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社員戦隊ホウセキ V・第2部/第11話;音は光より遅かったけど

前回


 六月十八日の金曜日、十縷とおる和都かずとは、補聴器メーカー・医音いおんどうの女性社員との合コンに参加した。

 医音堂の社員の中には、薬師寺やくしじ最音子もねこという、光里ひかりの友人が居た。最音子は光里がピカピカ軍団だと予想しているのか、露骨な質問を十縷に連発してきた。

 苦戦する十縷を掛鈴かけすずが営業部の話術で助け、その場は何とか凌げたのだが…。



 店を出た後、医音堂の一行は駅前のバスターミナルでバスを待っていた。その間、多加たか阿芹あせりは楽しそうに今日の合コンを振り返る。

「眼鏡のデザイナーさん、有望かもしれないけど駄目ね。如何にも職人って感じで、人間的に面白味が無さそう。モネちゃんが絡んでた若い方の子は問題外。絶対、出世しないわ。せいぜい、年収五百万止まり。スズちゃんも同じ」

 十縷たち三人を採点しているのは多加。取り敢えず、誰も彼女の眼鏡には適わなかったようだ。

「私は眼鏡のデザイナーさん、悪くないなって思ったなぁ。向こうから連絡があったらデートしても良いけど、来週も婚活パーティーがあるからなぁ…」

 多加に話を合わせるのは阿芹。こちらはそこまで採点が厳しくは無いが、時間的な余裕が無いらしい。

 ところで十縷と掛鈴を苦しめた最音子は、この会話には参加していなかった。いつしかバスが来て、最音子は二人に挨拶をし、一人でこのバスに乗って一足先に帰路に就いた。

(やっぱ簡単には口を割らないか…。だけど、あの感じだとかなり確率高いね。やっぱり、光里なんだ。ピカピカ軍団の緑は)

 右前輪の真上に当たる一人席に座った最音子は、バスに揺られながら物思いに浸っていた。
 十縷と掛鈴が感じた通り、彼女は光里がピカピカ軍団だと睨んで探りを入れていた。何を隠そう、この新杜あらと宝飾との合コンに参加した理由もその為だ。
 しかし、上手く行かなかった。

(次はデートにでも誘って、何とか聞き出す? だけどジュール君は警戒するだろうし、光里に悪いよね。なら、ピアスのデザイナーさんにする? 伊勢いせ和都かずとさんだっけ。いや、あっちの方が難しいね。口を割らないどころか、表情すら変えなさそう…)

 夜闇しか見えない車窓を眺めながら考えた後、最音子はふと鞄からスマホを取り出した。その待ち受け画面には、高校生の頃の自分と光里と、他二名の女子が見える。高三の時、インターハイで 4 × 100 mのリレーで優勝した時の記念写真だ。懐かしがっているのか物憂げなのか、複雑な表情で最音子はその画面を見つめる。

(光里…。あんたが居なきゃ、私は腐って落ちぶれてた。あんたは私の支えだった。私も、あんたの力になりたいよ…。困ってたら言ってよ…!)

 最音子の脳裏に、数多の記憶が甦ってくる。唇が震え出し、感情がますます複雑に交錯しているようだった。

 実業団に所属する短距離走の選手を両親に持つ最音子は、幼少から両親と同じ道に進むことを義務付けられていた。

「お前は五輪に出場するんだ。まずは中学の大会で全国一位になれ」

 そんな両親の言葉を、最音子は脳裏に刷り込んでいた。直向きに練習し、とにかく速く走ろうとしていた。そして中一の時、晴れて中学校の大会で全国一位になれた。

「全国大会三連覇で中学を卒業しろ。お前は最速、音速なんだ」
 両親に焚き付けられるまま、最音子は頑張った。


 しかし中二の時だった。思わぬ壁にぶち当たった。神明しんめい光里ひかりという存在だ。
 神明光里は島根の離島出身というお上りさんだったが、全国大会に出るやいきなり一位に輝いた。しかも、当時の中学生日本記録を更新するという快挙まで成し遂げて。

 かくして、二年目で両親の掲げた中学三連覇の希望が潰えた最音子。その衝撃は勿論、ふと聞こえてきた光里と引率の体育教師の会話も強烈だった。

「凄いよ、光里さん! やっぱり出て良かった! 中学生の新記録だよ!」

「そうなんでぃ? そんなに凄いんでぃ?」

 大はしゃぎする体育教師に対して、白けている光里。大記録を打ち出したのに、その当人は全く喜んでいなかった。

(私、こんなやる気の無い子に負けたの!?)

