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社員戦隊ホウセキ V/第146話;その力じゃない!

前回


 六月十日木曜日の朝である。
 津木路つきじでは、氷結ひょうけつゾウオがレッドを氷漬けにして拘束した。田間たまの貯水池では、氷結ヅメガがハバタキングに対して優位に戦いを進めている。
 ニクシムの本拠地たる小惑星で、この状況が喜ばれていない筈が無かった。

「今回は勝ちか? 少なくとも、赤の戦士は終わったな。氷結ゾウオも将軍になるのか?」

 少し悔しそうだが、妬んでる様子は見受けられないスケイリー。勝利を好意的に受け入れているようだった。

「ニクシム神にも力が順調に届いておる。これでシャイン戦隊を壊滅させられたら、地球は確実に救済できるな」

 自分たちの背後で激しくなるニクシム神の光を見て、マダムは深く頷いた。しかし、やはりマダムは安心し切ってはいない。

「しかし苛怨かえん戦士せんしの時もそうじゃったが…。最後の最後まで、気が抜けん。地球のシャイン戦隊には底力があるようじゃからな」

 勝利を目前にしながら逆転された。苛怨戦士を十縷に戻された件を、意外にもマダムが最も気にしているようだ。
 勿論、ザイガもそれを念頭に置いている。

「確かに。緑の戦士と黄の戦士の姿が見えませんが、奴らが加勢して来たらどうなるかは判りませんからね。特に緑の戦士は」

 ザイガは光里や和都を警戒しており、かつ心配するだけでなく具体的な対策も考えていた。

「私も現地に行こうと思います。ただ勝つだけでは面白くありませんし。マダム・モンスター。黒のイマージュエルを送って頂けますか?」

 地球へ出撃したいと、ザイガは進言した。
 咄嗟にスケイリーから出た「出たがるねぇ」という言葉は聞き流され、マダムは二つ返事でザイガの申し出を受け入れ、ザイガはニクシム神の祭壇のある部屋から黒のイマージュエルが静置された部屋へと移動した。

 その頃、ニクシム神の前に設けられた銅鏡には、氷結ゾウオが人々を襲う様子が映し出されていた。


 津木路の市場は、凍結した地面の上を上手く歩けない人々が、次々と氷結ゾウオに襲われていた。急所でない部位を鉈で斬られ、凍った地の上に転がって苦しむ。氷結ゾウオは放漫な動きで次の標的を見定め、次々に襲う。氷漬けにされたレッドは、それを見ているしかできない。

(どうすればいい? この氷はピジョンブラッドの水でも融かせない。この氷を何とかしないと、誰も助けられないぞ!)

 ホウセキスーツのお蔭で低温に対する苦しみが軽減され、意識を保っていたレッド。かと言って、全身を氷に覆われて全く動けない。意識がある分、目の前の光景がはっきりと認識できるので、余計に辛かった。
 そんな彼の脳裏に、唐突に一つのアイデアが浮かんだ。選択肢としては、余り好ましくないものが…。

憎心力ぞうしんりょくなら…。想造力そうぞうりょくよりも強い憎心力なら、この氷を吹っ飛ばせるか? 丁度、赤のイマージュエルも近くにあるから、新杜あらとのイマージュエルに憎心力が拒絶されることもない。だったら…)

 レッド=十縷は認識していた。以前、ザイガが創った檻を破壊したが、あれは無意識で発動した自身の憎心力だと。

 あの威力なら、この氷の拘束も振り解けるのでは?

 この危機的状況下を切り抜ける手段として、この選択肢を思い浮かべてしまった。何事も無ければ、次の瞬間には自ら思い直し、この選択肢を否定していただろう。

 しかし…。
 何事も無ければという展開は、そうそう無かった。

「俺は、あんたらに楯突いていたことはない。あんたらに楯突くのは、ピカピカ軍団ぐらいだろう!? 殺るなら、あいつらだけにしてくれ!!」

 氷結ゾウオに追い詰められた一人の太った男性が、命惜しさにそんなことを口走っていた。氷に囚われて動けないレッドを刺しながら。レッドは動けないが、その声はしっきり聞き取れた。

(は? あの人、何を言ってるんだ?)

