前回
六月十八日の金曜日、十縷と和都は、補聴器メーカー・医音堂の女性社員との合コンに参加した。
医音堂の社員の中には、薬師寺最音子という、光里の友人が居た。最音子は光里がピカピカ軍団だと予想しているのか、露骨な質問を十縷に連発してきた。
苦戦する十縷を掛鈴が営業部の話術で助け、その場は何とか凌げたのだが…。
店を出た後、医音堂の一行は駅前のバスターミナルでバスを待っていた。その間、多加と阿芹は楽しそうに今日の合コンを振り返る。
「眼鏡のデザイナーさん、有望かもしれないけど駄目ね。如何にも職人って感じで、人間的に面白味が無さそう。モネちゃんが絡んでた若い方の子は問題外。絶対、出世しないわ。せいぜい、年収五百万止まり。スズちゃんも同じ」
十縷たち三人を採点しているのは多加。取り敢えず、誰も彼女の眼鏡には適わなかったようだ。
「私は眼鏡のデザイナーさん、悪くないなって思ったなぁ。向こうから連絡があったらデートしても良いけど、来週も婚活パーティーがあるからなぁ…」
多加に話を合わせるのは阿芹。こちらはそこまで採点が厳しくは無いが、時間的な余裕が無いらしい。
ところで十縷と掛鈴を苦しめた最音子は、この会話には参加していなかった。いつしかバスが来て、最音子は二人に挨拶をし、一人でこのバスに乗って一足先に帰路に就いた。
(やっぱ簡単には口を割らないか…。だけど、あの感じだとかなり確率高いね。やっぱり、光里なんだ。ピカピカ軍団の緑は)
右前輪の真上に当たる一人席に座った最音子は、バスに揺られながら物思いに浸っていた。
十縷と掛鈴が感じた通り、彼女は光里がピカピカ軍団だと睨んで探りを入れていた。何を隠そう、この新杜宝飾との合コンに参加した理由もその為だ。
しかし、上手く行かなかった。
(次はデートにでも誘って、何とか聞き出す? だけどジュール君は警戒するだろうし、光里に悪いよね。なら、ピアスのデザイナーさんにする? 伊勢和都さんだっけ。いや、あっちの方が難しいね。口を割らないどころか、表情すら変えなさそう…)
夜闇しか見えない車窓を眺めながら考えた後、最音子はふと鞄からスマホを取り出した。その待ち受け画面には、高校生の頃の自分と光里と、他二名の女子が見える。高三の時、インターハイで 4 × 100 mのリレーで優勝した時の記念写真だ。懐かしがっているのか物憂げなのか、複雑な表情で最音子はその画面を見つめる。
(光里…。あんたが居なきゃ、私は腐って落ちぶれてた。あんたは私の支えだった。私も、あんたの力になりたいよ…。困ってたら言ってよ…!)
最音子の脳裏に、数多の記憶が甦ってくる。唇が震え出し、感情がますます複雑に交錯しているようだった。
「本当に不思議。あんなに嫌いだったのに…。今は光里と会えて良かったって、本気で思ってる。だけど変な子。何で私に懐いてきたの? 私の何が気に入ったの? 未だに解んないんだけど…」
短距離走ではついぞ勝てなかった相手。それなのに誰よりも自分を慕った人物。そして、自分を呪縛から解放してくれた人物。
光里は最音子にとって、友人を超えたかけがえの無い存在だ。
先の合コンで、最音子はここまでの話を十縷たちにはしなかった。誰かに話すようなことではない。自分の心の中だけに、大切に保存しているものだった。
次回へ続く!
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