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社員戦隊ホウセキ V/第141話;この記憶は永遠に消えない


 六月九日の水曜日の午後十二時半頃、職場で午後の業務に当たっていた十縷とおるは、恐ろしい話を聞いた。

 光里ひかり和都かずと伊禰いねの三人が救急搬送されたという話を。

 居ても立っても居られなくなった十縷は寿得じゅえる神社の離れに駆け込んだ。

 そこに居た時雨しぐれとリヨモから、十縷は詳細な話を聞いた。



「皆さんがそんなに苦しんだのに、僕だけ戦わずに…」

 自分だけが出撃せず、光里たちが重傷を負った。この事実を受けて、十縷の中に罪悪感が湧いてくる。これに時雨はどう返答すべきか悩んでいたが、リヨモは即答した。

「ジュールさんは悪くありません。悪いのはザイガです。あ奴は悪魔。ワタクシの大切な方を全て奪おうとする…」

 リヨモは湯の沸くような音を立てながら言った。同時に雨のような音も響かせていた。リヨモが怒りの矛先をザイガに向けるのは当然だった。

 リヨモの言葉を聞いていると、十縷も同じ気持ちになってくる。

「僕が悪くないかどうかは別として、リヨモ姫の言っていることは正しい。確かに、ザイガは外道だ。恋人が酷い目にあったから何だ? だからって、光里ちゃんやワットさんを傷めつけたことを正当化できるのか?」

 ザイガの過去を知り、その境遇を自分と重ね合わせて一度は同情した十縷。しかし仲間が傷めつけられた今、そんな気持ちは消え失せ、代わりに沸々と怒りが沸いてくる。いや、もはやそれは怒りというレベルを超えていたのだろう。

「あのクズ野郎…! 絶対にぶっ殺す!」

 十縷は目を剥き、歯軋りしながら強く拳を握った。それこそ、時雨とリヨモに不安感を煽る程度には。そして次の瞬間、その不安感は的中した。

「ぐあっ…! 何だ、これ……!?」

 いきなり十縷の体に、橙色の電光が走った。これはスタンガンのような効果があり、十縷は怯んでその場に崩れた。何が起きたのかを考えるより先に、時雨とリヨモは十縷に寄り添った。その後だった。十縷に起きた現象が何なのかを理解したのは。

『北野。今、寿得神社のイマージュエルが反応したみたいだが、ニクシムではなさそうなんだ。そっちに何か異常はあるか?』

 時雨のブレスに、愛作あいさくから通信が入った。時雨はこれで、十縷に何が起きたのかを理解した。そして、少々沈んだ表情になって返答した。

「もしかしたら、ジュールに反応したのかもしれません。今、ジュールも寿得神社に来ていまして、戦いについて話していたところです」

 時雨の喋り方はいつもと異なり、奥歯に物でも挟まったかのような、切れが悪いものだった。十縷の体に橙色の電光が走ったなどとは言えなかった。それはリヨモも同じだ。

『そうか…。ところで、神明しんめい伊勢いせの意識が戻った。伊勢は左手も今のところは骨や神経に異常は見つかっていないらしいが、商売道具だから念の為明日も検査するらしい。祐徳ゆうとくは入院無しだ。本人は明日出勤するとか言ってる。俺は明日も休めって言ってるんだが、聞く気がなくてな…。そんな感じだ』

 愛作が光里たちの報告をして、話題を逸らしたのは意図的かもしれない。決して悪くはない内容の報告に、一先ず時雨たちは安堵した。

 しかし、その件とこの件は結局のところ別件。この重い雰囲気を解消するには至らなかった。

(ジュールの怒りが憎心力になった。新杜あらとのイマージュエルがそれに反応して、ジュールを拒絶した…)

 十縷に走った電光は何か? 何故そんな現象が起きたのか? 時雨もリヨモも完全に理解していた。無論、当事者の十縷も。言葉を失っている時雨と、雨のような音を大きくするリヨモ。
 この状況に、十縷は乾いた笑いを漏らすしかなかった。

