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土曜日の朝、開店したばかりのお店でモーニングコーヒーを

彼女に会うときはいつも、土曜日の朝8時、開店したばかりのスターバックスで。

朝早くに会えば、さよならしてからの時間もお互い有効に使えるので、早朝に会うことを2人とも気に入っている。

彼女は二女が通っていた療育施設の先生だったが、家族ぐるみで仲良しになり、今では時々会ってお互いの近況を話す親友のような存在になった。

彼女は私より5歳年上で、ちょっとずつ子どもや孫の年齢も我が家より上だ。
だから、母親としても、おばあちゃんとしても、私の先輩でもある。

聞き上手な彼女と話していると、自分が気づいていなかった自分の気持ちまで自然に話せてしまう。
肯定も否定もしないで、目を見て話をゆっくり聞いてくれる。
そして、自分のことも素直に話してくれる。

だから、彼女と会った後は、いい時間だったなぁっていつも思う。



「今日は、ドーナツも食べちゃおっか!」

って、必ずそんな会話を交わしてから珈琲とスイーツを注文する。
いつも何かしらのスイーツも頼むんだけど、「今日は」っていちいち言うところが、お茶目な私たち。

うちを出る時はシナモンロールな気分だったけど、ドーナツを見た瞬間、ドーナツな気分になった。

パリッとした店員のお姉さんから珈琲とドーナツを受け持って、まだ誰もいない店内の、いつものお気に入りの場所に2人とも腰を下ろした。

机を挟んで私が右側で、彼女は左側。
同じ方向に、壁一面の窓を眺めながら座る。


「で、どう?長女ちゃんの子どもちゃんは。めちゃくちゃ可愛いでしょ。」

長女のこともよく知っている彼女は、嬉しそうに私の一番言いたいことを聞いてくれる。

そこからまず、「ばあばバカトーク」が炸裂した。
最初の話題は、「孫にどう呼ばれているか」だ。

彼女は3人の孫たちから「ばあば」と呼ばれているらしい。
実は、私は「ばあば」がちょっと恥ずかしい。
なんというか、可愛いすぎて照れてしまう。

「私はおばあちゃんでいいかな。ばあちゃんでもいいし。」

そう言うと、彼女は同居しているお義母さんと区別するために、自分が「ばあば」と呼ばれるようになったと言っていた。
それに、小さな子は「ばあば」って発音しやすいらしい。

ばあばかぁ、本当はちょっと憧れる。
まぁ、「ばあさん」でなければ、なんでもいいかな。

話題が、彼女の娘さんや息子さんが「子どもからどう呼ばれているか」に変わった。

娘さんちは「とうちゃん」と「かあちゃん」

息子さんちは「とと」と「かか」

わぁお!
パパやママ、お父さんやお母さんじゃなく、なんだか古風で昭和でおしゃれな呼び方!

私の長女たちは、パパ&ママスタイルっぽい。

我が家の子どもたちは、私たちを「お父さん」「お母さん」と、ずっとノーマルスタイルで呼んでいる。

そういえばお隣さんちは「パパ」と「お母さん」の和洋折衷スタイルだった。それは、我が家の息子を軽く混乱させた。

息子が小さい時、1歳年上のお隣の息子さんと仲良しで、よく遊んでいた。ある日、息子がお隣の旦那さまを「パパ」と呼んだのには、おいおいと思った。
パパはパパなんだけど、君のパパじゃない。
「◯◯くんのパパって呼ぶんだよ!」って言ったら、息子がぽかーんとしていたのを覚えている。


呼び方はどこのご家族もそれぞれ。
名前で呼ぶとか、独自のあだ名みたいな呼び方とか。
パパって呼んでた子も、思春期にはオヤジって言い出したり。
ママって家では呼んでいても、外では母って言っていたり。

そんな、たわいもない話でおば(あ)ちゃん2人が盛り上がった。

頭の中を楽ちんにして、なんでもない話に花を咲かせる時間って、やっぱりいい。
そして、こんな時間が今の私には必要だな、と思った。


二女の担任だった先生だけど、二女の話を今回はほとんどしなかった。

春頃から、二女の体調が安定しない。
最近さらに、二女の病気が進行していると感じる。

わずか1時間ちょっと、週に2回だけ生活介護施設へ行く力さえもなくなってきている。
外出した後の体へのダメージが、これまで以上に大きく、呼吸、睡眠、排便、消化など、すべてが乱れてしまうのだ。

娘の体から出るサインから、「外出」という、数少ない娘の楽しみにもいよいよ限界が見え始めてきて、私はひどく憤りを感じていた。


本人や家族のがんばりだけではどうにもならず、娘の病気は、ささやかな娘の楽しみを簡単に奪っていく。

動くこと、食べること、見ること、話すこと、出かけること、娘から、生きる楽しみをどれだけ奪って行くんだろう。


今日は、今だけは、そんな重たい気持ちを忘れていたかった。
でもどうしても、頭の隅に二女の顔が浮かんでくる。

また、ホッとする方法が、わからなくなっている。

先生は、私の気持ちがきっとわかっていた。
彼女はドーナツを頬張って、

「めちゃくちゃ美味しい!また太るわー!」って、クシャっと笑った。

彼女越しに、店の奥の方へ目線を向けると、すでに全ての席が埋まっている。

勉強しているのか、仕事なのか、テーブルに向かって何かをしている人、本を読んでいる人、話をしている老夫婦っぽい2人、学生の仲間、いろんな人がいて、それぞれの生活があって、みんな何かしらあって。

それでもみんな頑張っているんだな、と思った。

私もドーナツを頬張った。
甘くて美味しい。

私たちは、口いっぱいのドーナツをモグモグしながら、大きな窓をしばらく見つめていた。

窓の外では、部活に行く高校生が、話しながら自転車でどんどん通り過ぎていく。
すごいな、自転車に乗れることも、仲間と一緒にいられることも。
それは、ひとつも当たり前ではない。


「ほんとにいい朝だね。」

って、先生が言った。

そうかぁ、いい朝はちゃんと来るし、まだ娘のそばにいて、何かをやってあげることができる。

鼻の奥がつんとして、珈琲を飲んでそれを流した。
少しだけ気持ちが吹っ切れた気がした。

こうやって外に出たり、誰かと会ったりするって、やっぱり大事だ。

珈琲をショートにしたことだけは、ちょっと後悔したけど、いい朝だ、と思った。


土曜日の朝、またスタバで次に彼女と会う時は、珈琲をロング、あ、トールにしようかな。

その時はいつも通り、二女のことを笑って話せる私でありますように。







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