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社員戦隊ホウセキ V 第2部/第27話;涙は怒りに変わる
前回
六月二十六日の土曜日。
武家屋敷の波間離宮にスケイリーが出現した。
たまたま最音子と共に、波間離宮を訪れていた和都は、単独だがホウセキイエローに変身してスケイリーに挑んだ。しかし力量の差があり過ぎて、イエローはスケイリーに殆ど太刀打ちできない。
スケイリーは新たな武器である鉄刀木身無の毒針を使った。この針で右足を貫かれたイエローは、変身が解けて倒れ伏した。
「ワットさん! しっかりして、お願い!」
この様に最音子は血相を変え、気付いたら走り出していた。海水を引き込んだ池に掛けられた、小さな眼鏡橋を渡り、倒れ伏した和都の元まで駆け寄った。
最音子は和都の右足に突き刺さった毒針を引き抜き、彼の顔を覗き込みながら必死に呼び掛ける。眼鏡の無い和都の顔は既に蒼褪めていて、息も弱くなっていた。
「待ってよ…。死なないで! お願い!」
必死に呼び掛ける最音子。しかし和都には反応する力すら残っていない。この状況に、最音子の目には自ずと涙が浮かんできた。
最音子は和都のことで頭が一杯になっていて、自分が如何に危険な場所へ飛び込んだのかを忘れていた。
「こりゃ良いな! 願ってもねぇ鴨が来やがった!」
ここにはスケイリーが居る。最音子の涙に反応したのだろうか? スケイリーは笑いながら、ゆったりとした足取りで近づいて来た。倒れた和都に寄り添う最音子の方に。
最音子はしゃがんだ体勢のまま、スケイリーの方を振り返った。
「お願い、もう止めて…。これ以上、誰も苦しめないで!」
最音子は逃げず、スケイリーに呼び掛けた。その脳裏には、一月の大会の光景が浮かんでいた。光里が走る筈だった、無人の第五レーンが。
そんな最音子の苦痛をスケイリーは知覚しているが、共感する気は皆無だ。彼の使命は、星を牛耳る者たちをこのように苦しめることなのだから。
「お前、良いな。もっと苦しめ。ニクシム神の為に」
そう呟きながら、スケイリーは杖の装具を輪宝貝に戻した。物理的な苦痛で、最音子を傷めつけるつもりだ。その意志は最音子も理解していたが、彼女は逃げずにスケイリーを見据えていた。
(何してんだ、最音子さん。逃げろって言っただろ!)
和都は苦痛の中で辛うじて意識を保ち、状況の理解だけはしていた。しかし、体が動かないし声すら出ない。そしてどういう訳か、最音子は逃げようとしない。そんな最音子に、スケイリーは無情にも杖を振り上げる。
このままでは…と思われたまさにその時だった。
「モネ! ワットさん!!」
最音子と和都にとって、聞き慣れた女声が聞こえてきた。と思ったらその次の瞬間、緑の光か風がスケイリーと最音子の間に割って入って来た。速過ぎて、最音子はそれが何なのかを視認できなかった。緑の光か風が現れると同時に、スケイリーは輪宝貝を装着した杖を振り下ろしたが、それが最音子を殴ることはなかった。
「ホウセキディフェンダー!!」
最音子とスケイリーの間に、ブリリアントカットのダイヤモンドのような無色透明の像が投影され、スケイリーの打突はこれに当たって止められた。この時、ようやく最音子は唐突に現れた存在が何なのかを認識した。
「光里…なの?」
それはホウセキグリーンだった。ようやく現着したグリーンは、持ち前の俊足で最音子とスケイリーの間に割って入り、ホウセキディフェンダーでスケイリーの攻撃から最音子と和都を守ったのだ。
「ちっ…。まあいい。お前を叩きのめせば良いだけだ!」
最音子への攻撃を妨害されたが、スケイリーはすぐ思考を切り替えて標的をグリーンに変更する。しかし、この場にやって来たのはグリーンだけではなかった。
「オウラムショット!」
男声と共に、赤い光球が飛んできた。グリーンがやって来たのと同じ方向から。その光球は速さこそ遅めだが、スケイリーの眼前まで迫るとそこで一気に光量を倍増させた。スケイリーの方のみに光を集中させる形で。堅牢なスケイリーでも、この攻撃は防ぎようが無い。たじろぎ、動きを止めざるを得なかった。
「マゼンタ、今のうちにイエローの救護を! レッドはマゼンタの補助。グリーンは俺に加勢しろ!」
光球の方向とは別の方向から男声が聞こえて来た。声の主はホウセキブルーだ。彼は仲間たちに指示を出しつつ、自身はスケイリーに突撃する。
目が眩んでいたスケイリーは何の抵抗もできず、突撃してきたブルーと真正面に居たグリーンに組み付かれ、そのまま池の畔まで運ばれて水の中に突き落とされた。スケイリーを池に落とすと、二人はすぐガンモードのホウセキアタッカーを手にする。
「ポリアフショット!」
ブルーの銃からは青の、グリーンの銃からは緑の光の粒子が無数に放たれた。雪の結晶のような形をした光の粒子を。これによって、池はスケイリーが落ちた場所のみ瞬時に凍結し、スケイリーは動きを封じられた。
「まずはこの場から離れますわよ。さあ、貴方も!」
その間に、マゼンタとレッドは和都と最音子に対処する。先にオウラムショットを撃ったレッドは、マゼンタと共に和都の体を担ぎ上げる。そしてマゼンタは、茫然としている最音子に呼び掛ける。
