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安易に「結論」から学ばない。

効率よく学ぼうとする場合、先人の「結果」や「結論」を重視しがち。

とかく、哲学においても名言等があるのだけど、

そのアウトプットからの学びだけでは不毛な議論に陥る。

たとえば、有名な「我思う、ゆえに我あり」って、

で?

ってなるのだけど、これも結論だけでは思うように響かない。

デカルトの方法序説は内容全体と時代背景を考慮し、

どうして「我思う、ゆえに我あり」に至ったか、の

プロセスを学ぶ必要があって、

「すべての存在が確かなモノだと断定できないのだけど、ここにすべてを疑っている私の精神だけは疑えない」

っていうのは、すべてを”ゼロベースで考えよう”の意で、

当時の宗教思想(真理は神か?)を問題提起したこと。

このゼロベースのプロセスは、前例、慣習、文化、常識など、

現在の至るところで考えてみる余地がありそう。

相手が人である以上、本来の目的、欲望はどこにあるのか、

テクニカルな部分だけでは想像しえないことも多い。

他人の成功本やビジネス本の類を読んでる若い人みて

その本より「隣の人のことを考えること」大事だよー。

と、心の中でつぶやいてみたわけです。

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