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名前が奪われること。言葉を押し付けられること。映画「流麻溝十五号」を見る。

名前を奪われる
 
名前が奪われる。
「千と千尋の神隠し」では、
千尋という名が奪われ、千として働かされる。
ハクは名前だけでなく記憶も失っていた。
それまでの自分が消滅し、管理されやすく変えられること。
心理的にも束縛されること。
ファンタジーであるがゆえにシンボリックだ。
 


「流麻溝十五号」を見た。つらい映画である。
1953年、台湾の白書テロ時代の実話に基づいた物語である。
孤島に設けられた、政治犯収容所である新生訓導所。
そこに収監される少女、女性、少年たちの物語。
船で運ばれ、縄につながれ、施設に着いた女性たち。
最初に告げられるのは、名前ですらなく番号で呼ばれる生活である。
ひとりひとり人格を持った存在であることを許さない。
無力感を植え付け、支配される存在であることを思い知らせる。

古川琴音に雰囲気の似た俳優が、主人公のひとり、
絵を描くことが好きな高校生を演じる。
作品が当局の考えと異なることを咎められる。
モダンダンサーの女性は、妹をかばい自ら濡れ衣を被る。
小さな子供のいる看護師の女性は、キリスト教徒であり、
正義感が強い。
収容者たちは、政治犯とはいえ、犯罪を起こしたわけではない。
自由に発言すること、ものを考えることが罪とされた。
思想改造、再教育を目的とする収監である。

言葉を押し付けられる

映画では、中国標準語、台湾語、日本語の3つの言葉が交わされる。

17世紀頃より、中国大陸からの人々が台湾に移住した。
人々は中国南部の言葉を話す。長い期間を経て、台湾語の原型となる。
1895年、日本統治が始まる。半世紀の間、日本語の教育が行われる。
1945年、中華民国の統治が始まり、
国民党とその関係者が大陸から移住する。
彼らを外省人という。北京周辺に起源をもつ中国語を話した。
対してもともと台湾に住んでいた人々を本省人という。
外省人は中国語の使用を本省人に押し付ける。

1945~49年の時期を描く映画「悲情城市」では、
基隆に住む主人公の兄と上海やくざは、
間に通訳を置かなければ交渉ができない。
また、2.28事件の際、本省人が、
誰彼かまわず日本語で問い詰めるシーンがある。
日本語を理解できない外省人を見つけ出し、襲うため。
2.28事件とは、1947年に起きた
台湾民衆と国民党当局の大規模な衝突である。

外省人は台湾語、日本語が理解できなかった。

自分と仲間を守る

収容された女性たちは支えあい、助け合う。

思想改造所の監視者は、外省人たちがあたっていた。

彼女たちは、監視者に聞かれたくない場面では、台湾語、日本語を使う。
言葉を使い分け、置かれた状況を逆に利用して、
彼女たちは、自分たちを守り、抵抗する。

やがて事件が起きる。

自らの良心に従い、信念を貫く姿、特にラスト。
笑顔になる彼女に虚を突かれる。胸が痛くなる。

彼女たちを収監した施設は今はもうない。
思想を理由とする罪もない。
また先住民族の言語も含め、多様な言語が共存する。

映画に描かれる苦難と、ここに至るまでの道のりを思う。


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