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社員戦隊ホウセキ V 第2部/第17話;ずっと気になっているから

前回


 六月十九日の土曜日。
 光里ひかりたちが【ウモスミウ大会】に興じていた頃だった。最音子もねこは安いアパートの自室にて、一人でずっと悩んでいた。手にしたスマホを見つめながら。

(あの三人の中なら、伊勢いせさんが一番妥当だよね。ピアスの話を振れば問題無いし。合コンの時に話さなかったことを突っ込まれたら、あの時に話す機会を逃したって言えば納得して貰える)

 最音子はSNSを開いていた。送り先を【伊勢いせ和都かずと】としたDM用の文面を入力した。後は送信するだけなのだが、その操作を最音子は躊躇っていた。

(本当に送る? 惚れた訳でもないのにデートに誘ったりしたら、失礼じゃない?)

 打ち込んだ文面は、和都をデートに誘うという内容だ。しかし彼と会いたい理由は、ピカピカ軍団こと社員戦隊の情報を聞き出す為。これは和都の気持ちや尊厳を踏みにじる行為ではないのか?
 その良心が最音子の指を止めていた。

「でも、断られるって可能性もあるからね。あの人、色恋とか興味なさそうだし。先輩たちと話してた内容も、顧客満足度調査って感じだったしね」

 数分間悩んだ末、最音子はそんな結論に至った。かくして最音子は、かなり軽い気持ちで送信ボタンを押した。打ち込んだ文面が送信される。最音子は大きく息を吐いた。

 それから最音子は徐にベッドの方に歩いていき、豪快に倒れ込んだ。

(光里の力になれるなら、なりたい。あんな風に泣かせるのは、もう絶対に嫌。だから、知りたい。あの子が何を背負ってるのか)

 光里が困っているなら力になりたい。最音子のその気持ちに偽りは無い。しかし、その為に他者を出し抜いて良いのか? そもそも自分が踏み込んで良い領域なのか? いろいろな思いが最音子の胸中を駆け巡る。

    この問題がどう帰結するのか、未だ不透明のままだった。


    光里は過去を振り返っていた。

     今年の三月二十一日の日曜日、最音子の二十二歳の誕生日のことである。この日、光里は時雨しぐれに選んでもらったピアスを、誕生祝い兼就職祝いとして最音子にプレゼントするつもりだった。
 日曜日だったので光里は訓練を午前中で抜け、午後に最音子と会う予定にしていた。二人は無事に落ち合うことはできた。

 待ち合わせ場所は佐々木公園の噴水前だった。二人は肩を並べてベンチに腰掛け、噴水を見ながら語らった。

「私からの誕生日祝い兼就職祝い。やり手の営業の人に選んで貰ったんだ。かなり可愛いし、絶対モネに似合うと思う」

 光里はそう言って、ピアスを入れた紺色の小箱を最音子に手渡した。受け取った最音子は「ありがとう」と言ったが、その声は小さかった。何より顔が俯いていた。光里も笑顔がかなりギコちない。雰囲気はなかなか悪かった。 

「本当にありがとう。プレゼントは嬉しいから、大事にする。だけどさ…それとは別に訊きたいことがある。嫌かもしれないけど、聞いて欲しい」

 プレゼントの小箱を膝の上に置いたまま、最音子は光里の方を振り向いた。睨んでいる訳ではないが、その視線はかなり鋭かった。光里は圧倒されそうだったが、目を逸らしはしなかった。そして、最音子はゆっくりと話し始めた。

「一月の試合、あんたが副社長さんと一緒に出て行くのが見えたんだよね。試合の三十分前か二十分前か、そんなくらいの時に…。あんた、何処行ってたの?」

 本当に嫌な質問だった。光里は堪らず、下唇を噛み締めた。

「あれは…。あの日、朝から急に膝が痛くなったからさ!…その件でちょっと呼び出された感じで…。で、話したら棄権することになって…」

 空元気で変に声を張り上げる割に急に言葉に詰まるなど、光里は不安定な喋り方で事情を説明した。嘘の事情を。こうして最音子に嘘をくことは、光里にとってこの上ない苦痛だった。
 対する最音子は、光里が語った噓の事情を聞いていると少しずつ眉間に皺が寄ってきて、頬もピクピクと動き始めていた。そして、耐え切れなくなったのか最音子は叫んだ。

「そういうこと、話して欲しいんじゃない! あの時、スケートリンクに怪物が出てたんじゃん! あんた、襲われてたらどうするつもりだったの!?」

 なんと最音子は、殺刃さつじんゾウオの話題を挙げた。光里は驚きつつも「試合直前に行く筈が無い」とボソボソ喋りで返したが、同時に気付いていた。

(まさか最音子、私が特殊部隊で、スケートリンクで戦ってたとか思ってるの? でも、それを言い訳にしたら絶対に駄目)

 光里は正義感や義務感で、言い出しそうになった事実を喉の奥に封じた。そして代わりに、自分の中の蟠りを清算すべく、この言葉を出した。

「決勝で一緒に走るって言っていたのに、約束破ってごめん…。怪我したから許してとか、甘える気は無い。本当にごめん…」

 これは光里が心から思っていることだった。そして、最音子にSNSのメッセージで何度も送った文面と同じ内容だった。しかし最音子が気にしていることを、光里はやはり正しく認識していなかった。

「そんなこと、どうでもいい! あんた、日本で一番足が速い女の人なんだよ! 昔の日本にも、あんたより足の速い女の人は居なかった! もっと自覚してよ! 走れなくなるような大怪我してたら、どうするつもりだったの!?」