「やっぱり僕は不適格か…。赤のイマージュエルは人選を間違えたんですね」

 十縷は苦笑いに混ぜてそう言うと、静かに立ち上がった。そして、そのままこの場を発とうとする。時雨とリヨモは反射的に十縷を追い、引き止めた。

「自己否定はおめください。ザイガに怒りを覚えているのは、ワタクシや時雨さんも同じです」

「その通りだ。怒ってるのは、俺たちも同じだ。それに、他人の為に本気で怒ったり悲しんだりできるのが、お前の長所だろうが。それを否定するな」

 リヨモと時雨は、十縷を慰めようと必死に声を掛ける。彼らの気持ちは、十縷にしっかり伝わっていた。しかし、今の十縷には響かない。薄っぺらい言葉にしか聞こえない。

「かもしれませんね。でも、隊長と姫は拒絶されないじゃないですか。光里ちゃんやワットさんや祐徳ゆうとく先生も…。僕だけなんですよね…」

 十縷はそう漏らした。「違うよ!」と言って貰いたくて、自虐的な発言をした訳ではない。自分に突き付けられた現実を、淡々と述べただけだ。
 そして、こう言われると時雨もリヨモも返す言葉が無い。

 二人が沈むと、十縷は寿得神社の離れを後にする。時雨とリヨモは、その背を見送るしかできなかった。

「どうしてですか? 大切な者たちが苦しめられたり、傷つけられたりして、それに怒ることの何がいけないのですか?」

 リヨモの体からは雨のような音が激しく鳴り響く。それを聞いていると、時雨の気持ちは更に沈む。

(他人の為に本気になれる…。そんなジュールが不適格なのか!? 心の奥底に憎しみがあるから? しかし、あいつはニクシムとは違うだろ!!)

 心の中で時雨は叫んだ。しかしこの声は十縷に届かず、この問題の解決策ももたらさない。この現状が悔しく、時雨に歯軋りをさせた。


 十縷は寿得神社の敷地を出て、会社に戻ろうとしていた。その道筋に、彼は思っていた。

(さっきもそうだ。引手ひきてリゾートのことを思い出した。関係ないのに…。あいつらへの憎しみが消えない)

 嫌なことがあると、脳が勝手に嫌なこと繋がりで無理やり引手リゾートの記憶を引き出してくる。そして、それが憎しみに直結する。十縷は自分の精神構造を、何となく理解していた。かと言って、対処法は解らない。と言うか、それが解ったら誰も苦労しない。

苛怨かえん戦士せんしになった時、引手リゾートの社長親子を殺してたら…。いや、あいつらを殺してても、変わらなかっただろうな。この記憶は永遠に消えない…)

 これは想像だが、何故か十縷は自信を持ってそう言える気がしていた。何があっても、この憎しみは消えないと。そして、ザイガの精神も自分と似た状態なのだろうと。

(僕はザイガと大差ないのかもな…。光里ちゃんたちとは違うらしい)

 そんなことを思っていると、中二の時に自分を助けた少女の言葉が甦ってくる。

「感謝と称する上辺だけの薄っぺらい言動などいらん。救われたことがそんなに嬉しいなら、次はお前が他の誰かに同じことをしろ」

  

 十縷の口からは乾いた笑いが漏れた。

(誰かを救うなんて、やっぱり僕には無理だった。イマージュエルに選ばれたのは、何かの間違いだったんだよ)

 そんなことを思いながら歩いているうちに、十縷は本社ビルに到着していた。


 十縷が時雨たちから話を聞いていた少し前、黒のイマージュエルは小惑星・ニクシムを目指して帰還する最中だった。

「しっかりしろ、氷結ひょうけつゾウオ。死ぬな…」

 未だ回復しない氷結ゾウオを、ゲジョーが必死に気遣う。ザイガは彼らの方を見ず、戦いを振り返っていた。

「自分の仲間には気を遣って。貴方、マ・スラオンの首を壊した時もそうだったけど…。ゲジョーがどんな顔してるか、一瞬でも見た?」

  

