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社員戦隊ホウセキ V/第145話;融かせない氷

前回


 六月十日木曜日、前向きな気持ちを取り戻した十縷とおるは平常通り出勤した。

 しかし出社して程なくして、ニクシム出現の一報を聞いた。十縷は思い切って、社長の愛作あいさくに伝えた。ホウセキレッドとして、再び戦うという決意を。自分を支えてくれた者たちに報いる為に。

 この気持ちを受け取った愛作は、預かっていた赤のホウセキブレスを十縷に返した。

 かくして、レッドは氷結ひょうけつゾウオが現れた津木路つきじへ、ブルーとマゼンタはハバタキングで氷結ヅメガが現れた田間たまの貯水池へと、それぞれ向かった。



 十縷は津木路を目指し、サイドカーを駆らせていた。久々にホウセキレッドの姿になり、リヨモの誘導に従って一般道を突き進む。

 氷結ゾウオが現れた市場に近付くと、やがて季節外れの冷気を感じ始めた。

『かなり近いです。ゾウオは外で暴れています』

 冷気を感じたのと同時に、リヨモから警戒を知らせる通信が入る。遠巻きに悲鳴が聞こえてくるので、自ずとメットの下で十縷の顔は引き締まった。

 やがてカーブを曲がり、市場の門をくぐるレッド。そこで彼は、惨状と化した市場を目の当たりにした。

(こいつが今回のゾウオか!? 何て奴だ!!)

 普段は忙しなく行き交っている筈のターレは凍結した地面に固定され、それに乗っていた人々はゾウオの手で、次々と引きずり降ろされていた。彼らは凍り付いた地面を満足に歩けず、ゾウオに鉈で斬られて苦しむ。その様に、レッドは怒りを禁じえなかった。

「いい加減にしろぉぉっ!」

 まだ無傷の人物を狙って歩いていた氷結ゾウオに向かって、レッドはサイドカーで突撃する。
 その咆哮とエンジン音に、氷結ゾウオは反応した。サイドカーが凍結した路面を苦にせず走って来ることよりも、それを駆る人物の方が氷結ゾウオには意外だった。

「あら、赤の戦士。シャイン戦隊を辞めてなかったのね」

 向かって来るレッドを悠然と眺めながら、氷結ゾウオは呟いた。

 その間に、レッドの駆るサイドカーは氷結ゾウオの眼前まで迫る。距離を詰めるとレッドは前輪のみにブレーキを掛けて、ハンドルを右に切った。これで車体は、回転を止めた前輪を中心とする円弧を描くように、時計回りに滑る。氷結ゾウオに側車をぶつけて、攻撃するつもりだった。
 氷結ゾウオは軽く跳躍して、この攻撃を真下にやり過ごし、鮮やかな宙返りを決めて着地した。レッドはサイドカーを降りてガンモードのホウセキアタッカーを構える。両雄はそのまま睨み合った。

「一度はザイガ将軍に共感したと聞いてたんだけど。それでも、私たちの邪魔をするのね。残念だわ」

 余裕を漂わせたまま、レッドを挑発する氷結ゾウオ。レッドも負けじと言い返す。

「確かに、ザイガは可哀想な面もあるけど、だからって全てが正当化される訳じゃない。お前らがそうやって関係ない人たちを苦しめるなら、僕は止める!」

 レッドはそう言うや、左手を上空に伸ばして「ピジョンブラッド」と叫んだ。すると空を割って赤のイマージュエルが出現し、赤い光を放ちながら梯子車に変形する。唐突な宝世機の召還に氷結ゾウオが驚く中、レッドは叫んだ。

「放水だ、ピジョンブラッド! こいつの氷を全部融かせ!!」

 その意図は解り易かった。ピジョンブラッドの水には、ダークネストーンや憎心ぞうしんりょくを打ち消す能力がある。ならば、氷結ゾウオの氷も融ける筈だと。
 彼は氷結ゾウオを攻撃するよりも、凍らされた施設の解放を優先したのだ。

 かくしてピジョンブラッドはレッドの意志を受け、梯子の先から放水を始める。周囲には霧雨が降る形となり、凍結した地面に固定されていたターレたちも解放されるかと思われたが……。

「そんな微温湯ぬるまゆで私の氷が融かせるとでも? 氷の女王を舐めるんじゃないわよ!」

 氷結ゾウオが吼えると、その胸にはまたイマージュエルが出現した。ブリリアントカットを施したダイヤモンドに似た、チェレンコフ光のような妖光を放つイマージュエルが。

 すると上空は一気に黒く厚い雲に覆われ、一帯には吹雪が発生する。気温も急激に降下した。
 そして、ピジョンブラッドの水によって融かされると思われた憎しみの氷だが…。

「ピジョンブラッドの水が効かない!? 凍らされてるだと!?」

 路面を覆っていた氷たちは、融かされなかった。それどころか、逆にピジョンブラッドの水の方が凍り始めた。気付けば水はノズルを出た口から凍ってしまい、ピジョンブラッドはすぐに放水できなくなった。この事態にレッドは驚きを隠せない。
 対する氷結ゾウオは勝利を確信し、高笑いする。

「私を今までのゾウオと同じだと思わないことね。私は氷の女王! 今までのゾウオとは比にならないわよ!!」

 氷結ゾウオがそう叫ぶと手許に多数の氷柱が出現し、それらは氷結ゾウオの吐息でミサイルのように飛ばされる。レッドは咄嗟にホウセキディフェンダーを展開し、これを防御。氷柱たちはホウセキディフェンダーを突破できず、砕けてレッドの周囲に飛び散った。しかし、それは相手の攻撃を防ぎ切ったのとは違った。

