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社員戦隊ホウセキ V・第2部/第1話;悩み、怒り、疑問

 六月の頭は慌ただしかった。

 十縷とおるが操られて苛怨かえん戦士せんしと化した。光里ひかりたちの奮闘で十縷は元に戻ったが、この一件で十縷は社員戦隊を降りてしまい…。

 しかし、光里や和都をはじめとする周囲の激励で十縷は意欲を取り戻し、ホウセキレッドとして復活した。
 そして新たな力・ゴージャスチェンジャーを創り出し、ホウセキレッド・ゴージャスとなって、ホウセキブラックに完勝し、氷結ひょうけつゾウオをも撃破した。


 氷結ゾウオが撃破した日から二日後、六月十二日の土曜日。光里は短距離走部の練習に参加した。

 既知の事実だが、新杜あらと宝飾ほうしょくの短距離走部は趣味のサークルで、光里以外には運動不足の解消が目的の社員が二人所属しているだけだ。しかも一人は副社長の社林こそばやし千秋ちあき。もう一人は営業部の掛鈴かけすずれいという、和都と同期入社の営業部の社員だ。

 千秋は光里が来てからはコーチ的なポジションに落ち着くようになった。もう一人の選手に当たる掛鈴は走力が光里のそれに遠く及ばないことは勿論、「今日は仕事が辛かった」という理由で休むことが多い。

 この日も光里と千秋の二人だけが、佐々木公園に姿を見せた。

「11秒22! 調子良いわね! 新しいフォーム、馴染んで来たみたいね!」

 光里がタイムを出したタイムに、千秋が歓喜する。この声に、光里も表情を和ませる。練習中は、まあまあ良い時間が続いていた。


 午前中の練習で、給水の為の休憩が入る。ベンチでスポーツドリンクを飲む光里に副社長が歩み寄り、話を掛けてきた。

「調子が良いわね。戦いの影響が無いみたいで、本当に良かったわ」

 切り出しこそ普通だったが、今日の話は随分と重いものに変化していった。

「最近、エロ助が拉致られたり、あんたとメガネ君が入院したり、ヤバいことが多かったからさ。何とか、みんな無事に戻って来たけど、本当に怖いわ。特にエロ助が拉致されたって聞いた時は、背筋が凍った。あのままあの子が戻って来なかったら、あの子の親御さんになんて言えばいいのかって…」

 戦いに関与することは少なくても、愛作あいさくから戦いの話を聞くことが多い千秋。社員を戦わせることに対して、彼女なりに思うことはあるらしい。話している千秋の表情が明確に曇っていたので、光里はフォローしようとした。

「確かに最近、戦いが激しくなって危ない場面も増えてきましたけど…。だけど、それを解かって社員戦隊の仕事受けてますから。みんな、それは同じ筈ですし。ですから、そんなに心配しないでください」

 この手の話はリヨモで慣れている光里は、同じ調子で千秋を励まそうとした。しかし、リヨモと千秋は違う。

「私、大学二年の息子が居るけど、あの子が誰かを助ける為に命を落としても、全然喜べない。他人なんかどうでも良いから、自分が生きて欲しいとしか思えない。だけどさ、他所よそん家の子には、その全然喜べないことをさせてるんだよね。それが凄く嫌でさ…」

 まず千秋が語ったのは、親としての心境。これはリヨモにはない視点だ。
 光里は返す言葉が見つからず、口を噤んでしまう。そして、千秋は続ける。

「遣り甲斐搾取するような企業の経営者は最悪だって軽蔑してたけど、今は自分がそれになってる。本当に最悪…」

 年齢や立場の差が、千秋とリヨモの見解の差に繋がっている。それは理解できるが、それでも光里には適切な返答が解からない。
 いや。もしかしたら、聞き役に徹するのが正解だったのかもしれない。

「ジュエランドと関わって来たのは新杜あらと家だから、本当は新杜家だけで何とかしたかった。でも、五色のイマージュエルは私たちを選ばなかった。こんな身勝手な奴らだから、選ばれなかったんだろうね。私らは、被害者に支援金出すくらいしかできない…」

 自嘲気味に言った千秋。おそらく、愛作あいさくも同じような気持ちなのだろうか? 話を聞いていて、光里はそう思った。

「心配して貰えるだけで、私たちは充分です。リヨモちゃんにも同じこと言ったんですけど、私たちは自分の意志で戦ってるから、巻き込んだとは思わないでください」

 取り敢えず、リヨモにしたのと似たような話で宥めようとした光里。おそらく、この話で千秋のモヤモヤが解消されることはないし、光里もそう予想していた。それでも、自分の気持ちは伝えておくべきという信念で、光里はこの話をした。
 千秋は、この手の話が逆に光里たちの重圧になると理解していたので、この辺りで話を止めた。

 暫し、二人の間に沈黙が訪れる。

(どうしよう? 『リヨモちゃんと話があった!』的な嘘でこの場から離れる? トイレの方がベター? でも、そういうのって感じ悪いよね…)

