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社員戦隊ホウセキ V第2部/第16話;わだかまりを引きずる

前回


 六月十九日の土曜日。
 この日の午後、十縷とおるたちはリヨモを交えて、寿得じゅえる神社に併設されたプールにて、ジュエランドのスポーツである【ウモスミウ】を開催することにしていた。

 十縷、和都かずと時雨しぐれ、リヨモはプールで光里ひかり伊禰いねを待っている間、約五ヶ月前の話をした。

 光里が欠場した一月の大会の裏事情に関して。その大会は、光里の友人である最音子もねこが、引退試合に選んだ大会だった。


「あの時、光里ちゃんが出なくて残念だとしか思わなかったけど、そんなに大切な試合だったんですね……。念力ゾウオの時、あんなに泣いてた理由がよく解かりました」

 リヨモや和都から殺刃さつじんゾウオが出た時の話を聞いた十縷は、自ずと表情が沈んだ。
    そして納得した。一月の大会を欠場したことをどうして光里がそんなに引きずっていたのか。五月に試合を優先して出撃が遅れた時、どうしてあんなに泣いていたのか。話を聞くと、物凄く納得できた。

「悪い事をされた訳ではないのに、最音子さんとの約束を果たせなかったことを気に病まれて…。そのような方ですから光里ちゃんはイマージュエルに選ばれたのでしょうが、イマージュエルに選ばれなければ、あんな思いはされずに済んだ筈で…」

 リヨモが十縷に同調する形で、当時を思い出して語る。雨の音を鳴らしながら。リヨモの音はBGMに似た効果があり、嫌な具合に他の者も同じ気分にさせる。しかし、今日はレクリエーションの日だ。この雰囲気は相応しくない。

「一先ず、その話題はめましょう。伊禰と神明しんめいがもうすぐ来ます。ウモスミウ大会を始める雰囲気には、相応しくありません」

 そう言ったのは時雨。この言葉で、リヨモが発する感情の音は簡単に変わる。

「そうですね。光里ちゃんと伊禰先生を、楽しい気分で出迎えないといけませんね」

 リヨモの喋り方は音の羅列のようなものだが、体から発する鈴のような音には充分すぎる感情が籠っている。そしてこの音は、他の者たちを笑顔にした。

(隊長、凄いなぁ。強くてイケメンで、話も上手い。完璧超人だよなぁ…)

 リヨモの気分を変え、結果的に場の雰囲気をも変えた時雨。十縷はその姿を、ただ見上げるばかりだった。


 雑談に終わりの雰囲気が見えてきたところで、この場に光里と伊禰が到着した。

「リヨモちゃん、音凄過ぎ。更衣室でも聞こえたし…」

「お待たせしましたわ。姫様、早くも盛り上がっていらっしゃいますわね⭐️」

 二人が現れるや、まずはリヨモが光里の方に駆け寄っていった。この動作と鈴の音が相乗効果で、ますます雰囲気を明るくする。男性三人はリヨモに続いて、光里と伊禰の方に歩み寄って行く。

 かくしてウモスミウ大会は始まるのだが、その前に十縷は思った。

(光里ちゃんも祐徳ゆうとく先生も、ビキニじゃないのか…)

 エモい十縷は光里と伊禰の水着姿を期待していた。できればビキニを観たかった十縷だが、光里はスクール水着のような紺色のワンピース、伊禰は下がスカートになった普通の服に近いタイプの黒いワンピースで、どちらも肌の露出は少なかった。

「ジュールは期待外れみたいな顔しない! 運動競技なんだが、ビキニなんか着る訳ないでしょう。今日は真剣勝負! 遊びじゃないんだよ!」

 光里は十縷の心の中を読んだかのように言った。これはイマージュエルで意思が通じ合っている効果だろうか? 十縷は慌てて否定するが、周囲からは「エモいぞ」と言われてイジられた。いつも通りだ。
 ところで十縷は思った。

(運動競技ね。確かに、光里ちゃんはそうだろうけど、祐徳先生はファッション重視のような…。肌見せが少ないだけだよね)