 当時、独特な絶望感と怒りに最音子は襲われた。それでも最音子は全国二位だったのだが、その最音子を待っていたのは両親からの罵声だった。

「何を田舎者に負けてるんだ! 恥ずかしいと思わないのか!? それじゃ五輪なんか出られないぞ!!」

 それからまた一年、最音子は必死に走った。次こそは必ず一位を奪還する。それだけを目指して。


 しかし翌年、中学生最後の全国大会で最音子は二位に終わった。一位は中二の時と同じく、光里だった。
 なお中三になった光里は、中二の時とは違う理由で全国大会に出場していた。

「高校から来ちぇくださいってわしゃるなんちぇ、ビックシしちゃ。入試受けなくちぇも、走ぃちぇたら高校行けるなんちぇ」

 光里はスポーツ選手の理想像とは異なり、競技を進学や就職の道具程度にしか捉えていなかった。この考え方に、最音子は猛烈な嫌悪感を抱いた。

(何なの、この子! 推薦目当てでしかないの!? 神様は、何でこんな子に才能を授けたの!? ふざけないでよ!!)


 勿論、最音子の両親はこの結果に対して罵声を浴びせた。

「一位だったのは中一の時だけ。クズだな、お前は! 高校で全国一位になれなかったら、もうお前の人生は終わりだからな!」

 両親に言われたことは、最音子にとっては些細なことでしかなかった。そんなことよりも、神明光里に抱いた屈辱感、そして怒り。これらが最音子の胸中で暴れ回り、最音子はこれを抑えながら残りの中学生活を過ごした。
―――――――――――――――――――――――――
 翌年。最音子はスポーツ特待生として三上みかみ商業高校に進学した。光里も同じ学校に、スポーツ特待生として進級してきた。二人とも親元を離れての進学だったので、二人は同じ寮で三年間過ごすこととなった。

普通ふちゅう科より、職業科の方が就職に有利と思ーちぇさ。いろんな学校の先生が合いに来ちゃけど、商業科があるのここしか無かーちゃんでぃ」

 数多の高校からお声が掛かった光里が三上商業高校を選んだ理由は、最音子からすればふざけたものだった。しかしこんなふざけた人物に、天は走力を授けた。自分では到底及ばない、もの凄い走力を。
 本当に悔しかった。

「薬師寺さんが一緒で良かーちゃ。薬師寺さんが居ちぇくれるから、都会ちょかい生活せいかちゅ頑張れてる。迷惑しちぇます」

 対する光里はKYなのか、最音子にやたら懐いていた。判り辛い方言と偽りの無い眼差しに怒る気力を奪われ、最音子は一度も光里に怒りをぶつけられなかった。

(この子、本当にキツいんだけど…)

 高校三年間は地獄になると思われた。しかし、地獄だったのは一年だけだった。
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 二年生になりたての四月、最音子の抱く光里への感情は全く異なるものに変化した。春休み、生家に帰省した際、両親から言われた言葉が切欠だった。

「神明光里。あの子は日本代表になるな。それに引き換え、お前は…。俺は子育てを失敗した」

「名前が悪かったわね。音じゃ光に追い付けない」

 この手のことは頻繁に言われていたから、傷つきはしなかった。だが、記憶には強く残った。


   そんな状態で最音子は帰省期間を終え、寮に戻った。光里が満面の笑みで出迎えてくれる学校の寮に。

 ある日、最音子は何故か光里にこんな話をした。

「私とあんた、名前の通り光と音だよね。私、中一までは自分の足が速いって思い込んでたけど、実は違った。音は速い方だけど、光に比べたら遥かに遅かった」

 この話をした時、光里は泣きそうな顔になっていた。しかし最音子は構わず続けた。

「子育て失敗したって、お父さんに言われてさ。まあ、両親とも私が五輪に出るのが夢だったのに、私がヘボいから当然だけど…。尤も、あの両親だって実業団の選手にはなれたけど、五輪なんて烏滸がましいレベルだったからね。『鳶が鷹を産む』を期待したんだろうけど、鳶が鳶を産んだだけだった? いや、鳶がウンコしただけだったみたい」

