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社員戦隊ホウセキ V第2部/第18話;恋の予感…ではない!
前回
六月十九日の土曜日。
十縷たちは寿得神社の杜の一角にあるプールに集い、リヨモとのレクリエーションに興じていた。
そんな中、和都のスマホにSNSの通知が入った。最音子からのDMだった。
「薬師寺最音子です。昨日の合コンではお世話になりました。こんな素敵なピアスの作者さんとお会いできて、本当に嬉しかったです。それでいきなりでなんですが、また和都さんに会いたいと思ってます。今度の土曜日、お会いできませんか?」
和都は律儀に文面を読み上げた。こうなると、伊禰が囃し立てる。
「やりましたわね、ワット君⭐️ ジュール君とひかりんに続いて、カップル成立⭐️ もう恋愛ラッシュですわね⭐️」
伊禰は半狂乱になっていたが、和都は至って冷静だった。
「いろいろ違いますよ。まず、ジュールと神明はカップルじゃないです。それに最音子さんだって…。俺とデートしたいんじゃなくて、探りたいだけでしょう。神明が社員戦隊だって事実を」
昨日の最音子の言動、更には彼女を取り巻く背景事情を考えると、和都の推測は的確なのだろう。伊禰は「わかりませんわよ!」と言い返したが、これはスルーされる。
「まあ、下手にボロ出しても何だしな。社員戦隊は機密事項だし。休みは自主トレが優先だから、断っとくか」
和都はそう言いながら、返信の文面を打とうとした。「えー!!」と伊禰が騒ぐが、和都の気持ちは揺るがない。
しかし、ここで時雨が思わぬ発言をした。
「待て。土曜日なら付き合ってやれ。全員集合の訓練がある訳じゃないんだから。即答で断るのは流石に酷い。最音子さんが傷つくだろう」
機密や自主トレよりも最音子の気持ちを尊重するよう、時雨は和都に告げた。時雨に言われると、和都は思わず手を止めてしまう。
「出ましたわね、女誑し。やはりそう来なくては」
伊禰はニヤけて、時雨の背を突く。時雨はクールな表情を装いつつ「止めろ」と言ってはいたが、その内心は定かではなかった。
そんなやり取りをしていると、競泳の勝負を終えた光里がリヨモから話を聞き、全身を濡らしたまま和都に近寄ってきた。
「ワットさん。モネから連絡があったって本当ですか?」
光里は十縷に競泳で勝利したのだが、喜ぶ暇を与えられなかった。今はひたすら、最音子のことが気になって仕方ないようだ。
こうなると、和都は余計にどう返信するべきか悩んでしまう。
「ああ。今度の土曜日に会いたいって。どうしたモンか…」
和都は眉間に皺を寄せて唸る。そんな彼に、光里は言った。
「あの…私が言う立場でも無いかもしれませんけど…。モネに会って欲しいです。あの子、まだモヤモヤしてると思うんです。もしワットさんと話すことで、モヤモヤが無くなるなら、そうして貰いたいって言うか…」
顔を俯き加減にしながら、光里は懇願した。その光里の表情を見ると、ますます和都は困る。そして十秒ほど困った後、彼は決断した。
「どうやら、断ろうとしてるのは俺だけみたいだな。最音子さんからの誘い、受けることにすっか」
和都は確かにそう言った。これを聞いて、光里、そして伊禰が表情を輝かせた。尤も、その表情になった理由はそれぞれ異なるが…。
二人の期待を受け、和都は返信の文面を打った。
「まあ、俺が下手なこと言わなきゃ良いだけだからな。それと、探り目的じゃない可能性もゼロじゃないしな」
決断に至った理由は、非常に和都らしかった。
とにもかくにも、最音子から和都にデートの誘いが来るという怒涛の展開で、ウモスミウ大会は閉幕した。
ところで、最音子からのDMで盛り上がっていた時、十縷は泳ぎ疲れてプールサイドでへたばり、リヨモに介抱されていた。という訳で、少し後になってから、十縷はこの話を知るのだった。
最音子は意を決して和都にDMを送った後、画面が暗転したスマホを暫く呆然と眺めていた。
