見出し画像

ユン・ソンニョルの非常戒厳と韓国ノワール。映画「新しき世界」を見る(※ネタバレあり)。

目次
1.あらすじ
2.韓国ノワール
3.ノワールが成立する社会
4.非常戒厳とノワール

1.あらすじ


韓国最大の犯罪組織に潜入して8年になる警察官ジャソン(イ・ジョンジェ)。自分と同じ中国系韓国人である組織の№2、チョン・チョン(ファン・ジョンミン)の信頼を得て、その右腕となったが、いつ潜入がばれるかわからない恐怖のなか、警察に戻る日を待ちわびていた。ある日、組織の会長が急死。勃発する後継者争い。ジャソンの上司カン課長(チェ・ミンシク)は、その際に乗じて一気に組織の壊滅を目論み、ジャソンの願いを無視して潜入捜査を継続させ、「新世界」と名付けて作戦を開始させるが、それはジャソンを組織のトップに据えるという非常な作戦だった。警察官の正義と、チョン・チョンとの情の間で葛藤するジャソンが最後に選び取る「新しき世界」とは―?

公式ホームページより

2.韓国ノワール


韓国ノワールという映画ジャンルがある。その定義は、暗黒社会を舞台にした犯罪映画といったところだろうか。その特徴の第1を、多くの人は、「情け容赦のなさ」に挙げる。

映画の冒頭、警察への内通を疑われた役員のひとりが拷問を受ける。否定し、命乞いをしても許されることなく、ドラム缶にコンクリート詰めにされ、海に沈められてしまう。
これなどまだ序の口だ。

一部始終を、ジャソンが仕切っている。
幹部に成り上がったが、自分も正体がばれたら、ただでは済まされない。
濡れ衣を着せて拷問する。一切の感情の変化を見せることはできない。わずかな疑惑からでも、正体が発覚するおそれがある。このような、ひりひりとした感覚を感じながら生きている。常に死と隣り合わせの緊張感は結末に向け極大に達する。神経が擦り切れないわけがない。

韓国ノワールの第2、第3の特徴は、予想を裏切るストーリー展開と、そこまでやるのかというリミットを失った感覚である。
全ての特徴を備えたうえで、限界を突き抜けてしまったこの映画は、韓国ノワールが生んだ最高傑作であろう。
とりわけ後半の怒涛の展開には圧倒される。

チェ・ミンシク、ファン・ジョンミン、イ・ジョンジェ、三人三様の演技が魅せる。監督は、パク・フンジョン。2013年公開の映画である。

3.ノワールが成立する社会


韓国は強権的な政権が続いてきた。基本的人権を制限し、思想、信条、集会、結社、報道などの自由に厳しい制約を加える。逮捕、監禁、拷問など、市民に対し直接的に権力を行使してきた。
さらに正規ではない実力の行使は、暴力組織にゆだねる。矛先は野党や民主化運動に向かう。
 
強権は必ず、腐敗を生み、腐敗には利権が絡む。利権の分配は法の支配が及ばない世界である。その過程で、暴力が行使される。利権は強権を補強するとともに、その分け前にあずかろうと、得体のしれない有象無象を集める。強権はその存在自体が、暴力であるだけではなく、大小無数の暴力を生む。
 
 
強権政治と暴力は、コインの裏表である。

現場の刑事が暴力組織の壊滅を目論んでいたとしても、強権政治が必要とすれば、形を変えてでも存続したであろう。
 
だから、暴力組織の壊滅は、民主化と政治プロセスの透明化が実現して初めて可能となったのであろう。
 
1990年ノ・テウ大統領は、「犯罪との戦争」を掲げ、組織犯罪の壊滅に取り掛かる。それは1987年に民主化宣言があり、強権的な政権が退場して以降のことである。
 
映画のなかの新世界プロジェクトは、その目論見どおり、組織を壊滅できたのか、そうではなかったのか、映画のなかではそこまで描かれない。
 

4.非常戒厳とノワール



今週(2024年12月3日)、ユン・ソンニョルが強権を手に入れようと、非常戒厳を宣言した。だが、韓国の民主化を実現してきた市民などの大きな力のもとに退けられた。韓国の民主化は、もはや後戻りすることなく、社会に力強く根付いている。

現代を舞台としたノワール映画は成立しないと思っていた。今回の事態で、その想いを新たにした。

(「新しき世界」は、2024年12月現在、Amazon Primeなどで配信されています。)


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集