「牯嶺街少年殺人事件」をめぐる冒険#2屏東編(※ネタバレあり)
これまでのあらすじ
「牯嶺街少年殺人事件」は、監督エドワードヤンが1991年に発表した映画である。
主人公は、建国中学校夜間部に通う小四(シャオスー)。1960年代の台北市を舞台に、彼を取り巻く幾層もの社会を描く。
ニューヨーク・タイムスは、「この映画には全てがある。」と評した。
そう、全てがある。
少年と少女がいる。
互いの思いの違いは、最後には悲劇に至る。不器用な愛の軌跡が描かれる。
不良少年たちがいる。
グループに分かれ、徒党を組み、小競り合いし、抗争する。出し抜き、駆け引きし、敵と手を組み、見方を裏切り、報復する。それは不安におびえる大人社会の縮図だ。
その行きつく先が描かれる。
そして家族がいる。
大陸から台湾に渡った家族は、白色テロ時代の激動のなかを、夫婦、親子、兄弟が衝突しながらも、互いを思いやり、身を寄せ合い、支えあう。その姿が描かれる。
この映画のロケ地を訪れる。
前回は、台北市内の建国中学校と植物園を訪ねた。
今回は、台湾南部屏東市を訪れる。
旅の目的は、映画の魅力を考えること。
新幹線で屏東に
高鉄とは、新幹線のことである。略称はTHSR(Taiwan High Speed Rail)
台北市内の南港から南部の左営まで348.5kmを結ぶ。
台北駅は始発から2番目の駅だ。
プラットホームは地下3階、8時31分発左営行き207号車に乗車。
左営着は10時10分。
左営駅には、台湾鉄道やMRTも接続し、駅舎も併設されている。
台湾鉄道屏東線に乗り換え。
普通電車に30分ほど揺られて、屏東駅に着く。
屏東市とは
「牯嶺街少年殺人事件」の撮影は1991年頃。
舞台は1960年の設定である。
発展著しい台北市に、当時の面影を残す街並みはない。
エドワードヤンは、台北から遠く離れた屏東市をロケ地に選ぶ。
ここで多くのシーンを映画に収めた。
訪れた日の日中の気温は4月ながら34℃。
日本との温度差に頭がくらくらする。
駅の出入り口を半ば塞ぐように、野良犬が昼寝する。
屏東駅から東南部に1kmほど歩く。
日本統治時代に創業の台湾製糖工場の本社がある。
現在は操業を止めているが、工場敷地が残る。
あちこちに、機関車がモニュメントとして保存されている。
最盛期には広大な畑からさとうきびを運んできたものだ。
小公園アジト
不良グループ「小公園」の名前は、アジトのダンスホールに由来する。
使われたのは台糖屏東総廠の冷飲部、台糖冰店らしい。
この場所(違うかもしれない。確信が持てない。)で、小四と小明(シャオミン)がテーブルを隔て、向き合うシーンが撮影された。
心和むシーンの後には、小四が滑頭(ホワトウ)ほか小公園メンバーからつるし上げられるシーン、潜伏先から台北に戻った小公園リーダーのハニーが登場するシーンが続く。滑頭は、コンサートの開催をめぐり、敵対する217グループと手を組むことをハニーに告げる。
ここで、パイナップルアイスを食べた。
懐中電灯と構図
映画は懐中電灯を象徴的に使う。
小四が、王茂(ワンモア)と一緒に忍び込んだ映画撮影所で、見とがめられ、逃げる際にどさくさ紛れに持ちだしたものだ。
様々な場面を照らす。
植物園にいたカップルを照らす。翌日、小公園グループの滑頭が小四に因縁をつけにくる。小四が噂を言いふらしていると。
小四は思いあたることはない。だが滑頭には思惑がある。
実は一緒にいたのはハニーの彼女の小明(シャオミン)だった。
自分が属する小公園のリーダーの女に手を出した。
滑頭は、発覚することを恐れ、別の女性といたことにするため、あえて小四に因縁をつけ、自ら話を広めた。
相手が小明であったことを、小四が知るのは映画も終盤に差し掛かる頃である。
滑頭もまた小明に言い寄る男たちのひとりであった。小四の焦燥はさらに募る。
もうひとつ懐中電灯のエピソード。
台北に戻ったハニーは、付き合いのある地元、萬華(マンホア=地名)のやくざに匿われる。
ハニーが殺害されたのち、やくざはその報復のため、停電の闇に紛れて不良グループ217を襲撃する。行きがかりから見張りをしていた小四は、瀕死のリーダー、山東(シャンドン)を懐中電灯の光の中にとらえ、問いただす。
「ハニーを殺したのか?」
問いかけへの答は得られない。
闇は照らされるが、真相には至らない。
小馬(シャオマー)との対決に向かうとき、小四はついに映画撮影所に懐中電灯を置く。
もう必要ないとでもいうように。
もうひとつ。映画は特別な構図をとる。
壁に阻まれ、向こうを見通せない。
映画の冒頭部で、小四の父親は建国中学校に押し掛ける。
小四が昼間部の試験に合格しなかったのは、採点上の手違いによるものと、答案を見せるよう求める。
小四の父親と教師が対峙する構図。カメラは小四の父親をフレームの半分に納める。だが、相手をする教師の姿は、残りのフレームに捉えられることはない。壁のみが映され、教師はその陰に隠れれたままだ。
教師は調査するとはぐらかすが、採点の見直しは確約しない。
この構図、壁や扉の反射を利用するシーンも含めると、数多く見られる。
真相は、あいまいなまま隠されている。
菩提樹を求めて
映画に使われた菩提樹を訪ねる。
現地でいくつか樹を見て回るが、特徴が違う。
宅地化が進んでおり、すでに伐採されたことを覚悟した。
だが最後にそれらしい樹にたどり着く。
菩提樹とはいっても、ベンガル菩提樹という種類らしい。バンヤンツリーという別名がある。原産地はインド、東南アジア、台湾から日本に至るまで。気根といって地上部に露出している根が特徴的である。沖縄で見かけるガジュマルは近縁種。
この菩提樹の根元に、小四と小明が木の根に並んで座り、会話する。
心和むシーンのあとには、必ず不穏なシーンが必ず続く。
小四は小明を誘い、王茂(ワンモア)や飛機(フェイジー)も伴なって、小馬(シャオマー)の家を訪ねる。
このことを切っ掛けに、小馬もまた小明に接近する。
小四がそのことに気づき悩むまでには、あと少し時間を要する。
次回完結
#3「牯嶺街」編に向け旅は続く。
乞うご期待!