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社員戦隊ホウセキ V 第2部/第20話;前日の様子

前回


 最音子もねこから和都かずとにデートへのお誘いの連絡があった六月十九日の土曜日からニクシムが現れることもなく、時間は平穏に過ぎていた。

 一同は平穏無事な日々を過ごし、気付けば六月二十五日の金曜日になっていた。

「ワットさん。ついに明日ですよ。ドキドキしますね」

 五時半を回った後、いつも通り和都は十縷とおると共に会社の体育館へ向かう。その途中、十縷が冷やかすようにそんなこと言っていた。はじめ、和都は十縷の言いたいことが解からず、返答まで十秒ほど要した。

「明日? ああ、最音子さんか。そう言えば、明日だな」

 和都の反応は薄く、むしろ煩わしいと思っているくらいの雰囲気すら感じられた。色恋に興味のない、和都らしい反応だ。そんな無骨な先輩を、十縷は囃し立てる。

「緊張するとか、興奮するとか、何かリアクションしましょうよ。そんな素っ気ない態度じゃ、最音子さんが可哀想ですよ」

 露骨におちょくってくる十縷に、和都は黙って彼の頭部にチョップを入れた。勿論全力ではなく、手刀で頭を触った程度の力で。

「俺をネタにして、お前が愉しみたいだけだろ。少女漫画じゃねえんだからな」

 と、愚痴を漏らした和都。しかし、そこまで不快さを感じている様子ではなく、かと言って囃し立てられて喜んでいる感じでもなく、些かその胸中は読みにくかった。


 やがて二人は体育館のトレーニング室に到着し、筋トレを始める。
    いつも通りと思われたが、今日は筋トレ開始から約三十分後に予想外の人物が現れた。

「やはり、いらっしゃいましたわね。お邪魔しますわよ」

 伊禰いねである。
    唐突に現れた彼女は、十縷と和都の驚きを他所にバタフライマシンを始めた。服装は、地が紺色でピンクのラインが入ったジャージで、随分とやる気満々だ。
    一体、何があったのか? 二人が不思議がっているので、伊禰は簡単に経緯を説明した。

「先日の健診で、運動した方が良いと感じた方がいらっしゃましてね…。本当は、その方と一緒に来る予定だったのですが、体よく断られてしまいましたの」

 バタフライマシンをやっている都合、伊禰の声は途切れ途切れだった。それでもバタフライマシンをやりながら喋れる伊禰に、十縷と和都は圧倒されていた。それこそ、彼女が誰とトレーニング室に来るつもりだったのかということを訊き忘れる程度には。

「しかしやっぱり、今はワット君が一番気になりますわよね⭐️ ついに明日ですわよ⭐️」

 やがて伊禰はバタフライマシンをめ、和都の近くに歩み寄って来た。エクステンションマシンに精を出していた和都は、キリの良い回数で運動を一度めてからこの問に応じた。

「姐さんも、その話ですか? さっきジュールにイジられたばっかりで…。勘弁してくださいよ、同じネタばっかり…」

 荒い息で和都が返した言葉はそれだった。素っ気ない態度に、伊禰は口を尖らせる。

「そりゃ気になりますわよ。いろんな意味で」

 そう言いながら伊禰はしゃがみ込み、和都と視線の高さを合わせた。十縷はダンベル体操をやりながら、この様子が気になってずっと目を向けていた。

「最音子さんの動機もそうですし…。ワット君の気持ちもです」

 まだ息遣いの荒い和都に、伊禰は何処かモジモジしたような感じで話す。十縷は次に伊禰の話す内容が気になり、二人に釘付けだ。

「貴方がジュール君や時雨君と違って、パンチラとかおっぱいとかで興奮しないのは解ります。しかし女の子に全く興味が無いのですか? 最音子さんのお顔、光里ちゃんに見せて貰ったのですが、かなりお綺麗ですわよね。少しは嬉しくないんですか? と申しますか、女の子を見て綺麗とか可愛いとか、全く思わないのですか?」

 言葉をぼかす気など微塵も見せず、伊禰はド直球の質問をぶつけてきた。隣で聞いていた十縷は思わずダンベルを落としてしまう程、驚いた。あと少しで足に当たりそうな位置にダンベルは落下したのだが、それが気にならないくらい十縷は驚いていた。

祐徳ゆうとく先生、凄っ…。僕が訊きたくても訊けないことを、何の躊躇いも無く…。そして、ワットさんはどう答えるの?)

 和都の返答が気になり、十縷の意識は全て彼に向く。伊禰の表情は変わらない。そんな中、そろそろ息遣いが回復してきた和都は、静かに答えた。

「美人だと思った女の人は、何人か居ます。でも、だからって一緒に居たいとかって、また別の感情じゃないですか? 重要なのはその人がどういう人かであって、見た目は関係ない。俺はそう思ってますけど」

 和都の返答は予想できた範囲内ではあったが、これでもかという程の模範解答だった。思わず伊禰も十縷も感嘆する。

「紳士ですわね…⭐️ ジュール君、お聞きになりましたか? 大切なのは、ひかりんのお顔やおっぱいではなく、あの子の優しさや直向きさです。お顔やおっぱいをご覧になって喜ばれている間は、ひかりんのお心は動きませんわよ⭐️」

 どういう流れか伊禰は標的を十縷に変更した。この展開を予想していなかった十縷は狼狽え、「僕もワットさんと同じですって!」などと反論したがドモりまくっていた。そんな彼らを尻目に、和都は次のトレーニングをするべく腹筋台へと向かう。

「ジュール。手ぇ止めんな。姐さんも、ちょっかいは程々にしてください」

 そう言ってから、和都は腹筋を始めた。十縷は平謝りしてダンベルを再開し、伊禰は「ごめんなさーい」と言いながら、今度はルームランナーを起動させ始めた。

    一時的に変な雰囲気になったが、また静寂が戻ったトレーニング室。そんな中、和都は腹筋を鍛えつつ、ある過去を回想していた。

(美人か…。あの子は美人過ぎてビックリしたな。今じゃ顔も思い出せないけど…。今、何処で何をしてるんだろう?)

