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中途半端だっていいじゃないか

noteを作ってからの1週間
ここで何を発信するか悩んだ。


フォロワーさんを増やすならテーマを絞ったほうがいい


noteの使い方を勉強しようと思って、Kindle unlimitedで何冊かを流し読みした中に書いてあった言葉。


なぜだか心につっかかった。


そういえば昔、Twitterでアイドルのアカウントを持っていたことがある。フォロワーさんたちは複数のグループを掛け持ちして推す人が多く、1グループにつき1つのアカウントを持っていた。

アイドルだけでなく、読書垢・絵を上げる垢・日常垢・写真垢、それぞれ何かに特化したアカウントをよく見かける。(「垢」とは、SNS上でのアカウントの略称)


私にはこれ!と絞ることができなかった。
Twitterもnoteも。


どれも特化できるほどのもの持ってないもん
全部中途半端

物事の完成にまで達しないこと。どっちつかずで徹底しない様子。
コトバンクより



読書は最近よく読むようになったなーーと思うけど、1ヶ月に1〜2冊読めたら自分すごーーーーい!!って褒めたいくらいの量。「行間を読む」のは苦手だし、文字から感じ取ることは得意ではない。読書垢にしたら呟けるのは月1回くらいかもしれない。


絵を上げる垢にしたら、その他のことは呟けないんじゃないか。
「私はあなたの絵が見たいの!」って言われてる気がして(これかなり自惚れだね)、絵以外の心に溜め込んだ感情は腹の底に溜まっていくのだろうか。それに人を魅了できる絵は描けない、あくまで自分の趣味の範囲。


あぁ、中途半端。と今日は何回口にしただろう。


でも、ふと思った。

中途半端ってどうなったらその先に行くんだ?


読書の完璧(完成)ってなんだ

月に5冊以上読むこと?
そもそも5冊って設定が正しい?
それとも、誰かが読みたくなるような感想を書ける人?行間を読んで、筆者が「私はそれを伝えたかったのよ!!!よくぞ読みとってくれた!」っていう人?


絵の完璧(完成)ってなんだ

絵を描いてお金をもらえていること?
絵師、イラストレーターと名乗れるようになったら?そもそも名乗れるようになるのは、どこまで行ったら?


そもそも中途半端のその先って完璧(完成)なのか??

オリンピック選手だって金メダルを取っても「これからももっと頑張ります(薄っぺらいコメントしか思い浮かばなくて語彙力の無さに泣いた)」ってその先を目指している。



逆に中途半端って思っていても、周りから見ればそうじゃないことだってある。仕事の説明をする時に、ささっと描いた絵を後輩からすごく褒めてもらえたことがあった。

自分から見たら全然でも、周りから見たら才能があると思われるのかもしれない。


それぞれの完成の形はあるかもしれないけど、きっと私は完成したらそれを手放してしまう。そして次の新しい中途半端に手を出すんだと思う。


だから、中途半端だっていいじゃん。


きっと完璧な人なんていないんだと思う。
だって、共通の完璧に対する定義がないから。


今自分が持っているもの、感じたこと、好きなものを等身大で発信していこう。テーマは絞らず自由に。どっちつかずだっていいじゃんか、だって全部話したいんだ。


絵の話、食べ物の話、突然エッセイ書いたり、思考し出したりする、本の感想言ったと思ったら、また食べ物の話をする。

これが私なんだ。
こんな私のnoteやTwitterを見てくれて、「いいな」って思ってくれる人や何かを感じいてくれた人がいたら、これほど嬉しいことはない。


自分らしく書こう。

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