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日本人よりも日本を愛した(かもしれない)バーナード・リーチのお話。
久しぶりに序盤からグッと引き込まれ、一気に読み通してしまった、原田マハ「リーチ先生」。
そういえば、原田マハさんの文章には心を掴まれることが多い。
なんというか、とてもリズミカル。
「リーチ先生」では、架空の人物・沖亀之助の視点を通してバーナード・リーチの半生が綴られているのだけれど、高村光雲、光太郎とリーチとの関係や柳宗悦、濱田庄司、富本憲吉、河井寛次郎との出会いと交流などを通して、リーチがどんな風に日本の文化に触れ、親しみ、名もない民衆が生み出した芸術=民藝の美しさを見出していったか。その軌跡が、みずみずしく描かれている。
わたしが民藝好きなのでやや贔屓目になっていることは否めないけれど、民藝館など美術館で時折目にする、バーナード・リーチの作品と、ここに描かれているリーチ先生の人となりがぴったり重なる。
温かくて、素朴で、ときどきお茶目。でもちょっと頑固なところもありそう。
わたしのなかでずっとそんな印象を抱いていたのだけれど、リーチ先生はまさにそんな感じ。
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昨年、東京国立近代美術館で開催されていた「柳宗悦宗悦没後60年記念展『民藝の100年』」の展示とも重なった。(先に読んでおけば良かった!と思った)
柳宗悦たちが西洋の優れた文化や美術を追い求めていた一方で、日本の民衆に伝わる奥深い文化や美術を追い求め続けたリーチ。
なんだか、すごくよくわかる。異国の文化や歴史に憧れを抱くのは、日本も海外も、そして時代が変わっても同じなんだなぁ。
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年齢を重ねるほど、日本の“用の美”にも惹きつけられる。装飾品ではなく、使うことを前提に作られた道具はほんとうに美しいものだ。
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リーチ先生の視点で日本を眺めたら、どんな風に見えるのだろう。
いままで目にも止めなかったようななんでもない光景が、美しく、愛おしく見えるかもしれない。
あとどれくらい時間があるかわからないけれど、死ぬまでに、いや、目が見えるうちに、
ありふれた日常のなかにある「美」や、清少納言がいうところの「うつくしきもの」を、たくさん焼き付けておきたいなぁ。
それがわたしの些細な願いだ。