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お義母さんの赤ちゃんのときの写真

 お義母さんは1972年生まれ、ベトナム戦争中に爆誕した。
 お義母さんのお母さん(以下、おばあさん)はハノイ出身で私が嫁いだ時には既に亡くなってしまった。当時、戦争で不在の夫に代わってほぼ一人で家を守り、子供を産み育てたという。
 お父さん(以下、おじいさん)は今でもご健在で、会えば曾孫をよく可愛がってくれる素敵なご老人である。ベトナム戦争中はサイゴンに入り、ジャングルでアメリカ軍と戦った。仲間が爆撃やマラリアでどんどん死んでいく中、五体満足で帰還した奇跡の人物である。

 お義母さんは4人きょうだい(女、男、女、女)の長女である。戦時中・戦後の混乱の中で育ち、若い頃はお腹いっぱい食べられたことがないと言っていた。砂糖も肉も手に入りにくく、お金もない、お金があっても何も買えない時代。ごくごくたまに食べることができた揚げパン(Bánh rán)が涙が出るほど美味しかった、と以前話を聞いた。

現在は朝ごはんやおやつに定番となっている揚げパン

 そんなお義母さんの赤ちゃんの頃の写真が残っている。たった一枚、切手サイズのものであるが、私はその写真がとてもとても好きなのである。

まるまるとしたお義母さん

 お義母さんの年代で赤ちゃんの頃に写真を撮った人は滅多にいないと思う。頭にかわいい帽子をかぶったりして、現在の赤ちゃんフォトの先駆けと言っても過言ではない。当時、誰が、どうやって、どこで写真を撮ったのか?この写真を撮ったときに立ち会ったと思われるおばあさんが既にこの世にいないので、わからずじまいである。

 この写真にはもう一つの魅力がある。裏に書かれているメッセージだ。

ハー 8か月
お父さんへ贈ります
1972-5-15
お父さんの子供トゥーハー
1973-7-4

 トゥーハーはお義母さんの名前(トゥーはミドルネーム)で、1972-5-15はお義母さんの誕生日。これはおばあさんが8ヶ月のお義母さんを写した写真を戦地のおじいさんに送ったものなのである。1973-7-4は写真を贈った日であると想像する。この写真を持って、おじいさんは遠い遠いベトナム南部の地で参戦し、1979年に家に帰ってきた。

 この写真は子供のために無事でいて欲しいと願う、おばあさんが託したお守りだったかもしれない。辛く厳しい状況の中でおじいさんは何度もこの写真を眺めたことであろう。この写真からは、当時のおじいさんとおばあさんの気持ち、激動の歴史の中でもがく夫婦愛・家族愛が手に取るようにわかるのである。


 

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