7/10〜16 Go to マリコ
7月、一週分本を読んでないので一冊溜まってる!!!!消化しなきゃ!!!!
ずっと絵画の本を読んでいてロココ時代にひたすら浸ってたので、さっくり読めるくせに活力が出て面白い本を………と思い…
俺たちの林真理子先生のエッセイです!!!!!!!
大学時代にしこたま林真理子のエッセイを読んでいたのですが、すっごい久しぶりにエッセイを読みました〜面白いね〜chatgptに作らせた物語なんて、マリコの日常と想い馳せることに比べれば、ほんとちっぽけだよ。
パラサイト家族が話題になったことをこう書いていて、本当に、そう、結局、具体の取り合わせが物語を面白くするのだ。
「どう料理するのか、ナマモノをどんと提示するのは、ドキュメンタリーに任せておけばいい。」
かっこいい…かっこいいよ……
chatgptはここでいう「ナマモノ」にあたるとこしか切り出してないと思う。料理の材料の候補をリストアップしてくれるくらいの状態くらいかな。いずれにせよ料理まではしてくれない。
ここからはマリコと私のエピソードです。
マリコが好きになったのは、東日本大震災の被災地の高校で講演をしていたという話を、大学生のときにエッセイで読んだことがきっかけである。
そう、私は、当時その講演を聞いた被災地の高校生だったのだ!!!!!!
恥ずかしながら、講演があったことは人生経験の一部くらいの感覚で、「作家・林真理子」と一致していなかった。それが時を超えてエッセイを通して偶然ばちこーん!と私の脳内にはまり、すべての記憶を、本当にすべての記憶を取り戻した。
その講演が本当ーーーーーに、面白かったのだ!!!!講演があったのは、定期考査の直前くらいで、またくだらない講演か〜世界史の教科書をこっそり持ち込んでて読もう〜とか思って臨んだはずなのだが、1ミリも開かなかったもんね。ウケ倒しちゃって。
その時、確か、
昔コピーライターやっていて、水着のセールの広告に「ピッチピチの水着」とかつけるくらいのレベルだったんだけど、それを見たある人に「君は短くするより長い文章を書く方が向いていると思う」と言われて、作家人生を始めた
と言う話をしていた気がする。
高校生の私は、大人になってから、自分に合ったものが見つかることもあるんだ、と思ってほっとした。
なんでほっとしたか、その時はよくわかってなかったけど、今ならわかる気がする。
どんなに素晴らしい人でも、特定の誰かや何かと出会わなかったら、凡庸な人生を送ってたかもしれないということに、自分を重ね、どこかで自分の自我が保たれてるんだろうな。
自分はなんにも能力がないんだって思いなしちゃうと何もできないもんね。
有名人の入学挨拶とかバカにされがちだけど、そのメッセージが届く人には届いていて、それがその場に居合わせた人数ののわずか5%くらいの少数だとしても、きちんとやる意味はあるんだな…
だってわたしは、その時のことをこんなにも覚えていて、エッセイを買ったり、小説を買ったり、その時のマリコの言葉を思い出したり、直接は関係ないけど、本を週に一冊読んで感想を書いてみようと決めてみたりすることができるのだから………
自尊心と呼ぶのだろうか。これが自尊心だとすれば、案外いろんな方向から成り立っているんだな、と思う。
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