 そう。光里のスクール水着は「運動競技だから」という言葉にある程度即してはいたが、伊禰の方はヒラヒラし過ぎで、明らかに運動競技に臨むような格好には見えなかった。


 それはさておき、ウモスミウ大会は始まる。一対一の第一試合を三組やり、勝者の三名がバトルロワイアル形式の決勝に進む、というプログラムになっていた。

 予選的な第一試合の組み合わせは、時雨vs和都、リヨモvs伊禰、十縷vs光里という組み合わせになった。

 時雨と和都の勝負は、純粋な腕力に勝る和都が制した。

 リヨモと伊禰の勝負は、リヨモの重さに伊禰が屈し、棒でリヨモの浮き輪を突いた反作用で後退し、転覆してしまうという妙な負け方をした。

 そして十縷と光里の勝負は……。

「ジュールには一番負けたくないって、この話が出た時から思ってた。女子100 m走日本記録保持者の誇りに賭けて、あんたには勝つ!」

 と、妙な意気込みを見せていた光里。要するにノリノリだった。十縷もこれに対抗する。

「僕だって、ジュエリーデザイナーの卵の誇りに賭けて絶対に負けないよ!」

 とよく解らんことを返しつつ、内心では邪なことを考えていた。

(スクール水着も可愛いなぁ。陸上の競技着もヘソ出しだから、ビキニと大差無いもんね。こっちの方が新鮮だなぁ…)

 と、間近で見られる光里の水着姿を堪能していた。先日、エモい欲求を満たす為の鑑賞はめようと誓った彼だが、余り変わっていなかった。

 こんな調子で始まった二人の勝負。相手を転覆させようと、お互い浮き輪の下に棒を差し込もうとする。今はこの勝負で頭がいっぱいの筈なのだが…。
 得てして、関係ない記憶は予告も無く甦ってくるものである。

「あんた、日本で一番足が速い女の人なんだよ! 昔の日本にも、あんたより足の速い女の人は居なかった! もっと自覚してよ! 走れなくなるような大怪我してたら、どうするつもりだったの!?」

   

 どういう訳か、最音子の言葉がいきなり光里の脳裏を過った。どうして思い出したのかは解らない。しかしこうなると、思考も連動してしまう。

(ごめん、最音子。私だって、決勝であんたと一緒に走りたかった。あんたの引退試合を、ちゃんと綺麗な思い出にしたかった…!)

 沸き上がって来るのは自責の念。自ずと光里の表情は険しくなり、涙すら流しそうな気配すら漂わせていた。勿論、周囲の者もこれを覚る。

(どうしたんだ、光里ちゃん? 何で、泣きそうなの?)

 その時、十縷は光里の浮き輪の下に棒を上手く差し込み、そのままひっくり返そうとしていた。光里の異変には気付いたが、急に動作は止められない。

「光里ちゃん、どうされたのでしょう? あのお顔…」

 プールサイドのリヨモもそれに気付き、噛み合わない歯車のような音を立てる。と言うか、視力の低い和都以外は光里の表情に気付いていた。

 そんな疑問の中、光里の浮き輪は転覆し、光里は水没して十縷に敗れた。


 そして、決勝は和都とリヨモと十縷という組み合わせで行われた。一度に三人が競うこの勝負は、リヨモの圧勝で終わった。
   リヨモはウモスミウの経験者という一日の長もあるが、それ以上にジュエランド人と地球人の差が露骨に出た。リヨモは見た目通り石像のように重く、それがこの競技では生きた。地球人がウモスミウでジュエランド人に勝つのは、どうやら相当の難題だったようだ。


「まさかジュールに負けるとは…。暫く凹むなぁ…」

 呟く光里の表情は本当に暗かった。そんなに十縷に負けたのが悔しいのか? という訳ではないことは、全員百も承知だった。

「でしたら、次はビキニで臨みましょう。ビキニ姿で悩殺してしまえば、ジュール君には勝てますわ。いや、時雨君もイケますわね」

 伊禰がこうして、ちょっとズレた励まし方をするのも普段と同じだ。これで時雨が「一緒にするな!」と反応してくれて、伊禰の狙い通りに事は運ぶのだが…。
 それでも光里は愛想笑いをするだけで、心の底からは笑わない。そんな彼女が、みな心配だった。