 美人というキーワードが、和都の海馬から一つの記憶を引き出した。しかし海馬に残っている情報は美人だったという印象だけで、肝心の顔は全く思い出せない。奇妙な記憶だった。

(あの子に会わなきゃ、この道には進んでなかったな…)

 その美人との出会いは、和都の人生に大きな影響を与えたらしい。一体、彼が出会ったその美人とは何者なのか? 今のところ、和都は誰にも語る気が無かった。


 ニクシムは次の作戦に向けた準備を着々と進めていた。和都と最音子とのデートの前日、スケイリーとマダムは小惑星の表面で、実戦を想定した激しい模擬戦を展開した。

「行くぞぉっ!!」

 骨貝ほねがい型の装具を杖に付け、多数の突起を飛ばすスケイリー。突起たちはそれぞれ異なる速度で、不規則な軌跡を描きつつも、全てマダムに向かって飛んでいく。
 マダムは全く動じる様子を見せず、この攻撃を見据える。

「其方は一辺倒じゃな、スケイリーよ」

 悠然と構えるマダムは、静かに右の掌を前方に翳した。すると、マダムに次々と襲い掛かって来た突起たちは全て寸での所で、空中に制止する。それからマダムが右手を一度上げてから振り下ろす動作をすると、止まっていた突起たちは方向転換して、思い出したかのように飛んでいく。スケイリーの方へと。

「何の! 俺の装甲は最強だ!!」

 技を返される形となっても、スケイリーは狼狽えない。自身の堅牢さに絶大な自信を持つ彼は、杖の装具を輪宝りんぽうがいに手早く替えると、一直線に走り出した。自分に向かって返された、突起たちと衝突する方向へと。
    突起には青黒い光が纏わりついている。マダムがニクシム神の力を更に注入したのだろうと、容易に察しがついた。そして…。

「どわあああああっ!!」

 突起が炸裂したところで、自分の防御力はそれに耐えうるだろうとスケイリーは予想していた。しかし、突起の爆発力はマダムの力で増強されており、その威力はスケイリーの防御力を遥かに上回った。スケイリーの堅牢な黒い貝殻や鱗は突起が炸裂するや次々と砕け散り、スケイリーはどす黒い粘液を散らす。やがて胴体には風穴が開き、四肢は千切れてと、スケイリーの肉体が敢え無く破壊されていく…。
 これは模擬戦の筈だが、マダムはスケイリーを殺してしまったのか? というのは早合点だった。休む間もなく、次なる衝撃的な光景が展開された。

「流石はマダム・モンスター! これくらいじゃねえと、訓練にならねえ!!」

 肉体が崩壊する中、スケイリーの首が千切れて体から離れ、笑いながら宙を舞い始めた。首に炸裂した突起は無い。首が独りでに裂け、そのまま宙に飛び出したのだ。この光景を目の当たりにして、マダムは思わず感嘆した。

「早速、新技か。これはみどりがいとやらの力じゃったか?」

 自分の周囲を飛び回る生首を目で追いながら、マダムは声を上ずらせる。頭部だけで飛び回るスケイリーは、その間に断面から青黒い霞のような光を発する。その光は徐々に胸や腕などの形を得ていき、スケイリーは体を復元させつつあった。

「次はいもがいだ!」

 飛び回りながら、胸と右腕だけを復元したスケイリー。その右手には杖が握られていたが、先端に装着した武器は今までには無かった物。大小不揃いな三角形の紋様が白と褐色の二色で彩られた、工芸品を思わせるような美しい巻貝だ。モチーフは地球に住む【鉄刀木たがやさん身無みなし】という毒貝だ。
 そんな貝殻を装着した杖を、宙を舞いながらマダムの方に向けたスケイリー。マダムの背後を取った瞬間に、杖の先端から一本の長い針を発射した。それは一直線にマダムの項を目指し、一直線に飛んでいく。対するマダムは微動だにせず、悠然と構えていた。

「これを食らったら、死んでしまうな」

 そう呟いた瞬間、マダムは四方を光の壁で覆った。黒紫色をした透明の光の壁で。スケイリーの毒針はこの壁を貫けなかった。毒針は脆くも折れ、力なく地に落ちた。

「流石だな。やっぱり、あんたにはかわなねぇ…」

 奥の手をも封じられたスケイリー。もう手は無いと言わんばかりに動きを止めた。そして再生の速度を速め、みるみるうちに全身を復元させた。
 マダムは、ゆっくりとスケイリーの方を振り返る。

「悪くはないぞ。自分で首を切る技、相手を翻弄するには充分じゃ。相手がゴージャスチェンジャーを使ったらこの技で翻弄し、時間切れになったところを畳み掛ければ、勝てるのではないか?」

 マダムは不敵な笑みを浮かべて、スケイリーに助言した。スケイリーは静かに頷く。

「初めから俺もそのつもりよ。あんたからお墨付きを貰えたなら、自信になるぜ」

 今のスケイリーは力で圧倒するだけではない。知略も回るようになっている。彼が以前よりも脅威を増していることは、言うまでもなかった。

(ゴージャスチェンジャーは俺が破る! シャイン戦隊、お前らは終わりだ!)

 来たるべきホウセキVとの戦いに向けて、スケイリーは静かな闘志を燃やしていた。


次回へ続く!


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