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バイトを辞めさせないためには

 今回は「技術の教えかた」についての話。普遍的な技術の話だけれど、基本的にはアルバイト社員に辞められないための指導法について。

 実はここ1カ月、職場のマニュアルが更新されて、それを覚えて若手に教えるという仕事に追われていた。僕もまだ新人だったのだが、出版社で管理職をしていたためにそういう羽目になった。仕事から帰ったら新しいマニュアルを読みこんで清書して、翌日に上司にそれを見てもらって、すぐに若手にマニュアルを教えるというなかなか忙しい日々だったのだ。このnoteが投稿される6月14日(金)と6月15日(土)はずっと楽しみにしていた人と会う約束があり、その上さらに文學界新人賞のための小説を毎日2,000文字書くというのもあったので、映画は1本も観ることができていないばかりか、喫茶店にすら行けなかったし、300ページ未満の本を読むのに26日もかかった。

 しかし、若手への指導方針で上司と揉めた結果、仕事を辞めることになったので、急に時間ができた。そこで、本来なら職場で実践するはずだった僕の「技術の教えかた」について書きたいと思う。

  まず初めに、教えるときの鉄則から言っておく。「技術や知識について教えるときは、自分で掴んだもの以外は教えない」というものだ。これは精神医学者の中井久夫氏が『「伝える」ことと「伝わる」こと』の中で言っている。僕もそうだと思う。職場において、「僕はこのやりかたはしないけど、こういうやりかたもあるよ」は禁句だろう。常に自分が掴んだ実感を持っている技術と知識だけが、伝えられる範囲のものだ。たまに素人が書いている「小説の書きかた」みたいなブログで、「あなた、例に出してるこの小説をちゃんと読みましたか?」というのがあるが、あれはあまり良いとは言えないと個人的には思っている。

  そして次に、「その分野のもっとも簡単なことを、しつこく教える」というのが僕の基本方針だ。以前に勤めていた図書館で、大学を卒業して1年の正社員が新人パート社員にその図書館が使っていたソフトの使いかたを教えている場面に遭遇した。その正社員は貸出の方法を教えたら、すぐに返却の方法を教え、さらにまたすぐに予約の方法を教え、終いには貸出と、すでに図書館に届いた予約資料を同時に貸す作業を教えた。当然、新人パート社員はすぐに呑み込めず、その態度を見た正社員はイライラしだした。そこで、出版社で管理職を2年半、そして10年以上、ギターを教わっていた僕が代わりに教えることになった。自慢ではないが、昔から教えるのは得意だったので、ちゃんと教える自信があった。
 また、僕は基礎練習について本で読んでいた。最近ではすっかり老害と言われている元プロ野球選手の広岡達郎氏の守備の教えかたである。
 広岡氏は、多くのプロ野球のコーチが選手の守備練習の際、難しい打球を転がして選手を右に左に動かして疲弊させ、「自分は厳しい守備練習をさせた」と自己満足に浸っていると見ていた。それに対して広岡氏の指導方法は、まずは何度も真正面の打球を転がして、それをしっかり捕らせるというものだった。これによって、選手は打球に対する苦手意識や恐怖心が抜け、「自分は正面の打球なら捕れる」という自信をつける。さらに、「難しい打球が来たらどうしよう」という思いから勘で動こうとする姿勢を矯正したのだ。仕事も同じで、「あの難しい業務来たらどうしよう」という姿勢になったら本来の能力を出せなくなる。この広岡氏の話は、直木賞作家の海老沢泰久氏の本のどこかに載っていた。『みんなジャイアンツを愛していた』だった気もするけれど、海老沢泰久氏の著作は沢山読んでいるので自信がない。申し訳ありません。
 僕が図書館で新人のパート社員に教えたのもこのやりかただ。「貸出の仕方はさっき教わってましたね。でも、もう1回やりましょう」。僕はそうやって、まずは貸出作業だけは緊張せずにできるように仕向けた。それから、返却、予約、取り寄せた予約資料の貸出と、少しずつ習得していってもらったのだ。
 この教えかたは、図書館だけでなく、運送業でもコンビニエンスストア副店長業でも同じだった。まずは基本動作をできるようにする。僕のギターの師は、「あれもこれも身につけたいと焦るより、できることをないがしろにしない。そうしたら、できないことのほうから降りてくる」と言っていた。これは、実際にそうだと思う。なんらかの技術を習得したことのある人ならば、覚えがある感覚だろう。
 基本動作に関して、オススメはイメージトレーニングだ。喫茶店でアルバイトをしていた頃、店長から「目を閉じて、イメージの中でレシピ通りに作れたら、絶対に本番でもできるよ」と言われて試してみたけれど、これは本当に効果があった。図書館の仕事を教えるときも、作業端末の前で目を閉じてもらって、イメージをしてもらうということはよくやった。特に資料の弁償要求作業はなかなか難しいので、僕自身、このイメージトレーニングが役に立った。