まだ最音子は呆然としていたが、そんな彼女の手をグリーンが掴んだ。
「ほら、行くよ!」
グリーンは最音子の手を引き、この場から逃げるよう促す。まだ最音子は気が動転していて、グリーンに引かれるまま走るだけだ。その傍ら、マゼンタとレッドは和都を担ぎながらグリーンと同じ方向に進む。その後ろでは、銃を手にしたままのブルーがスケイリーを沈めた池の方を警戒しつつ共に逃げる。
かくして駆け付けた四人は、息の合った連携でこの場から和都と最音子を救出した。
「スケイリー将軍! 大丈夫ですか!?」
池に落とされ、氷の中に閉じ込められたスケイリーを案じて、ゲジョーが橋の上を駆けてくるが、着物姿なので足はかなり遅かった。
ゲジョーが丁度橋を渡り切ると、その時を待っていたかのように池の水面が激震し、スケイリーを封じ込めていた氷は池の底から衝撃を受けたかのように砕け散った。
「何の、これしき。ところであいつら、少しはできるようになったな」
スケイリーの力で氷が砕かれたことは言うまでもない。スケイリーはゆったりとした足取りで、岸に上がった。
ずぶ濡れのスケイリーに、着物姿のゲジョーが駆け寄る。
「流石です、スケイリー将軍。ところでシャイン戦隊はどうされますか? 奴らが逃げた方向は判りますが」
このゲジョーの問を待っていたかのように、スケイリーは思わせぶりに語った。
「深追いはしねえ。それより、ちょっと面白ぇことを思い付いた。どうだ? マダムもどう思うよ?」
そう言って、スケイリーは自分の額を指した。ゲジョーはこれで彼の作戦に気付き、「流石です」と感心した。そして、彼女のスマホからはマダムの返答も来る。
『新たなる力を、そのような形で試すのじゃな。面白い。スケイリーよ! 地球のシャイン戦隊を倒すのじゃあっ!』
マダムはいつも通り、威勢の良い金切り声でゴーサインを出した。これを受けて、スケイリーは歩き出す。ゲジョーは、その姿をスマホで撮影するのだった。
和都と最音子を連れ、スケイリーの前から撤退したレッドたち四人は、駐車場に待たせているキャンピングカーに駆け込んだ。和都は居室のベッドに寝かされ、最音子は車体前方の助手席に座らされた。
優先されたのは、毒針を打ち込まれた和都の治療だ。マゼンタはグロブリングの光を和都に照射して毒を除去した後、ヒーリングの光も照射した。それからグリーンを助手に傷に対する簡単な処置も行った。
マゼンタは一度だけ和都の元を離れ、素手で毒針を触った最音子にもフィブリングの光を照射した。尤も、最音子が受けた毒は微量だったらしく、凝集した光は指一本で弾ける程度の大きさでしかなかったが。
「暫く、ここに居てください。外は危険ですから」
マゼンタが和都の対応に戻った後、ブルーが最音子に近付いて来た。彼は紙コップに入れた水を最音子に差し出した。
最音子は簡素な礼を述べてこれを受け取ったが、すぐ飲む気にはなれなかった。代わりに、ドアの窓からふと車外を見る。そこには、追手に備えて外で見張りを続けるレッドの姿があった。その姿を見て、最音子は思っていた。
(黄色はワットさんだった。なら、赤はジュール君なのかな? いや、それ以上に確実なのは、緑…)
最音子はそう思うと、居室の方に目を向け直した。そして立ち上がり、居室の方に歩いて行く。その時、マゼンタとグリーンは治療を一段落していたから、最音子は話し掛けた。
「さっきは迷惑したね。お蔭で助かった」
後ろからグリーンの肩に手を伸ばし、救われた礼を述べた最音子。言われたグリーンは少し驚いた様子で、どもりながら「いや、当然ですから……」と漏らす。そんな対応をするグリーンに、最音子は溜息を混ぜながら訴えた。
「下手な芝居は止めて! 光里なんでしょう? 本当のこと言ってよ!」
この最音子の声は、キャンピングカーの中の空気を一時的に硬直させた。車内だけではない。車外にも響き、見張りをしていたレッドも思わず反応した。少し言い出したら、最音子の口からは堰を切ったかのように言葉が溢れて来た。
「って言うか、他の人も全員、新杜の社員なんでしょう? もういいじゃん。隠さなくたって。バレてるんだから!」
横たわる和都を指しながら、最音子は涙ながら叫ぶ。尤も彼女は、社員戦隊の正体を突き止めたい訳ではない。最も言いたかったことは…。
「どうしてこんな危険なことやらされてるの? 警察でも軍隊でもないのに! 光里は大会を欠場させられた! ワットさんなんか、殺されそうになった! どうしてなの? どうして貴方たちなの!?」
公安職ではない一般人が、戦いに駆り出されている。約束を犠牲にしたり、命を危険に晒したりしながら。このことに、最音子は不条理を覚えずにはいられないのだ。
光里がピカピカ軍団なのでは? と疑い始めた時からその気持ちはあったが、和都が殺されてかけた現場に立ち会った今、その気持ちは爆発した。
最音子の声は車内で大きく反響し、車外にも響いた。未だ変身を解かないグリーンたち三人、横たえたままの和都、そして外で見張りを続けるレッド。全員の胸に最音子の言葉が突き刺さった。しかし、どう返すべきか解らない。暫く、車内は静寂に包まれた。
次回へ続く!
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