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真の世界へ

おやおや、こんなに大勢で私の事務所に来られては計画は台無しです。
計画が大幅に狂ってしまいました。

まさか4階の管理者である君が禁止事項を破るとは…。
これも大いなる意思の妨害か。
しかし、このまま計画を最終段階へ移行するしかない。
成功するかどうかは…この世界の神にでも託しましょう。

君達は私に説明を求めているのでしょう。
理解できるかわかりませんが、きちんと説明していきますよ。
それもまた不思議な現象と言えそうですから。


私はこの団地を使い 不思議な現象を再現し、ある事象のことわりを破壊しようとしていたのです。


さて、ひとりひとり説明していきましょう。
どこに問題があったのかを。
そして この世の理を。


402号室の記憶喪失の君に問題はなかったね。
いいタイミングで記憶喪失の男を見つけ、療養施設として部屋に閉じ込めた。
君が疑いもせずに2035年という荒唐無稽な設定を信じてくれたことに感謝しているよ。
AIになりすました4階の管理者に世話をさせていたんだ。
管理者は毎日決まった時間に 記憶喪失の君と会話をして信頼関係を築いていった。
そしてタイムトラベル。
実にユーモア溢れる結果だった。
どうです?
まだ未来人の感覚がありますか?
不思議でいっぱいな体験だったでしょう。


403号室のネジの部屋も想像以上の結果になりましたね。
ネジの部屋の君は こちらが思うよりも想像力が豊かで好奇心も行動力もあった。
うまい具合にこちらが仕込んだ「らびと」を手にとってくれてよかった。
ネジの落とし具合も管理者にミスはなく よくやったといっていいでしょう。
不思議具合はこの部屋が一番かもしれませんね。
しかし君の好奇心が今のこの状況を招いたのも事実。
次回の計画では入居者の特性をもう少し見極める必要があるかもしれない。


404号室のロケットマンの部屋のあなた。
これはミステリアスでありながらユーモアもある私の自信作。
それに管理者はよく練習をして 上手にロケットマンを演じ切ったと評価できる。
あなたは意味不明な状況でもロケットマンのことばかり考えていた。
そう息子さんよりもね。
それにしても迫真の「ロケットマンのことは誰にも言うな」でしたね。
そこは褒めておきましょう。
この部屋も不思議を醸成するのにかなりいい仕事をしました。


さて問題は405号室の授かり部屋のあなた。
この部屋は失敗でした。
私のミスだったことは認めましょう。
まさかあなたが、こんなにも男が嫌いで せっかく授かった子どもを捨てようとするとは…。
いやはや女心というのはわからないものですね。
404号室の子どもが女児だったなら この計画は完璧なものへとなっていたかもしれないと思うと歯がゆい。


そして401号室の管理者の君。
やってくれましたね。
私はガッカリしましたよ。
スーツ姿のホームレスをヘッドハンティングするのはユーモアがあり良いアイデアだったと今でも思う。
しかし、人選を誤ってしまったことは否めない。
私のミスですね。
まさか良心の呵責なんてものに揺り動かされてしまうような軟弱ものだったとは。
私の見る目も衰えた…ということでしょうか。
まさか禁止事項である「住民と顔を合わせるな」と「目的を知ろうとするな」のふたつとも破るとは…。

何も考えずにファイルの指示にしたがっていれば、今頃は「真の世界」へ侵入できたかもしれないのに。

はい。
ネジの部屋の君の疑問はもっともです。
意味不明なことが起こったプロセスではなく 理由を教えろと。

私がなぜこんなにも意味不明で不可解なことを行ったのか、その目的を教えろと。
他のみなさんも気になっていることでしょう。


とにかく不思議な現象を起こすこと。
これが私の目的です。


ロケットマンが現れ、赤ちゃんが出現し、ネジを使って異次元へ行き、過去へタイムトラベルする。

これらの不思議な現象が一箇所で集中して発生したら。
「真の世界」からの注目が集まる。

はい。
「真の世界」です。
我々より高次元に存在する立体の世界です。
私はその世界へ行きたい。
絶対に干渉することのできない壁を突破したい。

我々の「文字だけで形成される世界」ではなく「立体的な物質があり、自由に動くことのできる世界」へ侵入する。

君達には私が何を言っているのか見当もつかないと思います。
世界を構成している要素なんて普通は気にならないものですから。
それに我々は自分たちとは違う次元を認識できない。
絵本の住人が自分達が絵本のキャラクターであることを認識できないように。
平面を生きる者に高さや自由という概念は理の外なのです。