 自分が助かる為なら、他人を犠牲にすることを厭わない。十縷、と言うかいうか社員戦隊には無い発想だった。だから最初、十縷は自分の耳を疑った。

「待て、氷結ゾウオ。私に考えがある」

 氷結ゾウオは、命乞いをした男を構わず斬ろうとしたが、その瞬間に音の羅列のような男声が一帯に響き渡り、同時に空に蜘蛛の巣状の皹が入り、ガラスのように砕けながら黒い透明な石でできた巨大な直方体が現れた。
 ザイガを乗せた黒のイマージュエルである。ザイガの声に、氷結ゾウオは動きを止めた。

 黒のイマージュエルは木漏れ日のような光を照射し、既にブラックに変身していたザイガを氷結ゾウオの近くに降ろした。現れたブラックは、ウラームの鉈を一振り、手にしている。

「自分は私たちの味方。だから殺すな。そう申したいのか?」

 命乞いをした男性に、ブラックはそう問い掛けた。男性は座り込んだ体勢でブラックを見上げ、静かに頷いた。するとブラックは鈴のような音を鳴らす。

「ならば、それを証明してみろ。ピカピカ軍団を殺したら、認めてやる」

 ブラックはそう言うと、手にした鉈を男性の前に放った。男性は慄きながらも鉈に手を伸ばし、掴んだ。そしてゆっくりと立ち上がり、滑らないように気を付けながらレッドに迫る。
 この様にブラックは激しく鈴のような音を鳴らし、氷結ゾウオは高笑いした。

「流石はザイガ将軍! 素晴らしい発想ですね!!」

 氷結ゾウオはブラックを称える。ブラックは静かに頷いた。

(赤の戦士にはこれが有効だ。己が守っている者の下劣さを噛み締めろ。そして、憎しみを解き放て)

 ブラックの狙いは勿論、レッドを怒らせることだった。レッドが憎心力を発動したら、彼は氷の拘束から逃れるかもしれない。しかし怒りの勢いでレッドがこの男性を傷つけたら、今度こそレッドは…。

 ブラックは目先の勝利よりも、その先の展開を優位にすることを考えていた。そして、レッドもブラックの企みを理解していた。

(ザイガめ。僕を怒らせて、また苛怨戦士にでもするつもりか?)

 相手は自分に憎心力を発動させたい。それは明らかだし、意のままになって堪るかという意思もある。しかし残念ながら、レッドがザイガの魂胆に抗うのは難しそうだった。

「お前ら、人を守るのが仕事なんだろう? なら俺がお前を殺して、それで俺が見逃して貰えるんだったら、本望だよな? それも人助けだよな?」

 男性はレッドに迫りながら、そんなことを呟いていた。レッドの耳はこの言葉を確かに受け取っていた。

(こいつ、正気か? 自分が助かるなら、何したって平気なのか?)

 ブラックに唆され、レッドを殺そうと迫る男性。そんな彼に全く怒りを抱かずにいる…というのはレッドには難しかった。

『このような者を何人も見て来たであろう? 引手ひきてリゾートの社長親子、長割おさわり肝司きもし、そして我が愚兄、悪王マ・スラオン…。何があっても己を正当化し、意に沿わない者は徹底的に排除する。それが奴らの共通点だ』

 十縷の脳裏にザイガの言葉が響いてきた。十縷の潜在意識がザイガの姿を借りて語っているのか? それとも、ザイガがテレパシーを送っているのか? それを特定する暇すら与えず、ザイガの声は響き続けた。

『他人など、ただ使うだけ。使い捨ての駒だ。己の偽善を満たす為に、守るという体裁を取る場合もあるな。何にせよ、そこに敬意や尊重は無い。好ましくない者は除き、搾取する者からは搾取する。所詮、そんな奴らばかりよ』

