社員戦隊ホウセキ V/第147話;苦戦と可能性と進歩と
前回
六月十日の木曜日、十縷は再びホウセキレッドとして戦う決意を固め、津木路に現れた氷結ゾウオから人々を守るべく出撃したが、相手の術中に嵌り、氷漬けにされてしまった。
戦場にザイガも姿を見せ、十縷を再び苛怨戦士にしようと、彼の憎しみを刺激したが…。
入院していた筈の光里=ホウセキグリーンが、レッドの窮地に駆けつけた。
(氷が融けて始めてる。時間は掛かっても、ジュールは氷から逃れられる!)
氷結ゾウオの力で凍ってしまったピジョンブラッドの水が、少しずつ融けつつある。その様子を確認して、グリーンは深く頷いた。そして背中を向けたまま、動けないレッドに語る。
「あんたには、憎心力なんか要らないよ。だって、想造力が強いんだから。それから、私もワットさんもお姐さんも隊長も…。リヨモちゃんも社長も…。あんたには仲間が沢山いる。忘れないで!」
グリーンはそう言うと、ザイガと氷結ゾウオに向かっていった。
ザイガはダマスカス鋼のような刀、氷結ゾウオはウラームと同じ鉈を手にグリーンを迎え撃つ。
「この死に損ないめ! 今度こそ息の根を止めてやるわ!」
「緑の戦士、お主ほど腹立たしい者もおらん。この場をお主の墓にしてくれる」
氷結ゾウオとザイガは怒りを露わに向かって来る。グリーンは持ち前の俊敏な動きで対抗。二対一の激しい剣戟が展開された。
レッドは氷漬けのまま、この光景をしっかりと眺めていた。
(光里ちゃんが来てくれた。ワットさんも隊長たちを助けに行った。確かに、僕には仲間が居る。助けてくれる人たちが、ちゃんと居るんだ…)
電撃登場から自分を窮地から救ったグリーンの姿に、レッドは心を揺さぶられていた。そして、その気持ちはこんな記憶を呼び覚ます。
昨日、筋肉屋の大将に掛けられた言葉だ。この言葉は今の状況によく当てはまる。レッドは動けないが、心の中で大いに頷いていた。
(みんなが居てくれる。みんなが支えてくれる。だから、僕は道を間違えない! 僕もみんなを大切にする!!)
レッドの心の中には、確かな輝きが生じ始めていた。
グリーンが津木路に駆けつけた頃だった。田間でも展開の変化があったのは。
「ブゥオォォォッ!!」
氷結ヅメガが凍った湖面に手を押し付けると巨大な霜柱が生じ、それは次の瞬間にはロケットのように空へと飛び出した。勿論、空中のハバタキングを狙って。ハバタキングはこれを避けようとするが、霜柱のロケットは軌道を変えて追尾してくる。
「追ってくるのなら、壊すまでですわね!」
マゼンタの意志を受け、ハバタキングは作戦を変更。逃げるのを止め、身を翻すことで眼前に迫って来た霜柱のロケットを避け、その際に左から回し蹴りを繰り出した。霜柱のロケットは空中で破壊される。しかし、この攻撃は氷結ヅメガの本命では無かった。
「ブゥオォォォッ!!」
ハバタキングが霜柱のロケットを避けながら左の回し蹴りを繰り出した瞬間、地上の氷結ヅメガはその大きな口から冷凍液を吐いた。液は大きな数個の粒となり、ハバタキングを狙って飛んでいく。霜柱のロケットに気を取られていたマゼンタとブルーが、すぐさまこれに対応するのはかなり難しかった。
「いかん! やられた…!」
冷凍液の粒はハバタキングのプロペラを三つとも氷漬けにした。かくしてハバタキングは飛べなくなり、落下する。落ちた先は凍った湖面で、ハバタキングは表層の氷を砕いて、下の水に沈む形となった。
氷結ヅメガは追撃として、もう一発冷凍液を吐く。これはハバタキングが湖面に開けた穴を捉え、ハバタキングは下半身を沈めた形で凍った湖面に固定されてしまった。
「万事休す…でしょうか?」
この局面で、マゼンタが柄にも無く弱気な発言をする。対して氷結ヅメガは、余裕の足取りで動けぬハバタキングに近付く。