「足が凍らされてる!? どういうことだ!?」

 気付けばレッドの足には無数の氷の礫が纏わりついており、完全に自由を奪っていた。砕けた氷柱の破片が集まり、レッドの足を覆っていたのだ。レッドが驚いているうちに、氷結ゾウオが巻き起こす吹雪を受けて氷は成長し、どんどんレッドの体を覆っていく。もうレッドに対処する手は無かった。

熱田あつた! 何とか抜け出せ! 逃げるんだ!!』

『ジュールさん、しっかり。負けないでください』

 ブレスからは愛作やリヨモの声が聞こえてくるが、何の助けにもならない。慌てふためいている間に、レッドは氷の檻の中に閉じ込められていた。

「あははははは! 勇ましく現れたのに、一瞬で負けるなんて! 無様過ぎるわ、赤の戦士! これじゃあニクシムに入っても、役には立てなかったでしょうね! あはははは!」

 吹雪に包まれる市場に、氷結ゾウオの高笑いが轟いた。
 一念発起した十縷の決意も、圧倒的な力の前には無力だったということか。この場には、落胆と絶望感しか漂っていなかった。


 レッドがやられる様を見せつけられ、寿得じゅえる神社の愛作とリヨモは悲嘆に暮れる。

「ブルーとマゼンタはどうなんだ?」

 そう呟いた愛作。リヨモのティアラが投影するもう一方の映像に目をやるが、そちらも余り好ましいものではなかった。

「二人に救援を頼むのは難しいかと…。二人の方も、救援が必要なくらいです」

 リヨモが力なく答える。彼女の言葉通り、ハバタキングは氷結ヅメガを相手に手を焼いていた。

 大口を開けて、そこから氷の礫を無数に吐き出す氷結ヅメガ。ハバタキングは機敏な動きでこれらを避けるが、相手に接近する機会は与えられない。それどころか、少しずつ疲れて動きが鈍くなっているのが現状だ。このまま持久戦に持ち込まれたら、ハバタキングのスタミナが先に切れて、敗北するのは目に見えていた。

(何とかならんのか!? このまま全滅!? そんなこと、あって堪るか!!)

 愛作は心の中で嘆くが、現状は簡単に変わりそうにはなかった。


 ホウセキレッドとして復活した十縷は思い切って氷結ゾウオに挑んだが、然したる戦果は挙げられなかった。彼とは別行動で氷結ヅメガと戦うブルーとマゼンタも、苦戦の真っ只中だ。

 その頃、負傷で戦列を離れていた和都は、丁度退院しようとしていた。

(本当に何事も無くて良かった。社長と姐さんには大感謝だな。大将にも)

 受付で料金を払い、薬を受け取りながら和都かずとはそう思っていた。
 彼がまだ病院に居ることに配慮してか、誰も彼に戦いについての連絡はしていなかった。だから、彼もこの時点ではゾウオや憎悪獣ぞうおじゅうの出現を知らなかったのだが…。

『速報です。田間に巨大生物が出現し、貯水池が氷漬けにされたとの情報が入りました。津木路にも怪生物が出現した模様です。まだ具体的な被害の情報は入っていません。引き続きお知らせします…』

 病院のロビーに設けられたテレビが、緊急速報で怪生物出現を知らせていた。ふと、視界の片隅にそれが見えた和都。この一報を見た彼が、何も思わずにその場を通り過ぎる、などということがある筈が無かった。

「何だと!? もしかして、昨日のゾウオがもう復活したのか? もしかして、今回は憎悪獣も一緒か!?」

 和都は血相を変えると、すぐさまホウセキブレスを使って愛作に通信を入れた。勿論、ロビーのど真ん中でブレスを使った通信をすると目立つので、外に出て物陰に隠れることを忘れていなかった。

伊勢いせです。たった今、退院の手続きをしたところなんですが…。それより、ゾウオが出たって病院のテレビで見たんですけど、どんな状況なんですか?」

 鬼気迫る様子で、和都は愛作に問う。ブレスの向こうの愛作は、この通信を待っていたのか、歓喜に似た溜息をいていた。

『伊勢、待ってたぞ。ゾウオが津木路に、憎悪獣が田間に出現した。昨日出た氷の女王だ。憎悪獣の方には、ブルーとマゼンタがハバタキングで向かった。ゾウオの方には、レッドが一人で向かった。何だけど、どっちも苦戦してる。退院早々に申し訳ないが、可能ならどっちでも良いから救援に向かって欲しい』

 愛作は素直に現状を述べ、無茶を承知で和都に救援を要請した。尤も、この状況で和都に『安静にしていろ』などと言っても、彼がおとなしくしている筈は無いに決まっているが。
 和都は真剣な面持ちで、愛作の話を聞いていた。

「ジュールが復帰したんですね。解りました。それなら、俺が行かない訳には行きませんね。了解です。今すぐ行きます」

 愛作は強調しなかったが、和都は『レッドがゾウオの方に向かった』という情報を聞き逃さなかった。そして、十縷が復活したことに反応し、自分を奮い立たせているようだった。
 和都は通信を一度切ると、気合を入れるように両掌で自分の顔を叩いた。そのまま出動するのかと思われたが、その前に彼はこの人物に通信を入れた。

神明しんめい、聞いてたか? 取り敢えず、ジュールも姐さんも隊長もピンチらしい。俺はもう退院なんだが、お前は行けそうか?」

 和都が通信をした相手は、なんと同じ病院に居る光里ひかりだった。語り口から察するに、光里にも通信を入れて、愛作とのやり取りを聞かせていたらしい。まだ退院には遠い光里だが、この話を聞いた彼女は…。


次回へ続く!


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