 光里には、本当に痛い所を突かれた。

(口では綺麗事を並べながら、その実は役人を人として見ず、使い捨ての道具のように扱っていた我が愚兄、悪王・スラオン…。あ奴のようにだけはならんと、心に誓っていたのに…。ふざけるな)

 ザイガの中に怒りが込み上げてきて、その怒りは更に別の言葉を思い出させる。

「だけどさ、復讐は違うよ。貴方のお父さんが間違ってなかったことを認めて、皆で支える。それが大切なんじゃない? 貴方たち家族は、それができてた筈じゃん!? だから間違えないでよ!!」

  

 これは苛怨戦士と化した十縷に対して、光里が訴えた言葉だ。思えば、これが初めてザイガの琴線に触れた光里の言葉だった。

(憎しみの奇人に対して、綺麗事の奇人とでもいったところか? 緑の戦士、腹立たしくも不気味な奴だ…)

 ザイガは敵に与えた損害より、光里に言われたことの方が気になっていた。

 そんな中、ふと思い出したようにゲジョーの方を振り返ってみた。相変わらず、ゲジョーは懸命に氷結ゾウオを介抱している。服が汚れるのも厭わずに。そのゲジョーに、ザイガは問うた。

「ゲジョーよ。申したくなければ構わんが…。戦いの中で、嫌な記憶を思い出すことはどうしてもあるのか?」

 ザイガの問いは直球だった。意表を突かれて、ゲジョーはかなり驚いていた。しかし、取り繕ってもなんなので素直に答えた。

「全く無い…ということはありません。何か関係があると、勝手に思い出してしまうことはあります…」

 ゲジョーは俯いたまま、奥歯に物が挟まったような喋り方ながら、一応言い切った。しかし言い切ると、ザイガが返すよりも先に頭を低くした。

「申し訳ございません! それは全て、私の弱さです! その弱さを緑の戦士に付け込まれてしまい…。申し訳ございません!」

 ザイガはまだ何も言っていないのに、感情の音も立てていないのに、ゲジョーは先に謝った。ザイガの機嫌を取る為ではない。自分の弱さを敵に利用され、ザイガの足を引っ張ったと本当に思っていたからだ。ゲジョーに謝られると、それまで立っていたザイガはしゃがみ込み、視線の高さをゲジョーに合わせた。

「顔を上げろ。謝るような話ではない」

 音の羅列のような喋り方で、感情の音も一切なく、ザイガはゲジョーに語り掛けた。ゲジョーは言われるまま、涙に濡れた顔を上げる。そのゲジョーに、ザイガは言った。

「記憶は残酷で、なかなか消えぬからな…。仕方がない。その点では私も同じだ。何かとあの悪王のことが思い出されて、やり場の無い怒りに襲われる…。マダム・モンスターですら同じだ」

 ザイガがゲジョーに掛けたのは、慰めの言葉だった。ゲジョーは微動だりせず、ザイガの話に耳を傾ける。そんなゲジョーの脳裏に刷り込むように、ザイガは言った。

「しかし、それを弱さではなく強さに変えられるかが重要な点だ。マダム・モンスターが度々、『その憎しみで救え』と話しておるだろう? そういうことだ」

 ザイガの説明でゲジョーが何を理解したのかは不明だ。しかし、ゲジョーは真っ直ぐと前を見据えて、しっかりとザイガの言葉に頷いていた。

(私を導いてくださるのは、やはりこの方々だ。神明しんめい光里ひかりではない! 見失うな! 自分がどうして、この方々と共に居たいと考えるようになったのか!)

 ゲジョーは、改めてザイガやマダムへの敬意を思い出し、それを乗り越える力に変えようとしていた。辛い記憶を乗り越える力に。


次回へ続く!

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