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社員戦隊ホウセキ V・第2部/第10話;彼女が参加した目的は?

前回


 六月十八日の金曜日、十縷とおる和都かずとは営業部の掛鈴かけすずに連れられ、補聴器メーカー・医音いおんどうの女性社員との合コンに参加した。

 医音堂のメンバーの中には、高校時代に光里ひかりと同じ陸上部に所属していた、薬師寺やくしじ最音子もねこの姿もあった。


 入店した一行は、予約席である二階の一角に案内された。長方形の机に六人は座り、新杜あらと宝飾の男性三名と医音堂の女性三名が対面する形で座った。
 十縷の正面には、最音子が座った。しかし十縷は豪華なシャンデリラや壁に掛けられた大きな柱時計の方が気になり、意外にも美人な最音子をそっちのけにしていた。
 その間に、掛鈴が医音堂の三人に十縷たちを紹介する。

「まずは紹介しますね。私は掛鈴かけすずれい。新杜宝飾の営業で、多加たかさんの担当をさせて頂いております。二人は新杜宝飾のデザイナーで、僕の左に居る彼が伊勢いせ和都かずと。僕と同期入社で、見た目は無骨っぽいですけどセンスはピカイチです。右の彼は熱田あつた十縷とおる。彼は今年入社したデザイナーの卵で、我が社のホープです」

 そして次は医音堂の方が自己紹介という流れが普通だが、今回はそうならなかった。

「えっ。【あつたとおる】って、あのジュール君?」

 十縷の名を聞くや、最音子がいきなりそう言った。思わず反応してしまった、という感じで。十縷は息を吞み、他四人は反射的に最音子の方に目を向ける。この展開になって、最音子は恥ずかしそうに口を押えて静かに謝った。

「すいません。実は光里から、ジュール君っていう男の子の話を聞いていて…。光里っていうのは、女子の短距離走の選手の神明しんめい光里ひかりです。新杜宝飾のイルクーツク五輪に出た。実は私、光里と高校時代の同級生で、同じ陸上部だったんです」

 謝りつつ最音子は事情説明をしたのだが、結果的に自分の素性を語ることになった。これが切欠となり、会話は発展していく。

「そうですよね! 確か先月でしたか? 佐々木公園にいらして、神明さんと話されてましたよね! 思い出しました」

 最音子の発言から、掛鈴の記憶が掘り起こされる。すると多加も話を合わせる。

「そうなの。うちのモネちゃん、お宅の神明選手のお友達なのよ。だから、新杜宝飾の合コンだったら、絶対に連れて来なきゃって思って…」

 この流れで、多加は自分たちの紹介を始めた。
 最音子以外の二人は多加たか望美のぞみ阿芹あせり須義世すぎよという名で、所属は三人とも経理部。最音子は大卒で今年入社したという情報が語られたが、他二人に関するその手の情報は全く語られなかった。

「最音子さんが付けられているピアス、デザインしたのはこちらの伊勢でして…」

 自己紹介の後、他の話題に移行するのだが、普段の顧客が相手だからか掛鈴の話し方は営業トークだった。そして、多加と阿芹の二人はその話に食いつく。

「えーっ! 貴方がこんな可愛いものを! どうしたら、こんな女心を鷲掴みにするものが創れるんですか? まさか、彼女とかいらっしゃらないですよね?」

 という感じで、多加と阿芹の二人は和都を暫く質問攻めにしていた。問われても、和都は要領の得ない回答しか返さず、それなのに女性二人は大袈裟な反応をし、何とも不思議な会話が展開されていた。
 ところで、和都作のピアスを付けている当人である最音子がこの中に入らないのは、意外と言えば意外だった。

「ところでジュール君、合コンなんかに来て良いんですか? 光里が居るのに」

 最音子は、正面の十縷にふと訊ねた。これは前に掛鈴にも問われたことだが、最音子に言われると十縷はたじろぐ。

「いや、その…。光里ちゃんにはこの件、話してあります。って言うか、別に僕と光里ちゃんは、恋人って訳でもないし…」

 しどろもどろな十縷の回答に、最音子は軽く何度が頷く。

「ふーん。恋人って訳じゃない…。私、てっきり光里に彼氏ができたものかと思ってたんですけど、違うんですね。でも、不思議。あの子、同じ短距離走部の掛鈴さんとはそこまで親密じゃないのに…。どうして光里と親しくなったんですか?」

 おそらく、最音子は気になったことを普通に訊ねただけなのだろう。しかし、十縷にとっては鋭い質問だ。

(えっ? どうして親しくなったって…。そりゃ、社員戦隊だからだけど。そんなこと言えないじゃん。どうする? どうやって誤魔化す?)

 そんな風に十縷が困っているのを察知したのか、隣の掛鈴が助け舟を出してくれた。

「いや、彼が一方的に押しかけたんですよ。『ファンだったです! 握手してください!』とか言って。で、神明さんは優しいから応じてくれた感じで」

 ある程度は事実に即した作り話で、掛鈴はその場を乗り切ろうした。割とそれらしい内容で、最音子も納得したように笑いながら頷いていた。
 十縷は掛鈴に視線で礼を言い、掛鈴も熱い視線を返す。しかし、まだまだ苦境は終わっていなかった。

「確か、光里もそんなこと言ってましたね。いきなり『顔が可愛いから好きだった』って言われたとか。ジュール君って、なかなか激しいんですね」

 最音子は掛鈴の話に合わせて、話題を膨らませようとする。その最音子は笑顔だが、十縷は笑っていられない。普段なら、最音子の笑顔を鑑賞して愉しむところだが、今の彼にそんな余裕は無い。次はどんな質問が来るのか? 冷や冷やだ。
 そして懸念どおり、最音子は間髪入れずに追撃を繰り出してきた。

