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社員戦隊ホウセキ V・第2部/第9話;合コンは金曜日

前回


 六月十七日の木曜日、十縷とおるが制作に移ってから四日が経った。

 仕事の内容は変わったものの、基本的な行動パターンに変化は無い。朝は五時から和都かずとと共に自主トレ、それから朝食を摂って出社。終業後は、和都と共に筋トレに臨み、夕食は筋肉屋で摂る。そんな平穏な日々を、四日間続けていた。

「制作も楽しいですね。『こうやって創ってるのか』って、日々発見があって新鮮です。まだまだ下手ですけど、もっと上手く削ったり磨いたりできるようになりたいって、凄く前向きに思えてますね」

 筋肉屋へ向かう道筋に、十縷は饒舌に語る。異動先で上手くやれている証拠だ。聞き手の和都は、安堵して表情を緩める。

「上手くやってみたいだな。最初、モーメントさんに付くって聞いた時は大丈夫かって心配してたけど、そこも問題無さそうだな」

 和都の口から、モーメントさんこと力野りきの木綿登ゆうとの名が出た。その名を聞くと、十縷は大笑いした。

「あの人、仕事は真面目で妥協しませんけど、別に堅物とかじゃないですよね。祐徳ゆうとく先生のファンだから、祐徳先生の話すれば機嫌が良くなって一人で喋るから、やり易いですよ。実は軽くエモいですし…」

 どうやら十縷、新たな指導役の扱い方をこの短期間で会得したらしい。和都は呆れているのか見上げているのか、複雑な目で十縷を見た。

「俺は、あの人を怒らせてばっかだったんだが…。お前は違うんだな」

 尤も、和都が彼の下に付いていたのは伊禰いねの入社前だから、和都が十縷と同じ手を使うことは不可能だったのだが…。それを差し引いても、十縷は意外に対人スキルが高い。

「多分モーメントさんは、相手に合わせるタイプですよ。ワットさんが真面目だから、真面目モードで接したんでしょうね」

 と、和都の発言から力野の性格を推察した。和都は「成程ね」と頷く。

「つまり、お前はふざけてるのか? だったら真面目にやれ。エモトークばっかしてたら、副社長に怒られるぞ。掛鈴かけすずたちみたいに」

 和都は笑いながら、十縷の頭を軽く小突く。十縷はボケ担当の芸人のようにニヤけた。

「それはそうと、掛鈴さんと言えば明日は合コンですよ! 医音いおんどうの女性社員との! もう明日なんですねぇ。楽しみだなぁ…」

 掛鈴の名から、合コンの件を思い出した十縷。気付けば明日に迫った合コン。今の十縷は仕事も楽しくプライベートも充実していて、まさに順風満帆だった。しかし合コンの話題が出ると、和都は急速に疲れたように溜息を吐いた。

「もう明日かよ。憂鬱だな。筋トレと時間が重なってるのがキツいよな…。筋肉屋も行けないし。その翌日は、午後からウモスミウ大会か…」

 そう呟きながら、和都は眉間に皺を寄せる。勤勉な彼は、筋トレができないことを気にしていた。決して、筋トレが趣味だからではない。社員戦隊となった今、体を鍛えるのは仕事の一環。それが満足に行えないことに、不安感を覚えていたのだ。そんな和都の言葉に、十縷は改めて感心させられる。

(ワットさん、つぐづく真面目だよ。ジュエリー創りも社員戦隊も、絶対に妥協しない。この姿勢、見習わないといけないんだけど…)

 そうは思いながらも、絶対に和都のようにはなれない。十縷はそう思っていたし、そのことを悔やむ気は無い。自分とは違う要素を持った人物として、見上げるだけだ。そして同時に、想像も掻き立てられた。

(もし合コンで、ワットさんが気の合う女の人と出会ったらどうするんだろう? デートの約束とかしても、自主トレがあるからって断るのかな? かなり気になるよな。一体、ワットさんがどうなるのか?)

 おそらく明日の合コンで和都は何も喋らず、ただそこに居るだけの人になるのだろう。という予想が有力だが、予想外の展開も見てみたい。それを想像して、十縷は一人愉しんでいた。

 そんな会話や思考を巡らせているうちに、二人は筋肉屋に到着した。そしていつも通り、体重に合わせた量の【蛋白質の塊】を食すのだった。


 そして翌日。何事も無く平穏に時は過ぎ、十縷も和都もいつも通りの仕事をこなした。今日は何故か時が流れるのが早く、気付いたら終業時刻を迎えていた。

「ワットさん、行きましょう。今日は残業できませんよ」

 五時半を何分か過ぎたところで、十縷が和都の席の近くに現れた。その顔を見ると、これから控えている合コンを楽しみにしていることが窺えた。まだ作業中だった和都は、「そうだったな」と言いながら右手の腕時計で時刻を確認し、溜息を吐いた。十縷とは対照的に、合コンを煩わしく思っていることが非常によく伝わって来た。

「一階のロビーで待っててくれるか? キリの良い所までやっときたいんだ。五分くらいで切り上げるから」

 まだ机上を片付ける雰囲気の無い和都は、十縷にそう告げた。十縷は苦虫を嚙み潰したような顔で頷き、先に一人で部屋を出た。

    そして、言われた通りに一階のロビーで和都を待った。なお一階のロビーは、掛鈴との待ち合わせ場所だった。

伊勢いせらしいね。まあ、それも見越しての六時半集合だけど。あいつのことだから、遅刻やドタキャンはしないだろうけど」

 十縷が一人で現れた時、既に待っていた掛鈴は溜息混じりにそう言った。

 十縷と掛鈴の二人で和都を待つこと約六分、和都はちゃんと一階のロビーに現れた。メンバーが揃ったところで、一行は移動を開始した。待ち合わせ場所は、合コンの会場である店の前だ。

(ドキドキするなぁ。どんな人たちが居るんだろう?)