しかしブルーは希望を捨てていなかった…のではなく、その鋭い感覚で味方の来訪を察知していた。
「いや、何とかなりそうだ」
ブルーがそう言った次の瞬間だった。ゆっくりと迫っていた氷結ヅメガが、いきなりその足を止めさせられた。
後ろを見ると、黄の宝石で創られたような巨大なショベルカーが、搭載したグラップルで背後から氷結ヅメガの後ろ脚を掴み、動きを封じていたのだ。
「ワット君! 来てくださったのですわね!!」
言うまでもなく、このショベルカーはトパーズだ。イエローの登場に、マゼンタは歓喜の声を上げた。その声援が力になったのか、トパーズは車体上部を豪快に旋回させ、捕らえた氷結ヅメガをそのまま後方に投げ捨てた。
「遅くなりました。それより任務中は色で呼びましょう、マゼンタ」
氷結ヅメガを投げた後、イエローの操るトパーズはハバタキングに近付き、ショベルアームで凍ったハバタキングを捕らえる氷を叩き割った。
「呼び名はどうでも良い。三人であの憎悪獣を倒すぞ、マゼンタ! イエロー!」
ハバタキングは自由を取り戻し、再び宙に舞い上がった。
その間に氷結ヅメガも体勢を立て直し、怒りの咆哮を上げる。ホウセキV側もブルーが三人を鼓舞するように吼え、マゼンタとイエローがそれに答える。
跳躍した氷結ヅメガにトパーズは突進し、ハバタキングは飛翔して、それぞれ向かっていった。
グリーンとイエローの参戦で、津木路も田間も戦況が変わった。
寿得神社の愛作とリヨモ、ビルの屋上でドローンを操作するゲジョー、小惑星のマダムとスケイリー。
それぞれの場所で、戦況を見守る者たちも目つきが変わる。
ゲジョーのタブレット端末には津木路と田間、二つの映像が表示されているが、ゲジョーは主に津木路の方に目を向けていた。
「動きが速くて、生命力が高い。ゴキブリ女だな、お前は」
グリーンの戦いを見ながら呟いたゲジョーの顔は、何故かとても穏やかだった。
津木路では、グリーンが氷結ゾウオとブラックを相手にする構図で戦いが続いていた。短剣のホウセキアタッカーを振るい、持ち前の俊敏な動きを活かすグリーンは、二対一と不利な状況だが健闘していた。
(氷が融けつつある。緑の戦士が来てからか? 少し厄介だな)
戦闘の最中、ブラックも気付いた。
凍結したピジョンブラッドの水が少しずつ融けて、水滴を地面に滴らせていることに。路面などは凍結したままなので、氷結ゾウオが弱体化している訳ではなさそうだ。
(赤の戦士が復活して、加勢されたら厄介だな)
ブラックはその可能性に一抹の不安を覚えた。
そんなブラックとは対照的に、氷結ゾウオは目の前のグリーンを倒すことしか考えていない。初戦でホウセキャノンを破った技を発動するべく、胸の前に凍気を集めて氷塊を創っていた。グリーンが速いのでチャージには時間を掛けられず、氷塊がバスケットボール大になったところで射出の動作に移った。
仲間のその動作を見て、ブラックは思った。
(緑の戦士なら、避けてすぐ反撃に転じるだろう。この攻撃は不毛だ。奴が避けずに、受けるとすれば…。これだ)
ブラックは周囲を見渡し、閃くや否やすぐに動いた。氷結ゾウオに迫り、横から彼女の肩を押したのだ。氷塊を撃とうとしていた氷結ゾウオは堪らずよろめき、体勢を崩す。氷結ゾウオの手から発射された氷塊は、本来の目標とは異なる方向に飛んでいった。
氷塊に対して身構えたグリーンはブラックの意図が読めず、半ば拍子抜けする。しかし氷塊が向かっていく方向に気付いたら、すぐ目の色が変わった。
「そんな…! 危ない!!」
氷塊が向かう先には、何人もの怪我人が凍結した地面に横たわっていた。氷結ゾウオに襲われた者たちだ。
このままでは、彼らに氷塊が当たる…!