 最音子が笑いながら話していた一方、光里は本気で泣いていた。

めちぇ! どうしてそんなことうの!? おっちょうさんも最音子ちゃんも!」

 標準語を修得しつつあった光里は、泣きながら最音子に訴えた。その勢いに最音子は圧倒され、黙らされた。
     光里は勢いのまま語った。

「最音子ちゃんは優しい子なのに、そでゃちぇ失敗しちゃなんちぇぜぇちゃいにない!」

 光里が自分の何に惹かれているのか、当時の最音子は理解できなかった。今でも解っていないが。それなのに光里は確実に最音子が大好きで、猛烈に慕っていた。

「速さが全部は違う。光と音は別物なんぢゃから。光と音とぢょーちが綺麗かなんちぇ、比べられんじゃん」

 随分と気取った喩え話をした光里。臭い話だが、当時の最音子にはこれが突き刺さった。本当に衝撃的だった。

(何なの、この子? 私に何の良い所があるの? あんたより努力したのに、あんたに勝てない私なんかが…)

 この頃、足の速さにしか人間の価値を見出せなかった最音子は、この言葉に共感できなかった。
 しかし何故だろう? 妙に救われた気がした。
 それまで、記録ばかりを意識して張り詰めていた気持ちも、かなり楽になった。光里への嫌悪感も不思議と消えていた。

 気付けば、光里は最音子にとって最も信頼できる友人となっていた。
 いつしか個人のレースよりも光里と共闘できるリレーの方に力を割くようになり、光里にバトンを繋ぐことに至福の喜びすら抱くようになっていた。
―――――――――――――――――――――――――
 高校を卒業後、光里は新杜宝飾に就職し、最音子はスポーツ推薦で大学に進学した。光里は多数の実業団や大学から声を掛けられていたが、選んだのは趣味のサークルレベルの短距離走部しか持っていない新杜宝飾だった。

「走ってればいいだけの会社じゃなくて、ちゃんと仕事させる会社が良くてさ。だって、すぐ引退することになるじゃん。走るしかできなかったら、生きていけないからさぁ」

 高校進学の時と同じで、光里は走力を就職の道具としか捉えていなかった。そしてスポーツに力を入れていなかった新杜宝飾側も、それなりに知名度があって一部では『可愛い』と評判の光里はイメージキャラクターとしても使えると考え、光里を受け入れることにした。本当に、ふざけた就職だった。

「あんたらしいわ。変に現実的って言うか、打算的って言うか……でも、それじゃなきゃ光里じゃないよね」

 もう最音子も、この姿勢を光里らしさとして受け入れられるようになっていた。



 光里は二十歳になった年、五輪の日本代表に選出された。出場したイルクーツク五輪では、個人こそ海外の選手に及ばず決勝進出がやっとだったものの、リレーでは銅メダル獲得に貢献した。

 対して最音子は、大学生になってから目立つ成績は上げられず、五輪代表どころか卒業後に実業団から声が掛かることも無かった。だから最音子は普通に入社試験を受けて医音堂に入社し、短距離走は大学卒業を期に引退した。

「本当に神明さんとは雲泥の差だな。実業団にすら入れないなんて…。どうして、こんなことになったんだ…!」

 両親は嘆いていたらしいが、最音子は全て聞き流していたし、勿論この現状に嘆きもしなかった。速いだけが全てではない。光里がそう言ってくれたことが、最音子にとって大きかった。本当に最音子は救われた。

   

「本当に不思議。あんなに嫌いだったのに…。今は光里と会えて良かったって、本気で思ってる。だけど変な子。何で私に懐いてきたの? 私の何が気に入ったの? 未だに解んないんだけど…」

 短距離走ではついぞ勝てなかった相手。それなのに誰よりも自分を慕った人物。そして、自分を呪縛から解放してくれた人物。
 光里は最音子にとって、友人を超えたかけがえの無い存在だ。

 先の合コンで、最音子はここまでの話を十縷たちにはしなかった。誰かに話すようなことではない。自分の心の中だけに、大切に保存しているものだった。


次回へ続く!


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