回想録・出会った患者さん(4/7)
「鎌倉の大仏さんは、いつ立ったか知ってます?」
と聞くと、文子さんは真剣な面持ちで
「いったい、いつなんでしょうかね・・・」
と、困りながら言いました。
「実は、まだ大仏さんは立ってないんですよ。ずーっと座ってます」
と私が言うと
「あらやだ、ホントね」と言って笑っていました。
文子さんは認知症が進んでいて、直近の記憶ができません。
なので、自分が伺うたび、ほぼ初対面のような受け答えになります。大仏の話も毎回して、毎回おなじところで困った顔をして、毎回おなじところで笑います。
文子さんは、戦争前の東京大井町で生まれたのですが、喘息があったため、お父さんが、もっと空気の良いところが良いと思い、北鎌倉へ引っ越したとの事でした。鎌倉に来てからは、外で活発に遊ぶようになり、特に夏は毎日、海に入るため真っ黒っだったそうです。
ある日、「鶴岡八幡宮に二羽の鳩がいるの知ってます?」って聞くと
「えーっ、知らないわ」と言われ、スマホの写真を見せると
「あら、ホントだ」って、またケラケラ笑っていました。
私の中では、今でも文子さんが笑っています。