「そう言えば、ピカピカ軍団は新杜宝飾だとかいう噂が流れてますよね。信憑性は低いと思ってるんですけど、ちょっと気になることがあって…」

 ここに来て、ド直球で最も嫌な質問が来た。当人の十縷、そしてサポート役の掛鈴は思わずぶっ飛びそうなくらいに驚いた。なお同じく社員戦隊の和都は多加と阿芹の対応で忙しく、とても十縷のサポートには回れそうになさそうだ。そんな中、最音子はスマホを取り出し、それを机の上、自分と十縷と掛鈴の中間点に置いた。

「これ、光里に似てると思いませんか?」

 最音子が差し出したスマホの画面を見て、十縷と掛鈴はそれぞれ別の意味で叫びたくなったが、必死に堪えた。
 最音子のスマホが映し出していたのは、下条しもじょうクシミことゲジョーがアナタクダに投稿した社員戦隊の動画。先日の氷結ひょうけつゾウオとの戦いだ。最音子は動画を一時停止して、特定の部分を指した。それはホウセキグリーン。メットを壊されてスーツも破られ、素顔を晒して戦うグリーンを。

(ちょっと待って…。この人、まさか探り入れてるの?)

 十縷はそう思わずにはいられなかった。この画像は光里の顔の部分だけがボケていて判別が難しくなっている。それなのに最音子はこのボケて詳細の判らない顔を指して、【光里】と明言してきた。十縷は怖くなり、余計に言葉が出なくなる。その顔を、最音子は覗き込むように眺めていた。

「似てますか? これ、ボケボケじゃないですか? 少なくとも僕には解からないなぁ」

 この画像に自業自得の嫌な記憶がある掛鈴が、その記憶から生じる罪悪感に耐えつつ再び十縷に助け船を出した。最音子は「ふーん」と言いつつ、スマホをしまった。

「違いますよね。光里は運動神経が良いけど、格闘技とかやってた訳じゃないから、こんな風には戦えませんよね」

 と最音子は自分の言葉に頷きつつ、また十縷の表情を窺う。

「あっ。やっぱりジュール君、光里が言ってた通りエッチなんですか? 今の動画、胸が見えそうだったから喜んでるんですか?」

 そして最音子は、十縷を揶揄からかうような発言をした。その時、十縷は本当にニヤけていた。十縷は最音子の指摘を必死に否定したが、最音子にはクスクスと笑われるだけだ。掛鈴の方は、自分はもっと酷い前科があるので何も言えない。この場は独特な雰囲気になった。



 その後、料理が次々と運ばれてきて、会話は何度か途切れた。やがて十縷は多加や阿芹にも話を振られるようになり、いろいろな形で最音子から解放された。



 気付けば最後のデザートまで運ばれてきて、この回もお開きのムードとなった。十縷はようやく安堵する。デザートを食べた後、本当にお開きとなって一同は外に出る。

「そうだ! 連絡先、交換しましょう!」

 店を出た途端、阿芹がそう言った。彼女は焦っているかのような勢いで、和都、掛鈴、十縷の順に連絡先を聞き出し、自分のスマホに記録させた。発起人の多加は、意外にも連絡先を交換しようとしなかった。しかしそんなことより、最音子の行動の方が意外だった。

「私も良いですか? もしかしたら、何か縁があるかもしれませんし」

 何気ない発言なのだが、今の十縷はこれを非常に怖く感じた。しかし断る理由も無く、十縷は連絡先交換に応じた。この流れで最音子は、和都と掛鈴の連絡先も知り得た。


 かくして合コンは終わった。新杜宝飾本社近くの寮に住んでいる十縷たち三人は、電車に乗って元来た道を戻る。横並びの長いシートに、三人は並んで座った。

「あの展開は想定外でしたね。薬師寺最音子さん。あんな明らか様に、光里ちゃんはピカピカ軍団なのかって、探り入れて来るなんて…」

 中央の十縷がボヤく。彼の中では、最音子のド直球な質問を受けた精神的な負荷が未だに尾を引いているようだ。右側の掛鈴も似たような感じか。

「あれは疑ってるって言うより、確信してるって言った方が正確だね」

 すると左側の和都が、そんな二人に指摘する。

「ネットに『ピカピカ軍団は新杜宝飾だ』とか書いてる人が、目の前に現れたって程度の話だろ。『違います』とか言い続けてれば、あんなの乗り切れるだろ」

 如何にも和都らしいコメントだ。彼のような鋼の精神力があれば、あの程度の質問に動じることは無いのだろう。

「それよりジュール。最音子さんの好みとかは聞けたのか? 顧客と話せる機会なんか滅多に無いから、無駄にすんなって言った気がするが…」

 続けた言葉も如何にも和都らしい。確かに彼は、多加や阿芹の好みなどを的確に聞き出していた。一方の十縷は、最音子の質問に動じるばかりで、好みなどを聞き出す余裕は全く無かった。和都に平謝りしつつ、己の未熟さを悔いるしかなかった。
 これで会話は一時的に途切れた。ところで和都、妙な質問をした最音子が全く気にならないという訳ではなかった。

殺刃さつじんゾウオが出た時に神明が話してた親友は、あの人だな)

 実は和都、薬師寺最音子という人物について思い当たる節があった。半年近く前の記憶が、和都の中に甦ってくる。すると、和都の表情は自ずと寂し気になった。

 一体その当時、何があったのか?

 和都はまだ、それを語らなかった。


次回へ続く!


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