解することができず、声をあげることもできない。相談すべき場所があっても、きちんと情報が届かず、支援を求めることや社会資源につながることが難しい。問題が複雑、深刻であるがゆえに、学校現場と行政支援との狭間でこぼれ落ちていく。
学校では、次から次へと新たな問題が巻き起こる。その子が居なくなると、「そんな子いたね。」と過去の話になる。しかし、学校の外では、Aさんの人生がこれからもずっと続いていく。
そして、私は、教員になった。
「私にできることはなんだろう?」、
あの日からずっと考え続けている。