それに気付いたグリーンは、持ち前の俊足で怪我人たちと氷塊の中間点に移動してホウセキディフェンダーを発動した。氷塊はホウセキディフェンダーに当たっても砕けず、ジリジリと前に進む。グリーンは渾身の力で踏ん張り、何とか氷塊を減速させる。
グリーンが自ら氷塊を受けに行ったことに、ブラックは鈴のような音を鳴らした。
「緑の戦士よ。ここまで思った通りに動いてくれるとは、愉快極まりない」
ブラックはグリーンの左側へと走って移動しながら、大筒型の長い銃を召還した。そして、その銃口をグリーンに向ける。
この時、グリーンはブラックの狙いを全て理解した。
(ヤバイ。撃たれる…。だけど、ホウセキディフェンダーを解いて逃げたら、後ろの人たちが氷でやられる!)
ブラックの銃撃を回避するには、ホウセキディフェンダーを解いて避けるしかない。しかし、自分の背後には、動けない怪我人たちがいる。ホウセキディフェンダーを解いたら、自分が止めている氷塊が怪我人たちを襲う。
相手の意図が理解できても、対処のしようがない。そんなグリーンに、ブラックは非情にも大筒の引金を引いた。
「食らえ、緑の戦士」
大きな銃口から黒紫の光弾が放たれ、グリーンに向かって飛んでいく。グリーンは被弾するしかなかった。かくしてグリーンは氷塊と共に爆炎に包まれ、吹っ飛ばされる。氷塊も四散した。
『神明! 死ぬな!!』
レッドとグリーンのブレスから、愛作の悲痛な叫びと、リヨモが鳴らす鉄を叩くような音と降りしきる雨のような音が、盛大に響き渡る。
爆発で生じた煙は、すぐに晴れた。かくして、まだ生きているグリーンの姿が確認されたが、受けた損害は甚大だった。メットを割られて素顔を晒していた。スーツも左肩、スカートの左側とその下の左太腿の部分を破られ、素肌が多分に覗いていた。
「関係ない人を狙うなんて…。卑怯だよ! 王家の誇りとか、無い訳?」
何とか上体を起こし、横座りの体勢まで持ち直したグリーン。ブラックのやり口を批難するが、当人は全く堪えない。
「簡単に殺したら詰まらんから、弾の威力は抑えた。お主にはこの上ない苦痛を与え、その悲鳴をニクシム神に捧げさせる。氷結ゾウオ、やれ」
グリーンに一泡吹かせてご満悦と言わんばかりに、ブラックは鈴のような音を鳴らしていた。ブラックの指示を受け、氷結ゾウオは高笑いする。
「流石はザイガ将軍、素晴らしい作戦です! さあ、緑の戦士よ! 苦しめ!」
氷結ゾウオは叫びながら、大きく開いた両腕を速い動きで胸の前で交差させた。すると、ブラックの銃撃で砕けた氷塊の破片が、凄い速さでグリーンの元に転がっていく。まるで、見えない手でかき集められるように。
その氷はグリーンの足に纏わりついて固まった。かくしてグリーンは氷によって、横座りのまま路面に固定されてしまった。
(捕まった! これは本気でヤバいかも…!)
この事態にグリーンは焦る。対する氷結ゾウオはウラームの鉈を手に、悠々と歩きながら迫って来る。ブラックはその光景を眺めて、鈴のような音を鳴らし続ける。
『ザイガよ。其方は何処まで落ちぶれる気だ?』
グリーンのブレスを介して、リヨモが湯の沸くような音と共にブラックへの批判を送るが、それは何の抑止力にもならない。
(このままじゃ光里ちゃんが…。速くなんとかしないと!!)
グリーンの苦戦を前に、レッドは気が逸る。しかし、氷漬けにされて動きを封じられている今、何かしら手を出すことはできない。
(ザイガめ。相変わらず、卑怯な作戦ばっか考えて…! あのゾウオも愉しそうに…!)
勿論、レッドの心には、ザイガの卑劣な発想や、それを称賛する氷結ゾウオに対する怒りも生じていた。
しかし今の彼は、怒りが暴発することはなかった。
(落ち着け! 怒るな! 憎心力じゃない。想造力で何とかするんだ)
怒りが暴発しないのは、先程グリーンに言われたことを意識しているからだ。
昨日までなら、引手リゾートの記憶がフラッシュバックしていた。しかし今の十縷は、光里と共に窮地から脱する方法だけを考えることができるようになっていた。
次回へ続く!