 ザイガの声を受けて、十縷は思い出す。

 幻影の中で見た、オ・ヨ・タエネを排除したマ・スラオン。
 時雨しぐれに不当な言い掛かりをつけていた長割肝司。
 そして、自分の父に悪者の烙印を捺した引手リゾートの社長親子。

 彼らの影が自分に迫る男性と重なり、レッド中で憎しみが高まりつつあった。

「そうだよな。そんな奴ばっかかもな…」

 そう呟いたレッド。

 ブレスからは愛作あいさくやリヨモの声が聞こえてきた。

『落ち着け、熱田あつた! 相手の思う壺だ!』

『ジュールさん。憎しみに負けないでください』

 ブレスがレッドの小さな声を拾ったのか? 或いは、寿得じゅえる神社のイマージュエルがレッドの憎心力の上昇を感知したのか? どちらにせよ、愛作とリヨモはレッドを宥めようとしていた。

 しかしそんな二人の願いは虚しく、愚かな男性は着実にレッドに近づく。氷結ゾウオは笑い、ブラックは鈴のような音を鳴らす。このままでは…。

 そう思われたその時だった。

「ジュール、違う! その力じゃない!!」

 F1カーのようなエンジン音と共に、聞き慣れた女性の声が一帯に響いた。気付けば、大きな緑の影が何処からか猛スピードで走って来て、この場に駆けつけた。
 慌ててブラックと氷結ゾウオが振り向くと、巨大なF1カー型のヒスイがドリフトしながら二人の前で停車するのが見えた。ホウセキグリーンがこの場に駆けつけたのだ。

「マミィショット!」

 一同がこの展開に驚くより先にグリーンは動く。ヒスイから飛び出すと同時にガンモードのホウセキアタッカーの引き金を引き、緑色に輝く光の帯をブラックと氷結ゾウオに撃った。光の帯はブラックと氷結ゾウオに巻き付き、胴体と両腕の自由を拘束した。
 動きを封じた二人の間を、グリーンは持ち前の俊足で駆け抜ける。彼女が目指していたのはブラックでも氷結ゾウオでもなく、レッドに迫る男性だった。

「口車に乗らないで! そんなことしても、後悔するだけだよ!」

 グリーンは男性の元まで到達するや、その手から鉈を奪った。そして男性とレッドの間に立つ形になると、メット越しに鋭い視線を男性に突き刺す。それまで意気揚々とレッドに迫っていた男性は、打って変わって竦み上がる。

「いや、違う! 俺は感謝してる! 俺たちを守ってくれるあんたたちに、心から感謝してるんだぁぁぁぁっ!」

 男性はそう叫びながら、グリーンに背を向けてその場から走り去った。どういう訳か、凍結した地面を苦にせず、かなりの速足で駆けていったので不思議だった。
 男性が走り去ると、グリーンはレッドの方を振り向いた。そして動けない彼に語り掛ける。

「隊長とお姐さんの方には、ワットさんが向かったよ。だから、もう大丈夫。私たちが逆転するから」

 その間に、ブラックと氷結ゾウオは憎心力で体から空振くうしんのような衝撃波を放ち、自分の体に巻き付いた光の帯を引きちぎっていた。

 氷結ゾウオは怒りのままに吼え、ブラックは湯の沸くような音を立てる。
 二対一で、二人とも強敵。グリーンの不利は、火を見るよりも明らかだ。しかし、グリーンの心に恐れは微塵も無かった。

(氷が融けて始めてる。時間は掛かっても、ジュールは必ず氷から逃れられる!)

 氷漬けにされたピジョンブラッドに、グリーンは目をやった。梯子の先から噴出した水は依然として凍ったままだが、少しずつ融けて滴を垂らしていた。気温は相変わらず低いままだが、敵の猛威に屈してる訳ではなさそうだった。
 この事実が、グリーンに勇気を与えたのだ。

「その氷が何とかできたら、私と一緒に戦って。お願い」

 グリーンはレッドにそう言うと、ホウセキアタッカーをソードモードに変形させた。ブラックと氷結ゾウオに挑むべく。


次回へ続く!


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