ふとした言葉に、誠実なお人柄を感じました
以前、こんな記事を書いた。
娘の通う施設にムロツヨシさんに似た職員さんがいる。
お名前は多田さん(仮名)。
4月に多田さんが他の施設から今のところに着任されて以来、ずっとマスクをしたままのお付き合いなので、多田さんの実際のお顔は知らない。
つまり幸せなことに、多田さんはまだ、私にとってはムロツヨシさんのままだ。
先週のことだった。
いつものように施設へ娘を迎えに行き、車椅子から車へ、多田さんに娘を抱っこで乗せ替えていただいた。
助手席に娘を寝かせると、多田さんは助手席のドアをそっと閉めてくださる。同時に私は運転席に乗り込んだ。帰ろうとすると、助手席の窓をのぞき込むそうにして、多田さんが「お母さん、すみません」と、私に言っている。
何かあったのかな、と思いながら助手席の窓を開けると、
「お母さん、ごめんなさい。さっき、ゆうさんを乗せる時、車の中に蚊が入ってしまったと思うんです。ほんとにすみませんでした。」
とおっしゃる。
多田さんのせいでもなく、勝手にモスキートくんが車に飛び乗っただけのこと。
それに言わなければ、私は気がつかないで済んでしまうような、たぶん小さなこと。
それでもわざわざ言ってくださる多田さんのお人柄に、私は深く感動してしまった。
「そんなそんな、わざわざありがとうございます。」
「いえいえ、すみません、ゆうさんがさされなければいいんですが。」
多田さん、なんて誠実な方だろう。ぜひ、お顔を見てみたい!(まだ私はチャンスをねらっていますから)と思った。
帰り道、いったん車を道の端に停めて、私は着ていた自分のTシャツの袖をタンクトップ並みに捲り上げた。
「蚊よ、若いほうがいいだろうけど、さすなら私にしな!」
って隠れている蚊に呼びかけてみる。
それから車を出して、時々助手席をちらっと見ながら、ゆうに近づく(かもしれない)蚊を警戒し続けた。
2人とも無事、蚊にさされず…。
そしてなぜだか、かなり以前にお世話になった娘の歯医者さんを多田さんに重ねていた。
*****
歯医者さんとの出会いは、娘が一歳の頃なので、約23年も前になる。
優しいおじいちゃん先生で、娘の通っていた療育専門の保育園(障がいのある就学前の子どもが親子で通う、公立の保育園)に来てくださる歯科医師だった。
6歳臼歯という1番最初の永久歯が生え始め、歯が生え変わる時期には、子どもは虫歯になりやすい。特に娘は、水を飲むことが苦手で、うがいもできないので、口の中に食べ物が残りやすくて虫歯が心配だった。
虫歯の治療となると、娘のような子どもは全身麻酔が必要になることもあり、大変な手術になる可能性もあると聞いた。
顎が細い娘の歯並びも心配だったので、娘が3歳になった頃から定期的に先生の病院に通うことにした。
娘が4歳になったばかりの頃、娘の歯に虫歯が見つかってしまった。上の前歯の乳歯が2本、虫歯になってしまったのだ。
丁寧に歯磨きしていたつもりだったが、きっと私の磨き方が不十分だったんだろう。
それなのに先生は、娘の虫歯を見て
「申し訳ないです、虫歯にさせてしまって。毎月来ていただいていたのに、私の責任です。」
とおっしゃる。
「え、先生、何をおっしゃいますか!」と、びっくりもしたが、それ以上に、その誠実なお人柄に感動した。
お互いに「すみません」「いえいえ、私がすみません」となり、診察室のスタッフさんも一緒にみんなが笑った。
その後、娘の前歯はきれいな永久歯に生え変わり、それからは一度も虫歯になったことがない。娘はかなり細い顎だけど、上の2本の前歯は出っ張ることも、段違いになることもなく、きれいな位置に真っ直ぐに生えている。
先生が神経を注ぎ、乳歯を絶妙なタイミングで抜いたりしながら、生え変わり期の歯を守ってくださったからだ。
娘が特別支援学校の小学部高学年の頃、先生はご病気で亡くなり、先生そっくりの息子さんがそれから現在まで、ずっと娘の歯を守ってくださっている。
「かぜさんが いきますよー」
「みずさんが でますよー」
お父様と同じ、優しい言葉を娘にかけながら。
*****
このお二人の共通点は、「持ち前の誠実さ」に加えて「ご自分の仕事に対する真摯な想いがあること」だと思った。だから、私の中でお二人が重なったのだろう。
このように、ふとした時に出る言葉が、忘れられない言葉になったりすることがある。
けして何かを狙ったわけではない、自然な言葉。
ちょっと自分の想像をいい意味で裏切るような、真心の言葉。
そんな言葉って、すーっと心に響き、その人への信頼とセットになって、自分をあたためてくれるほうの記憶として、たしかにわたしに残る。
どこかに行けなくても、日常やnoteの中にだって、そんな言葉はいっぱい溢れている。
ふとした言葉に響く心をちゃんと持っていられるように、私を整えて生きていきたい、と思う。
ところで、施設からタダ乗りしてきたあの蚊は、まだ車中泊しているのかなぁ。
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