 この場を離れるという手が光里の頭の中にチラついたが、すぐに思い直した。かくして場の雰囲気を変えるため、光里は話題を変えることにした。

「そう言えば掛鈴さん、土曜日なのに営業回りなんですか?」

 これで、話題が営業関連にシフトすることを光里は期待していた。しかし、実際には光里の思惑とは随分と異なる展開になった。掛鈴の名が出た時点で千秋の顔が引き攣り、光里はその瞬間に失敗したと気付いた。しかし、その時にはもう遅かった。

「あのバカ? 昨日、怒鳴ってやったから。暫く気まずくて来れないんじゃない?」

 千秋が不快感を露わにした。その反応に怯えつつも、光里は「何があったんですか?」と聞いた。千秋は不快感に任せて語り始めた。

熱田あつたエロ助といい、掛鈴かけすず君といい、葦田あしだ君といい…。エモい奴だらけよね!!」

 怒りの話を纏めると……。

 昨日、六月十一日の金曜日、昼休憩の時だった。
 千秋がたまたま本社ビル二階の休憩所を訪れたら、そこに掛鈴ともう一人営業部の社員・葦田が居た。二人は掛鈴のスマホの画像に釘付けになっていた。
 二人が見ているものに最初は興味が無かった千秋。しかしその画像が偶然目に入ってしまい、千秋は激怒した。

「何、見てんの!! 光里を何だと思ってるの!?」

 氷結ゾウオとの戦闘で光里ことホウセキグリーンはスーツを損傷し、素顔や肌を露出した。
 戦いの映像は、下条しもじょうクシミことゲジョーによってアナタクダに投稿された。すると数時間後、一部の者たちが、今にも乳が零れそうな左の脇や、破れたスーツから覗く太腿を極端にアップした画像をSNSに上げたようだ。

 掛鈴と葦田が見ていたのがまさにその画像で、これが千秋の逆鱗に触れたのだった。

  

「そんな画像が出回ってるんですね。掛鈴さん、そんなの見てたんだ…。確かにそれがバレちゃったら、私に会うのは気まずいかな…」

 話を聞いた光里は、掛鈴に対して独特な呆れを抱いていた。そして、千秋の怒りは収まらない。

「最悪よ、あいつらは。光里たちが命がけで戦ってるのに、自分たちは光里のおっぱいや太腿を見て楽しむなんて。どうせ、熱田エロ助も同じサイト見てるんでしょうけど、腹が立ってしょうがないわ」

 今回、光里は被害者の立場なのだが、千秋の怒りが激しいからか、逆に落ち着いていた。
    だから、まず千秋の誤解を指摘してから、気になったことについて訊ねた。

「その画像、ジュールは見ませんよ。あいつ、たまたまスカート捲れたり胸が見えたりしたら喜ぶだけで、積極的に見る趣味は無いですから。それより、画像はSNSで拡散してるんですよね? 私、ヘルメットが壊れて顔が見えてたから…」

 そう、最も気にしなければならないのは後半の点だ。
 あの時、光里は素顔を晒した状態で暫く戦っていた。ただでさえ、巷では『ピカピカ軍団は新杜宝飾だ』などと噂されているので、この画像でその噂が事実だと証明されてしまうのではないか?
 しかし、千秋はすぐに首を横に振った。

「バカはおっぱいと太腿しか興味が無いみたいで、大体のSNSの画像は首から下しか見えてなかったわ。念の為、下条クシミが投降した元の動画も見たけど、何故か顔の周りだけ解像度が悪くて解らなかった。前に北野君のヘルメットが壊れた時も、後ろ姿の映像ばっかりで顔は見えなかったんだけどね。前回も今回も、顔はバレてないみたい」

 それを聞いて、光里は一先ず胸を撫で下ろした。しかし、同時に疑問も抱いた。

(陸上選手の神明光里はピカピカ軍団だ! みたいな話が出回ったら、どうしようかと思ったけど、大丈夫そうだね。顔だけよく見えないって、もしかしてゲジョーが画像処理してくれてるの? でも、どうして?)

 しかし、これは考えても真相が解かる話ではない。だから光里は考えるのをめた。今のところは自分の正体が割れていないことに、ただ安堵するだけにしておいた。


 六月十二日の土曜日。光里と千秋が短距離走部の練習に励んでいた頃である。
 愚かな画像を鑑賞して千秋に叱られた掛鈴は、十縷の駆るサイドカーの側車に乗せて貰い、何処かを目指していた。
 勿論、急いで佐々木公園に向かっている訳ではない。

「最近、葦田さんが営業成績で悩んでるから、元気になって貰おうと思ったんだけど…。神明さんに失礼だって、副社長の話は正しいけど…」

 掛鈴は溜息をきっ放しで、言葉が出れば後悔の言葉ばかり。この調子だから、隣で運転する十縷も気が重くなる。

「落ち込むのはめましょう! その為に、今から植埜うえののイベントに行くんでしょう!」

 信号で止まる都度、十縷はこうして掛鈴を励まさなければならず、そのせいで自分も溜息を吐きたくなっていた。

(一部分だけ切り取ると、最悪野郎に思えちゃうからねぇ…。運が悪いと言うか…)

 光里のエロ画像を見ていた掛鈴に対して、十縷は何故か同情的だ。この話の裏には、複雑な事情がありそうだった。


次回へ続く!


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