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トリリンガルの私が高校生までにしていて良かったこと・悪かったこと

こんにちは。英中日話者で、翻訳者のかくてるです。
日本語は母国語、幼い頃から日本に生まれ育ち、幼少期は少しだけ中国語環境にいました。
英語は中学生になって学校で習ったのがスタートです。
資格を取り、翻訳学校を修了しました。
今では3か国語ともビジネスレベル、中国の企業と契約し翻訳の仕事をしています。
(フリーランス翻訳者)

そんな私は環境+勉強の二つの条件が揃っていたので、英才教育にも近かったのかもしれません。
そんな私がトリリンガルになった記録をご紹介したいと思います。
そして、結果的に何がよかったか、悪かったか、どうすればよかったかについて分析したいと思います。
また、バイリンガル教育に対する個人的な意見なども書いていきたいと思います。

これはあくまで私の実体験です。

小学校1年生 中国語を始める

友人に中国人がいて、その子と喋るためにNHK中国語講座を購読しました。
沢山CDを聞いて、書いたこともない漢字を書き、発音してみる。
やっていたのはいわゆる文法演習みたいな感じです。
そんなことを続けて4年、その子と中国語だけで文通できるまでにはなっていました。
レベル的にはおそらくHSK4級レベル、中検3級レベルくらいだったと思います
でもスピーキングはそんなにできなかったかも。
その友人と疎遠になったことで、中国語からは一旦は慣れることとなりました。

中学1年生 英語を始める

中学1年、私立中学に通っていた時に英語の授業で初めて英語を勉強しました。
その時は全くできなかった……。クラスで一番できなかったと思います。
英語が大嫌いでした。
でも漢字は凄く好きでした。

中学2年生 英語に目覚める

中2で塾に行き始めたことをきっかけに、英語を集中して勉強し始めました。
中2の2学期に英検準2級を取ったことを覚えています。
その時は都立国際高校という、英語に特化したような学校を目指していたため、英語を頑張っていました。
中2時点で塾の勉強はレベルが合わなくて、英検準1級レベルの過去問を解いたり、センター試験の過去問を解いたりしていましたね。
定期テスト、模試、高校入試過去問などの英語はほぼ満点でした。

合わなかった高校の英語

高校はMarch系列に進学しました。
(記録によると入試は英語満点とれてたはずです)
その学校の英語教育は、英英辞書で意味を調べさせるスタイルで、すごく疲れました。
しかも先生も英語が上手じゃない……。
アメリカから留学生もよく来てたんですが会話が成立してないレベルでした。
だから高校では苦痛でしかたがなかった。
それを機に段々と英語から離れ始めました。
ああ……ここで辞めていなければ今はもっと英語が上手だったはずですね(泣)

その後大人になり英中再開・思い出し期間

中国語はオンラインで会話をしたり、HSKを取得したり、翻訳学校に通いました。

英語はオンラインレッスンのみです。(DMM、ネイティブキャンプ)
もともとかなりできていたので、思い出すことにつとめました。

高校までにしていてよかったこと

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