 怒鳴りつけるように、最音子は言った。
 最音子が光里に対して怒りをぶつけたのは、これが初めてだった。だから言葉の内容を理解するより先に、衝撃が光里の脳内を支配した。そしてその衝撃は、やがて自責の念へと姿を変えた。

「ごめん…。本当にごめん…」

 光里は俯き、呟くようにそう言った。光里のスカートの上に、大粒の涙が何個も滴るのを、最音子はしっかりと視認した。数秒後、光里の嗚咽は号泣へと変化した。

 こうなると最音子も居た堪れない表情になる。優しく光里の肩を抱き寄せた。

「私、あんたが約束破ったって、怒ってる訳じゃないから。あんたなら、次のオリンピックで個人の表彰台に立てると思ってるし、それが私の夢。自分の夢を押し付けるのも可笑しいんだけど、それでもあんたに夢を観たいの。だから、自分ことを大事にして。あんたを応援してる人が沢山いるってこと、絶対に忘れないで」

 数秒前とは打って変わって、最音子は諭すような口調で光里にそう言った。

    光里がピカピカ軍団こと社員戦隊だと、最音子はほぼ確実に疑っていたのだろうが、これ以上は言及しなかったし、光里も明かさなかった。

   

   その後、二人の関係が修繕されたのだが、光里は暫く最音子が掛けた期待の言葉に苦しめられることとなった。


「その後、暫く連絡取らなかったんだけどね。でもゴールデンウィークの大会の直前に、『頑張ってね』ってSNSのメッセージが来て…。『絶交なんて嫌だ』とも言ってくれた。だからさ、今度こそは絶対に出なきゃって思ったんだよね…」

 プールサイドで語る光里は、微笑みつつも下唇を噛み締めており、複雑な表情をしていた。話を聞いていて、十縷はよく理解できて頷いていた。

(それならゾウオがあのタイミングで出たら、試合終わってから駆けつけるよ。本当に仕方ないよ。光里ちゃん、辛かっただろうな…)

 念力ねんりきゾウオが出現した時に当時の光里が如何に苦悩していたのか、この話を聞いて十縷とおるは改めて痛感した。気持ちを想像していたら、十縷は涙が出そうになってきた。
 そのタイミングで、光里はふと十縷たちの方を振り返った。

「あの時は、皆さん迷惑しましちゃ。特にジュールには。かなり助けられたよ」

 光里は満面の笑みで、十縷にそう言った。これは十縷の想定していなかった展開だった。

(え、何? 凄くエモーショナルなんだけど…。何、今からどうなるの!?)

 十縷は興奮し、次に何が起こるのか想像を膨らませて愉しむ。
 こういうのを愉しむのは、伊禰いねとリヨモも同じだ。伊禰は「押すところですわよ⭐️」と十縷に耳打ちし、リヨモは鈴のような音を鳴らしながら伊禰に便乗する。

 軽い伊禰とリヨモを横目に、時雨と和都はしらけムードになる。
 そんな中、光里はプールサイドを離れて十縷の方に歩み寄って来た。興奮する十縷。しかし…。

「だから、今から私と水泳で勝負しよう」

 光里の発言は、それまでの流れと何の関係も無いものだった。それこそ、十縷が聞き間違いかと思ったくらいに。光里は戸惑う十縷の手を引き、プールサイドに連れて行く。

「どういうこと? 『だから水泳』って言ったの?」

 光里と手を繋いでいるのだが、十縷は混乱する余り喜ぶことすら忘れていた。そんな十縷に、光里は語る。

「やっぱり、あんたに負けたままなのは嫌。だから再試合するの。普通の水泳なら、流石に勝てるだろうから。リヨモちゃん、審判してくれる?」

 光里は先にウモスミウで十縷に敗北したのが、そんなに気に食わなかったらしい。気落ちしたり感傷に浸ったり、本当に光里の感情は千変万化で付いて行くのが困難だ。全くエモーショナルではないこの展開に、十縷は泣きそうな溜息をくしかなかった。そして二人は、そのまま競泳をするのだった。

「拝見していて愉しいことこの上ないですわね、あの二人⭐️」

 伊禰が声を弾ませつつ、脇で詰まらなそうにしていた時雨と和都に歩み寄って来た。時雨と和都は同時に溜息を吐いてしまう。

「姐さんと姫は、こういうの好きですよね。全く、少女漫画じゃないんですよ」

 と和都が言って、時雨が頷く。和都はそのまま、詰まらないという意思を表現するかのように、脇に置いていた自分のスマホを手にした。
 すると、その時だった。スマホが振動した。和都は何気なく画面を確認したが、次の瞬間には感嘆していた。

「最音子さん!? どうしたんだ?」

 スマホが振動したのは、SNSの通知があったからだ。なんと、最音子から和都宛に、SNSのDMが来たのだ。
 昨日、彼らは確かに連絡先を交換した。しかし翌日に連絡が来るとは、流石に驚いた。和都の言葉に伊禰は勿論、時雨も思わず反応した。泳いでいる十縷と光里には聞こえていないようだが、プールサイドで審判をしているリヨモには聞こえていた。

 なお、最音子が送ってきた文面はこのようなものだった。

💬
【薬師寺最音子です。昨日の合コンではお世話になりました。こんな素敵なピアスの作者さんとお会いできて、本当に嬉しかったです。それでいきなりでなんですが、また和都さんに会いたいと思ってます。今度の土曜日、お会いできませんか?】


 明らかにデートのお誘いだった。
 最音子は一体、何を考えているのか? 和都は不審そうに、額に皺を寄せた。


次回へ続く!


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