「光里ちゃん。やはり気になるのですか? 最音子さんのこと…」

 痺れを切らしたのか、リヨモが直球でそう訊ねてきた。思わぬ問い掛けに光里は驚いたが、バレたと覚ると偽装するのはめた。

「そうだね。今朝、掛鈴かけすずさんから話は聞いたから…。ところでリヨモちゃん、凄いね。どうして解ったの?」

 そうリヨモ、と言うか仲間たちに問う光里。「いや、あんたの表情はジュエランド人の音と同じくらい解り易いよ」というツッコミは、誰もが思ったが口には出さなかった。
 それはさきおき、光里は急に遠くを見るように目を細めつつ、プールの縁まで歩いていってそこに座った。そして膝から下を水に浸しつつ、しみじみと語った。

「仲直りはできたんだけどね。最音子も、『こんなことで絶交するなんて嫌』って言ってくれたし。だけどさ…いつまでも引っ掛かるんだよね。私、今でも最音子に嘘を吐き続けてるから…」

 光里の背を見る形の十縷たち五人は、その話を聞いて自ずと表情が沈んだ。

 最音子に真相を話してしまえば、この蟠りは解消できるのかもしれないが、社員戦隊は極秘任務だからこの手は使えない。
 光里の胸中、そして彼女の仲間たちの胸中も、大変に複雑だった。

 最音子が引退の場に選んだ大切な試合を、社員戦隊の任務で欠場してしまった光里。公式には急な負傷が原因ということになっていて、最音子にもそう伝えられていたのだが、それでも暫く二人の関係はギクシャクしたものになっていた。

(どうしよう? 最音子の誕生日、もう来月だよね…。ちゃんと試合に出てれば、心置きなく誕生日祝い兼就職祝いで何かプレゼントできるのに…)

 あれから、余り連絡を取り合わなくなった二人。そんな調子で時が過ぎ、二月の終わり頃になっていた。最音子の誕生日である三月二十一日が迫ってきて、光里はますます苦悩を深めていた。


 しかしいつまでも悩んでいられず、光里は動いた。ある日、いつもならリヨモに会いに行く時間に、男子寮一階の談話室でこの件について相談した。時雨に。

「こういう話は、隊長が一番良いだろうって、お姐さんもリヨモちゃんも副社長も口を揃えて言うので…」

 これが時雨を相談相手に選んだ理由だった。「何でだよ?」と首を傾げる時雨に、光里は自分の胸中を語った。
 最音子に誕生日祝い兼就職祝いに何か渡したい。しかし、先日の欠場があるので気まずい。プレゼントは郵送にするべきか? それとも、手渡しにした方が良いのか? 時雨は状況を知っているので、余り返答には困らなかった。

「気まずいのは解る。しかし手渡しにするべきだと、俺は思う。郵送にしたら、溝が余計に深まるだろう。事実が言えないから辛いが、直接会ってお前の気持ちをしっかりと伝えるべきだ。大事な友達なんだろう?」

 時雨はそう言うだろうと、光里も初めから思っていた。しかし、それでも今の自分には勇気が足りない。そんな気持ちを顕在化させるように光里が眉間に皺を寄せていると、時雨はもう一つ付け加えた。

「お前がこれからも彼女と友達でいたいと思っているのか、そうでないのかが重要だ。これからも友達でいたいと思うなら、蟠りに負けている場合ではない」

 時雨の性格は、伊禰よりは和都に近かった。だから寄り添って励ますのではなく、尻を叩いて促そうとしてきた。

「そうですよね…。郵送なんてよそよそしいことしたら、余計にモヤモヤするだけですもんね。甘ったれてる場合じゃないですよね!」

 光里は自分を奮い立たせるように、時雨の意見に賛同した。しっかりと顔を上げて。その表情が割と凛々しかったので、時雨は安心したように頷いた。

 それから二人の会話は、何を渡すかという方向になった。
 高価過ぎず、かつ洒落た物という条件を光里が提案し、それを受けて時雨が和都作のピアスを勧めた。小さなタンザナイト五つで紺色の花を象ったデザインのピアスを。
 最音子はこの時から既にピアスをしていたので、この商品が候補に挙がるのは自然だった。同じデザインの石違いのピアスが創られ始めていたこともあり、宝石には最音子の誕生石であるアクアマリンの物が勧められた。
 今の最音子が愛用しているピアスは、こうして選ばれたのだった。

   

次回へ続く!


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