(お断りかな? そっちの方が楽かも…)
和都に惚れた訳ではない。彼を利用するだけ。このことに対する罪悪感は、最音子の胸中に強くあった。だから、誘いを断られるという結末を少し期待していた。しかし、それと同時に真相を知りたい気持ちも強くあるから、本当に厄介だった。
「まあ、今日中に返事が来ることは無いか」
そう思って最音子はスマホをちゃぶ台の上に置き、ふと立ち上がった。
まさにその瞬間だった。最音子を呼び止めるように、スマホが振動した。最音子は驚き、すぐスマホの方に戻って状況を確認した。
「嘘でしょ! 私とデートするの!?」
スマホの画面を確認して、最音子は驚愕した。スマホが振動したのは、和都から返信があったから。この早さでの返信にも驚きだが、その内容は更に驚くべきものだった。
💬
【伊勢和都です。こちらこそ、昨日はお世話になりました。次の土曜日は予定が空いているので、最音子さんが宜しければ是非ともお会いしたいです。時間帯や待ち合わせ場所などは、最音子さんの都合に合わせますので、お知らせください】
事務的な文面だが、要するデートの誘いを受けるとの内容。最音子は数秒間、我が目を疑う程度には驚愕していた。
(OKサイン貰っちゃった…! どうしよう…。これ、初デートじゃん! これが私の初デートなの!?)
今まで短距離走一筋で、男性との交際に全く興味が無かった最音子。そんな背景もあり、彼女はこの事態に動転していた。最音子はどう行動すれば良いのか全く解らず、暫く部屋の中で機能停止していた。
最音子が平常心を取り戻したのは、和都から返信があってから数時間後のこと。気付けば日は傾き、時刻も午後七時になろうとしていた。
(せめて夕飯は食べないと。それから、電気も付けるか…)
最音子は久々に動き出した。と言っても、夕飯と称してカップ麺を食べただけだ。今の最音子にとっては、日常生活よりも和都とのデートをどうするかの方が重大だった。
「光里に訊く? ジュール君っていう彼氏が居るんだし」
最音子がその発想に至った頃、時刻は午後七時半を過ぎていた。意を決したら最音子は速い。すぐ光里に架電していた。そして光里はすぐ電話に出た。
「光里、突然ごめんね。話すと長くなるんだけど…。実は私、あんたの会社の男との人たちと合コンして、そこで会った人とデートの約束したんだけど…」
最音子はオドオドとした口調で用件を話したが、聞き手の光里は笑っているらしく、スマホからはクスクスと小さな声が漏れてきた。
『あれね…。知ってるよ。あんたがDM送って来た時、私その場に居たから』
この光里の返答に、最音子はぶっ倒れるくらいの衝撃を受けた。余りにも想定外の事態に、またしても最音子は機能停止しそうになったが、ここは光里が上手く話を進めた。
『モネ、意外と積極的なんだね。ビックリしちゃった』
光里はこの状況を愉しんでいるのだろうか? 冷やかすような口振りだった。最音子はこの口調にイラっとしたが、同時に気も解れた。
「面白がらないで。それよりさ、いろいろ訊きたいんだけど…。伊勢和都さんって、どんな人なの? 性格とか趣味とか…」
まずは無難な質問から入った最音子。これには即答で回答が来たが…。
『見た通りだよ。超々々々真面目でストイック。努力家の中の努力家。小曽化浄先生が描かれた【転校生の名は】の主人公の【春日君】がイメージ近いかな。春日君がマッチョになったと思えば良いよ』
光里の回答は参考になるようなならないような、微妙なものだった。
(【転校生の名は】って、昔ちょっと流行った漫画か。主人公の春日君は、とにかく絵が上手くなりたい高校生で、それ以外には興味が無くて不愛想だったけど、転校生の【厳島さん】って女の子が来てから角が取れて…)
小曽化浄の漫画を知っていたので最音子はそこから想像し、和都は予想通りの堅物なのだろうと納得した。そして、次の質問をする。
「デートの場所、私が選んでって言われたんだけど、ちょっと困っててさ。光里はジュール君とデートする時、どういう所に行くの?」