 そしてさらに、教える態度。これも重要だ。むしろ、教えかたよりこっちのほうが重要かもしれない。これに関しては、過剰にニコニコと優しくすることはないが、とにかく圧力をかけないこと、焦らせないこと、その分野だけの専門用語を使わないことがまずは基本だと考えている。
 さらに、できなくても怒らないのはもちろんのこと、過剰におだてないことも重要だろう。「褒められるというのは、貶されれることと同じように動揺する」と、前述の中井久夫氏がやはり『「伝える」ことと「伝わる」こと』で書いているし、なにより慢心や油断が生まれてしまう。どうしても教え子に良い顔をしたくて褒めちぎる指導者もいるが、基本は「叱らないし褒めない」が良いだろう。
 中日ドラゴンズに在籍していたトニ・ブランコ選手は、全打席三振しても、3打席連続ホームランを打っても表情を変えなかった落合博満氏を「1番、仕事がしやすかったボス」と言っている。僕は現場責任者になったことは1度しかないけれど、落合博満氏の態度は参考にしている。

 また、「頭ごなしに言わない」というのも大事だと思う。「それでも悪くはないけれど~」や、「あくまでも一般論だけど~」など、なんらかの緩衝材になる言葉を使ってから指摘するほうがいい。僕のギターの師は、ギターの構えかたやピックの握りかたに関しての指導を特にしない人だったのだが、僕はそれを不思議に思って「そういえば先生の流派の構えかたって教えてもらったことがないですね」と真意を尋ねてみた。師の答えは、「ピックの持ちかたはそうじゃない!こうだ!という教えかたをされて上手くなった人はほとんど見たことないから」だった。僕は「なるほど」と思い、以後、小説の読み合いで感想などを言うときでも「そうじゃなくてこう!」式の言いかたはしないように心掛けている(しちゃってたらすみません)。当然、職場で人に指導するときでもそういった言いかたはしない。「忠言、耳に逆らう」という諺もあるくらいなので、自分の教えたいことに自信があるなら、なおのこと頭ごなしな言いかたはすべきではないだろう。

 また、飲食店やコンビニエンスストアでの最大の禁句は、「スピードを上げてください」だと個人的には思っている。日本の飲食店は提供の早さを常に意識しているためにどうしても「スピードアップ!」と言いがちだが、スピードを上げなければいけないことは本人が1番、わかっている。余程、舐めた態度でダラダラと動いている新人以外には、「スピードアップを意識して!」ではなく、その新人の動きを観察して「こうすると早くなりますよ」と言ったほうが結果的には早くなる。このとき、1度に沢山のアドバイスをせずに、ワンポイントアドバイスに留めるのも大切だ。人手が足りない職場にようやく入ってきた新人が、「スピードアップ」という言葉で辞めるというのは多い。根性や能力のある新人を待ちながら延々と求人広告をネットに載せるのは、コストの面でもあまり良くないだろう。スピードは、自然と早くなっていく。これも前述の、イメージトレーニングがオススメだ(一方で、愛想や礼儀に関しては実際に目の前に人がいないと畳の上の水泳になることが多かった)。

  以上、まだ40歳の若造が教える、技術の教えかたでした。僕のこの指導方針にダメ出しし、僕が非番の日にパワーハラスメント的な指導をして2人のアルバイト社員に辞められたため、僕は上司と揉めることになった。この指導法に対して、「それは違うと思う」というかたがいたら、後学のためにコメントを下さい。

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