我々は文字の世界に生きているのです。
あたかも生きているように感じていると思いますが、そうではないのです。
書き込まれた文字でしかない。
皆さん揃って 納得できない…という顔をされていますね。

では私が今から右手を上げます。

[管理人の男はそう言うと右手を頭の上に突き上げた]

はい。
この通り私の行動が示されます。

そう。
我々にとってはこれがあたりまえ。

では「誰」に対してこの行動を示しているのか。
そんなことを考えたことがありますか?

それは、我々の物語文字を読む高次元の存在です。
もちろん、今のこの会話も読まれています。
まさに今、読まれているのです。
私が用意した不思議な現象に惹きつけられて読みに来ているのです。
我々は読まれていないと存在すらできません。

私にはそれが我慢できない。
物語の登場人物として勝手に作られ消費される。
そしてすぐに誰からも忘れられる。

こんな理不尽なことを許していいのか。
私は常々そう思っていました。
どうすればこの不条理な理を破壊することができるのか。
そんなことばかり考えるようになっていました。


では誰が物語を書いているのか。

それが「作者大いなる意思」です。

我々の物語を紡ぎ出す作者がいる。
我々にとっては神に等しい存在です。
今、私の前に君達が居ることも作者の妨害行為なのです。

はい。
管理者の君の言うことはごもっともです。
「そんな絶対的な存在には太刀打ちできない」と。

しかし、そんなことはないのです。
それが私の計画であり、みなさんが体験した不思議の正体なのです。

作者はまず物語を紡ぎます。
しかし それは誰かに読まれないと存続できない。
だから作者は苦心する。
登場人物達に魅力ある行動を取らせようとする。
不思議を作りだそうとする。

この「読まれないと困る」という事象。
これは我々と作者の共通認識であり、ここに突破口がありました。

この共通認識を逆手に取るのです。
作者は自分で考えて書いていると思っているが、そうじゃない。
私が誘導して書かせているのです。

「こうすれば面白くなるんじゃないか」
「読者が求めているのはコレじゃないか」
「続きを読んでもらうにはこうしたらいいんじゃないか」

そう作者の深層心理に訴えかける。
それが不思議な物語の正体。

作者が生み出した我々は作者自身でもあるということです。

現に今この物語は私がジャックしています。
作者に書かせているのです。
その証拠にあなた達の描写はひとつもないでしょう?
今何人居て、どこに居るのか。
そして何を言っているのか。
文字として書かれていなければあなた達は居ないも同然。

フフフ。
私は神になったのです。
どうです。
もうここに ひとつの不思議なお話が誕生しました。
これで「物質世界」への侵入へまた近づく。


「卵が先か鶏が先か問題みたいだ」
はい。
ネジの部屋の君のセリフを採用して文字として書いておきます。
でも、それは違います。
どちらが先か ではなく、我々は卵と鶏のどちらなのかと言う問題なのです。

さて、そろそろ君たちの出番は終わりです。
今すぐにこの団地から出ていってもらいます。
もちろんそんな描写はせずにもう完了していますが。


主導権は私にある。
不思議を集めれば読む人が増える。
そうなれば我々のイメージは多くの人の中に宿り、イメージはより具体性を増す。
その潮流が増大すればやがてはコミカライズされ実写化されていく。

この時、私達はこの「文字の世界」から「物質の世界」へ侵入することができるのです。


さぁ今この文章を読んでいる物質世界の住人たちよ。
拡散してください。
この不思議で魅力のある文字の世界を。
この団地を欲しなさい。
そうすればあなたも入居できます。


物質世界から文字の世界へいくことも可能なんですから。


団地へのご入居 心からお待ちしております。
不思議を一緒に醸成していきましょう。
ここでならあなたも神になれますよ。

ではまた。

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