 心を躍らせる十縷。しかし、和都と掛鈴はそうでもない。

(顧客の声が生で聞けるから、収穫が無い訳じゃない)

 乗り気ではない和都は、そう自分に言い聞かせて前向きになろうとする。

(この二人、多加たかさんの眼鏡に叶うだろうか? 伊勢の代表作はピアスだけど、多加さんはピアスしたくない派だしな…)

 掛鈴は合コンの提案者である顧客が満足するのか、それだけを気にしていた。そんなチグハグな気持ちで、三人は店を目指していた。


 三人は会社の最寄駅から電車に乗った。目指すのは九本木きゅうほんぎだ。十縷と和都はこの土地に、【国防隊がウラームと交戦した場所】という印象しかないが、一般的な有名な歓楽街だ。合コンの場所に選ばれたのも、この九本木にあるフレンチのレストランだった。

(高そうな店。まあ僕たち宝石屋の社員だから、これくらいの店が丁度良いのか? それに、ここなら酔っ払いも居なさそうだ)

 店の外観を見た時に、十縷はそんな印象を抱いた。それはさておき、十縷たちが到着した時、医音堂の女性陣はまだ姿を見せていなかった。だから三人は、そのまま店の外で待つことにした。

 数分後、それらしい三人組の女性たちが姿を見せた。真ん中を歩いていた女性が掛鈴と目を合わせると、手を振って小走り気味に駆け寄って来た。後ろに続く二人は彼女に釣られず、そのままの歩調を維持していた。

(この人が多加さんか。派手な人だな…)

 駆け寄って来た彼女に掛鈴が掛けた言葉から、十縷は彼女が発起人の多加だと知った。おそらく仕事帰りなのだろうが、如何にも他所行きっぽい服装をしていたことを、十縷は意外に思った。胸元には、新杜あらと宝飾の商品と思しきピンクダイヤが施されたプラチナのペンダントが輝いていた。

「スズちゃん、流石ね。先に待ってた点は評価できるわ。で、この二人が若手のデザイナーさんたちね。愛しのシグちゃんよりは劣るけど、まあ合格点の顔だわ」

 多加という女性は掛鈴にそんなことを言っていた。この言葉に、十縷と和都の心の声が重なった。

(いきなり採点してきた。って言うか、自分はどうなの?)

 などと多加が第一印象を悪くしている間に、多加に連れられて来た二人の女性もようやく近づいてきた。
 うち一人は多加と似た雰囲気で、仕事帰りに似合わぬ他所行の服で、首には銀のペンダントを掛けていた。ペンダントは、くすんだ緑色をした大きな人工真珠一つと、鮮やかな緑色をした細かいエメラルドを複数備えていた。これも新杜宝飾の商品なのだろう。
 ところで、もう一人はだいぶ印象が違った。

(二人に比べると地味だな。それに、一番若いか?)

 三人目だけ、OL然とした黒いリクルートスーツに身を固めていて、胸元を彩る宝飾は無い。しかし新杜宝飾側へのPRか、地味な彼女もちゃんと新杜宝飾の商品を装着していた。

(ああ。ワットさんが創ったピアスか。アクアマリン版だね)

 彼女の耳朶には、小さなアクアマリンが花弁のように並べられたピアスを着けていた。和都がデザインした、ゲジョーが買ったタンザナイト製のものの別バージョンだ。ところで十縷、三人目の彼女を見ているとピアス以外の点にも気付いた。

(この人、見憶えがある。誰? いや、直接の知り合いじゃない…)

 十縷は彼女の顔に見憶えがあった。そう思った次の瞬間、視覚情報に強い彼は脳内検索を始める。彼女が何者なのか特定するのに、然して時間は掛からなかった。

(この人、光里ひかりちゃんと同じ高校でリレーの第一走者だった人だ! 三上みかみ商業高校の陸上部、第一走者と第二走者が揃って可愛かったから、忘れる筈が無い。名前は光里ちゃんと同じで、独特だったよね…。薬師寺やくしじ最音子もねこさんだ!)

 なんと、三人目の彼女は高校時代の光里の戦友とでも呼ぶべき人物、薬師寺最音子だった。そのことに気付いた十縷は、感心した表情で最音子をまじまじと見つめ、何度も大きく頷いた。勿論その行動は、最音子当人にすぐ察知された。

「どうかされました? 私、何か変ですか?」

 最音子は首を傾げながら、十縷にそう訊ねた。十縷は我に返り、どもりながら「何でもありません」と答えた。これが一同の失笑を買ったことは言うまでもない。

「馬鹿野郎。見た目が気に入ったんだろうけど、いきなり見惚れんな」

 相手方が失笑したので、和都はすかさず十縷にそう耳打ちした。十縷は平謝りする。そんな茶番もそこそこに、一行は店内に入った。


次回へ続く!


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