と、ド直球で訊いた最音子。堪らず光里は吹き出した。
『いや…ジュールって彼氏なのかな? でも、デート的なことはしたか? あれはデートになるね…』
十縷との関係を半ば否定しつつ光里が語ったのは、今年の五月五日、光里の誕生日のこと。あの日、光里は十縷と一緒にブラブラと歩き回った。その当時のことを光里は振り返ってみたが、同時に思った。
『あの時は気の向くままに歩き回っただけだから、参考にならないかもね。って言うか、私とジュールがそこまでの関係じゃないから』
これがあのデートに対する光里の感想だ。二人のデートっぽい行動は、ロマンティックとかエモーショナルとか程遠く、光里の想像する理想的なカップルには相応しくないものだった。それでも、光里なりに最音子に参考となる情報は提供した。
『波間離宮とかどうだろう?【転校生の名は】でも、春日君と厳島さんがそこで写生してたじゃん。植物とか海の生物とか』
結局、漫画の内容に落とし込む光里。適当っぽい回答だが、意外にも最音子にとっては貴重な意見となった。
「写生って…。伊勢さんは絵が上手いだろうけど、私は違うからさ。でも、単に見て回るだけだったら問題無いか。波間離宮って、海水を引き込んでる武家屋敷でしょう? 庭の池に海の生き物が居るっていう。花と魚が同時に見れるって、普通に面白いよね。それに伊勢さん、花とか詳しそうだし、いろいろ教えて貰えそう」
急に想像力が豊かになった最音子。和都が花に詳しいなど、想像で語り出した。しかし聞いていて不愉快ではない。光里は楽しくなってきた。
『だよね! って言うか、あのピアスのモデルにした花、何なのか訊いといてよ。私、実は知らなくって…って言うか、花がわからないし』
この調子で光里も想像を巡らせて、楽しみ始めた。この勢いで、光里はこんな情報も提供した。
『あの人、ジュールの先輩だからワットさんって呼ばれてるのね。和都だから。出身地はモネと同じ裏靖だよ。地元トークしても盛り上がるんじゃない』
こんな調子で、二人は恋話に花を咲かせて夜の電話を愉しんだ。
「何年か前にやっておけ」というツッコミは控えておこう。
電話は三十分ほどで終わった。
かくして光里から和都の人となりなどを訊くことに成功した最音子。何故かどっと疲れて、そのままベッドに倒れ込んでしまった。
(電話したなら、直接光里に訊いた方が良かったんじゃない? 『あんた、実はピカピカ軍団の緑なんでしょう?』って。誰かを引き合いにするなんて、やっぱり駄目だよ)
和都をデートに誘ってしまったことを、最音子は依然として後悔していた。かと言って、ここに来て撤回の知らせを送る程の度胸も無い。
「もう、後には退けない。私は悪女になる。伊勢さんを誑かして、光里のことを絶対に聞き出す…!」
最音子はそういう思考に辿り着くしかなかった。勢いよく上体を起こして、決意表明のように独白した。
翌日、最音子は再び和都にDMを送り、波間離宮でのデートを提案するのだった。
社員寮の自室で電話を受けていた光里。電話を終えると、何故か狭いベランダへと出た。
浮かない表情で夜空を見上げる。星たちの光が地上の人工照明に負けていて、黒一色と言って差し支えない空を。
(さっきの電話で言っちゃったら、楽だったんだろうけどね。『ピカピカ軍団が新杜宝飾っていうのは本当で、私もその一員なんだよ』って)
光里の思ったことは、最音子が思ったことと殆ど同じだった。そして、思った通りに行動できない点も、また最音子と同じだった。空を見上げたまま、光里は溜息を吐く。
「バレちゃうのが楽だよね…。都合よくバレないかな? バラしちゃってって、ゲジョーにお願いしようかな?」
最音子に事実を言えず、欺き続けている現状から脱却したい。ずっと光里はそう思っていた。
次回へ続く!
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