
夫婦のバレンタイン
今はどうだか知らないけれど
私が学生のころのバレンタインといえば
女子が男子にチョコをあげる日であった。
私の住まう地域では「友チョコ」とかいう
生ぬるいものはあんまり浸透していなくて
チョコを渡す=愛の告白と同義。即ちガチ。
(うーむ、本命チョコを渡されてしまったら
俺はいったいどうしたらいいのだ…)
来るはずの無い本命チョコを微笑で受け取る
シミュレーションを何百回繰り返したことか。
放課後には幾度となく校内を徘徊したことか。
もちろん顔面はいつもよりキリッとしている。
「次郎、おまえ何睨みながら歩いてるんだ?」
同級生が怪訝な顔で私を心配してくれた言葉は
脳裏に強く焼き付いている。がびーん、である。
当時の私は「睨み顔=カッコイイ!」と本気で
思い込んでいたのである。多分漫画の読みすぎ。
ちょっと想像して頂きたい。
中学校の長い廊下を、おうおうとメンチを切り
ねっとりと徘徊するイモくさい男子生徒の姿を。
どこに出しても恥ずかしすぎる馬鹿野郎。
なんちゃってヤンキーここにありである。
そりゃあチョコなんて貰えるはずがない。
バレンタインなんてなくなってしまえい。
今ここにタイムマシンがあったなら
当時の私を全力で説教してやりたい。
ドラえもんはどこに行けば会えるの。
・・・
時は進み現代、2025年。
つくづく結婚して良かったと思う日の一つが
バレンタインである。
なにしろ、チョコの幻影に怯えなくて良いのだ。
かつてこんなに晴れやかな日があっただろうか。
いやない。
目覚めはパッチリ。珈琲もウマい。ルンルンだ。
愛しの嫁様と出会ってからは
毎年のバレンタインがハッピーデイに様変わり。
普段は食べれない高級チョコを選んだり
自宅で嫁様謹製手作りチョコを賜ったり
ああ、チョコって美味しいのだな
と心の底から味わうことができた気がする。
バレンタインサイコー。チョコおいちい。
「んで、お返しは何くれるのかな」
そうだった、そうだった。
この世界は、受けた恩は返さねばならない。
貰ったチョコも返さなければ成り立たない。
それが「聖バレンタインシステム」であり
この世の理。
夫婦におけるバレンタインとは
夫婦の愛情・絆を視認できる格好の機会と
言い換えても決して過言ではないのである。
試されるのだ、夫婦力が。
獲得するのだ、真実の愛を。
解き放つのだ、預金通帳を。
ハッピーラッピーウレピー状態から脱した私は
迫りくるホワイトデーに思いを馳せるのだった。