暗雲が立ち込めてる気配
最近天気がよくて気持ちよくすごせてるのだが、沖縄の気温は安定せず、暑かったり寒かったりしている。
日中20度を超えるときは、半袖で汗がにじむこともあるほど。
夜や明け方はヒーターをつけたくなるときもあって、子どもたちの体調が少し気がかりだったのだろう。
「心配は呪い」って思考のしくみで聞いていたのに、無意識に近い状態で心配していたにちがいない。
そもそも「心配だ」ということを認識できれば、心配なんだね?何がどんな風に心配?と、自分の思考のクセを知ることもできた。
心配って、いま起きてないことで、未来をよからぬ方向へ考えるクセだから、気持ちに寄り添っていまのナシナシ!と取り消せばいいのだが、無意識的に心配しているので、取り消せてなかった。
コロナが落ち着きを見せたかと思いきや、インフルエンザが爆発的に流行している。
子どもがのどの痛みを訴えれば、インフルか?とヒヤヒヤ。ただの風邪とわかればホッとするってのを、昨年は何度か繰り返していた。
学校から帰ってきた末娘は、宿題を終わらせたあと、お姉ちゃんといっしょに元気に外遊び。
外から帰って、お姉ちゃんと仲良くお風呂に入り、ご飯も大好きなトマトもたくさん食べてたのに、何かのどが痛いし寒いというではないか!
熱をはかると38.6度……
なんでじゃーーー。何でいまのいままで何もいわなかったんじゃーーー。と焦る。
すぐさま翌日の小児科受診の予約を取り、市販の風邪薬を飲ませた。
頭が勝手に動きだす。
もしインフルだったら、きょうだい全員、最悪わたしも夫もうつる可能性がある。とすれば、今週の予定はすべて来週に持ち越しで、熱が下がって2日後から登校できるとなると……ハッ!
こうやってまだインフルかも確定していないのに、まだ来ぬ未来を予測して勝手に不安がうずまいているではないか!!
思考が100%現実化するっちゅーのに、全員インフルになって、てんやわんやのハチャメチャな未来を創造しようとしている。
かかったらかかったで、移ったら移ったで、そのときに考えよう。いまはチビが元気になるように、そっとそばについて祈ることしかできない。
望まない未来を見てると気づいたら、望む未来に意識を向け直す。
こんなこと書いてるけど結局、気づかないうちに心配してるのだと思う。
無意識だったり思考のクセだったりって、気づこうとしないかぎり、気づくのって難しいんだね。